第12話「決闘開始!お姫様 vs ごんぎつね」
「お姫様vsごんぎつねのサイバータンクバトル、とうとうキターー!」
「常勝のプリンセス対不敗のフォックス、ついに決戦だ!」
突如到来した好カードバトルに視聴者達は湧きたった。
遺恨に燃えるモジカワ装甲雑技団の挑発を幾度となく冷ややかに無視していた「フォックスGON」が、ついに受けて立った。
それも自ら戦場を用意し、来るなら来いとばかりに決闘を挑んできたのだ!
(せっかくだから、このバトルもチャンネル登録者を増やすチャンスにしようっと……)
りるむは動画をゲーム実況のライブ配信に切り替え、ついでに「決闘配信! モジカワ装甲雑技団、フォックスGONの挑戦状を受け、出撃!」と、ちゃっかりタイトルまでつけた。このタイトルで動画サイトリンクがSNSで広まればきっと話題になる。知名度を更に高めるには絶好の機会だった。
どっちが勝つか見物だとばかりに、たちまち多くの視聴者達が動画チャンネルに群がり始めた。
『みんな、緊急配信です! 今までシカトぶっこいてたフォックスGONが、生意気に向こうから挑戦状を叩きつけてきたの。りるむ、受けて立ちます! みんな、応援コメントとスパチャをよろしくね! まだの人は是非この機会にりるむの動画チャンネルにご登録を!』
『姫、ステージに間もなくスポーン(登場)します。スポーンキルにお気を付けください』
手下の一人が声を掛ける。
そうして彼等が降り立ったステージは……一見何の変哲もなさそうな丘陵地帯だった。
スポーンキル、つまり出現したところを襲撃されることもなく、モジカワ装甲雑技団は「フォックスGON」が設定した戦場に顕現した。
だが、出現と同時に叩きつけるような雨が彼らを襲った。夜かと思われるほど空が暗い。時折、雷鳴が轟いた。落雷で一瞬、視界が真っ白になる。
『アイツらこんな場所で戦えっていうの!?』
激しい雷雨に晒された殺風景な荒野。それが、フォックスGONが招いた決闘場だった。
と、いっても、特段不利をもたらす環境ではなかった。第二次世界大戦では現代の戦場のように「暗闇でも真昼のように見える」赤外線暗視装備など存在しない。視界が悪いなら、それは相手もまったく同じなのだ。
ただ、素早く相手を視認して捉える「鋭い目」が、より要求される厳しい戦場となる。
『あなた達、命に代えてもりるむを護りなさい。いいわね!』
『ホイホイサー!』
見渡せばあちこちに大小の森が点在していた。大きな岩が無造作に転がっている。建物のような人為的なオブジェは見当たらなかった。
アウェイの戦場である。無警戒に進むのは無謀だった。手下の一人がテキパキと陣形を指示する。
『ドアクマンは右、ホッタッチョーは左を見張れ。オレは先頭に立つ』
『おう』『了解!』
『畏れ多いですが姫は後方のご監視を』
『わかったぁ。それじゃモジカワ装甲雑技団、前進!』
『ホイホイサー!』
モジカワ装甲雑技団は手下の戦車三台で楔形を組み、その中心に文字川りるむの戦車を配置して護るように前進を開始する。
視聴者達はドキドキしながら、激しい雨が降りしきる戦場をじっと見つめた。
このステージのどこかにキツネがいる。
(さぁ、どう出る? ごんぎつね……)
** ** ** ** ** **
「アキト? こちらナツメグ。モジカワ装甲雑技団は例のあぜ道をゆっくりそっちへ向かってる」
ナツメグは点在する森の中のひとつに戦車を隠し、息を潜めながら敵の様子を監視していた。
「わかった」
「連中がどんな戦車で来てるか見てみるね」
相手の陣容を知っておくことは非常に重要だった。例えば砲身の長い戦車なら遠距離で戦おうとしている、といった予測がつくのだ。予めて知っておけば役に立つ。
ナツメグは言うが早いかレティクル(望遠鏡の照準器)を起動した。雨の中を接近してくるモジカワ装甲雑技団へピントを合わせてゆく。
「三台は……アキトの予想通り、エムテンだ。読みが当たったね」
通称「エムテン」、アメリカ製のM一〇型駆逐戦車である。防御力は低いが代わりに機動性が高く、強力な戦車砲も備えている。手強い相手になるが、少年はモジカワ装甲雑技団がよくこの戦車で戦場に出ているのを知っていた。ナツメグが「読みが当たったね」と言ったのは、この戦車で来るだろうと踏んで今回の作戦を立てていたのだ。
だが、その三台が囲むようにして護っているもう一台の戦車を見たとき、ナツメグの目がこれ以上大きくならないくらい大きく見開かれた。
「あれは……アイツは……!」
体中の血が燃え立つような思いがした。その戦車の姿を彼女は過去に見たことがあったのだ。
そして、今まで一度も忘れたことはない。
(もう一人……逃げた最後に出会った奴がいたの)
(ソイツにトドメを刺されたんだ。『ここはお前らの来る場所じゃない、失せろ!』って)
(一対一だったのにソイツ、恐ろしく強かった。なんか恰好いい戦車で射撃も正確で、動きも無駄がないの。ヒビキ、手も足も出なかった……)
怒りに手が震える。
無骨なデザインが多い「バトル・オブ・タンクス」の戦車の中では明らかに異色の戦車だった。流麗なシルエットを持ち、レイヤードコーデのように鱗じみた追加装甲を貼り付けている。戦車砲は騎士の持つ長槍のようだった。
まるで異世界から現れたようなこの戦車の冷徹な強さを、ナツメグは何度思い出し、何度歯噛みして悔しがったことか。
「ナツメグ……」
「アキト、いた……あの戦車、私が探していた『アイツ』だ! じゃあ……私の彼氏をあんな目に遭わせたのは文字川りるむだったんだ!」
「……」
怒りのあまり、今すぐでも突撃しそうなナツメグを少年は「落ち着いて。戦車を動かすのも、大砲を撃つのも、頭に血が上ったままだと絶対うまくいかない」と、窘めた。
「アイツ! よくも……よくも……」
「ナツメグ、クールダウンだ。恨みを晴らしたいなら、なおさら冷静にならなきゃ勝てない」
「そ、そうだけど……」
怒りに任せたまま飛び出しても負けるだけだと諭す少年の声に、ナツメグは落ち着こうと何度も深呼吸した。
「ごめんアキト。ついヒートアップしちゃった。でも……でも……」
「……作戦通りにやろう。その怒りは砲弾に込めろ、そして必ず当ててやるんだ」
「そうだね……うん、わかった!」
少年が静かに告げたとき、視界の向こう側に四台の戦車が見えてきた。
そして……彼はナツメグが激高した重戦車「ゼアーアイン」に向かって小さくつぶやいたのだった。
「メル……迎えに来たよ」
** ** ** ** ** **
『見つけたぞ。ごんぎつねだ!』
彼方の路上に、まるで無警戒にポツンと停車している一台の戦車がいる。
接敵は拍子抜けするぐらい普通だった。どこからか奇襲してくるような仕掛けも何もなく、却って疑心暗鬼に思えるくらいだった。
相手は比較的小さな車体に長砲身の大砲を載せた自走砲だった。こちらに気がつくと、砲塔がないので車体ごと砲身を向けてきた。
モジカワ装甲雑技団の三台が挨拶代わりにと砲弾を放つ。走りながらの砲撃なのでさすがにどれも命中しなかったが、いよいよ決戦の開始である。手下の三人組はりるむが何も言わないうちから作戦を組み立てる。
『左右から包囲してやろう。オレは右から回り込む。ドアクマン、お前は左を頼む』
『了解。もう一台が近くに隠れて狙ってるかも知れない。フビンスキーは姫のお傍に』
『あいよ』
二台の戦車があぜ道から外れ、フォックスGONの自走砲へ左右から迫りだしたとき、初めて自走砲が初弾を放った。
そして、それは文字川りるむの戦車「ゼアーアイン」に見事命中した!
だが、鈍い金属音と共にあさっての方向に弾き飛ばされた。
戦車こそビクともしなかったが、そうでなかったのはプレイヤーの方だった。
動画視聴者達がキツネの鮮やかな腕前に「おお……!」と感嘆したので「チッ」と舌打ちしたりるむは「フビンスキー、りるむに護衛なんか要らないからお前もあっちを加勢しなさい」と顎をしゃくった。
『しかし……』
『聞こえなかったの? 追いなさい!』
叱責された護衛のエムテン戦車が、ゼアーアインから離れて走り出したのを待っていたかのようにフォックスGONの自走砲も後退を始めた。
それも凄い速さで。
『バカめ。今ごろ後退したところで包囲されて終わ……』
言いかけた手下の一人が顎を落とす。後ずさりする戦車なんてノロノロ動くのが関の山なのに、優に三〇キロ以上のスピードが出ているのだ。
『と、とにかく追え!』
振り切られては元も子もない。モジカワ装甲雑技団の三台のM一〇戦車は慌てて加速し、追いすがる。
『なにアイツ! なんで後ろ向きのままあんなに速く走れるの?』
目を丸くした文字川りるむに、動画視聴者が「あれ、アーチャー自走砲じゃね?」とコメントした。
『アーチャー?』
「アーチャー(弓射手)自走砲。後ろ向きに大砲を付けた変わり種のイギリス戦車だ。こっちを向いてるように見えてたけど実は最初から逃げ出せる恰好だった訳だ」
『……』
「逃げながら後ろへ撃てるし、積んでるのはイギリスで一番優秀な対戦車砲だし、キツネめ、随分いやらしい戦車を選んできたな……」
すると、フォックスGONは追跡される形で戦う作戦だったのか。
りるむが前方を見ると、降りしきる雨の中で、早くも逃げるアーチャー自走砲と追いすがるエムテン戦車のカーレースが始まっていた。
『フビンスキー! ドアクマン! ホッタッチョー! 絶対にソイツを逃がしたらダメだからね!』
りるむの叫びは、半ば雷鳴に掻き消されてしまった。落雷の閃光で再び、世界が白熱したように真っ白になる。
……そして、そのせいで、道端の脇から飛び出した何者かにモジカワ装甲雑技団の誰もが気がつかなかった。
エムテンに比べ速度が遅いりるむの「ゼアーアイン」重戦車も遅れながら追撃を開始した。
『りるむ、置いてきぼりにされちゃった。まぁいいか、アイツらに任せとこ。ああ、もうあんな遠くに行っちゃってる……って、あれ?』
りるむは首を傾げた。
視界が悪いせいだろうか。三台いるはずの手下の戦車が四台に見えたのだ……
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