第11話「いつまでも かわらないで」

 今か今かと待っている観客が満員のコロシアムに、戦うべき相手の姿が最後まで現れない。

 決闘においてこれほど相手を侮辱する行為はない。


「時間です。利息が付きます」


 指定した決闘の戦場に今日もキツネは現れなかった。これで何度目になるのか。

 タイムリミットが来るたび、りるむは怒りを込めて宣言し、賠償金を吊り上げた。勝った後で相手に請求する戦果ポイントである。それは積み重なって、今や闇金も真っ青な天文学的な金額になってしまっていた。

 しかし……


「なんで……なんでアイツら出てこないのよ!」


 宣告の裏で、人気Vtuber文字川りるむの憤懣は爆発せんばかりだった。

 宣戦布告した当初は動画視聴者達も喝采し、戦勝会でオフ会を開こうだの、聖姫を侮辱したキツネを吊るし上げる公開裁判を開こうだのと盛り上がり、りるむを満足させていた。

 最初の決闘ステージにキツネが現われなかった時は「キツネども、怖くて出て来ませんでした。へっへーん! りるむ達の不戦勝だ、バーカ!」と高らかに勝利宣言をブチ上げた。

 だが、戦って勝利したわけではないのだ。その前は三人の手下をけしかけ、エレファント自走砲三台でキツネを締めようとして、逆に見事にしてやられている。

 その後で不戦勝だ勝ったと言っても少しもザマァ気分になれなかった。

 フォックスGONはモジカワ装甲雑技団の威光に恐れをなして敵前逃亡した! と浮かれている動画視聴者達の中にも同じように思っている者がおり、戦勝会配信の際に「アイツら、姫の宣戦布告を知らなかったんじゃないか」というコメントがちらほらあった。


『ありえない! りるむがこれだけ有名人なのに「知らなかった」なんておかしいでしょ!』


 りるむは言下に否定し、コメントした視聴者は決まり悪そうに口を噤んだが、もしそうだとしたら……彼女は自分の不戦勝宣言が、滑稽な自己満足にしか思えなくなってしまった。

 もともとフォックスGONは「低レベルのプレイヤーや初心者を決して狩らない」というポリシーで無敗を誇り、それで一目置かれている。「まさかアイツら、モジカワ装甲雑技団を格下って見なして相手にしなかったんじゃ……」というコメントもついて、りるむをますます憤らせた。


『そ、そんなことないわ! 「バトル・オブ・タンクス」の中で一番尊いお姫様って言われてるこのりるむを見下すなんて……』


 いらだたしく親指の爪を噛みながら、りるむは「モジカワ装甲雑技団を相手にしないなんて絶対許さない!」と叫んだものの、真相は闇の中。どうしようもなかった。

 これが相手に確実に伝わっていたなら「不戦勝」と言っても納得ゆくのだが、「フォックスGON」はSNSのアカウントもなく、他のチームと交流すら持っていない。伝えようがなかった。

 相手に伝える術がないのでは宣戦布告も不戦勝宣言も吊り上げた賠償金も一方的な宣言に過ぎない。

 りるむはフォックスGONを何とか引きずり出そうと躍起になった。


「出てこい、キツネども。りるむと尋常に勝負しろ!」


 動画やSNSを通じて何度も呼びかける。

 しかし、決闘のステージを設けては相手が現れないまま時間切れ……それを虚しく繰り返すうち、「どうせまた肩透かし喰らうだけだろ」と視聴者も集まらなくなった。


 「りるむ姫。FPSで新作も出てるそうだし、『バトル・オブ・タンクス』なんか辞めて、もう他のゲームの実況しようよ」


 食傷気味の視聴者からそんな声も上がったが、そうなると負けたまま諦めたことになる。りるむはますます意固地になり、手下に命じてキツネの捜索を命じた。


「方法は問わないわ。キツネを引きずり出してりるむの前に連れて来なさい! でないとこの間の失態、りるむ絶対に許さないから。いいわね!」

「ホ、ホイホイサー」

「連れてきた者はりるむに仕え続けることを許すわ。残った二人は……粛清するから」


 青くなった三人の手下は、それぞれ死に物狂いでごんぎつねの捜索に当たった。

 だが、ステージは広大で数も多い。その上、フォックスGONを詐称するプレイヤーやチームもいるのだ。そうでなくても他のプレイヤーとも出会えばバトルとなり、捜索どころではなくなる。


「キツネ、キツネはどこだ? 出てこーい!」

「頼む、出て来てくれ! 姫に捨てられたらオレはもう生きてゆけない……」

「ごぉぉぉぉん! お前の命をワシにくれやァァァァ!」


 なんとしても見つけ出して雪辱を……苛立つりるむや血眼で探す手下達の焦燥とは裏腹に、キツネの行方は杳として知れなかった。


「あいつら……あいつら……一体どこにいるのよ!」



**  **  **  **  **  **



 とうとうここまで来た。

 敵は焦り、怒り狂っている。

 傲慢で我儘な彼女がプライドを傷つけられたまま無視され、今どれほど焦り切っているのか……目に見えるようで少年はほくそ笑んだ。


(今なら、きっとどんな不利な戦場でも彼女は乗り込んでくる)


 確信し、段取りを入念に確認する。

 大きく息を吐いた少年はちょっと躊躇ったが、まず、それまで自分の愛車だったパンター戦車を売却した。


「今までお世話になったな。ありがとう、さよなら……」


 ドイツの「パンター(豹)」は、第二次世界大戦でもっとも優れた傑作と云われた戦車だったが、少年にとってそれだけの存在ではなかった。幾多の戦いを共にした自分の分身であり、戦友でもあった。愛着があった。

 なにより、この戦車はエンジンがオーバーヒートして隠れていた時に、自分をあの少女に引き合わせてくれた。

 しかしこの先の戦いの為には別の戦車を購入する必要があり、高額なポイントが必要だった。そうしなければ「彼女」は取り戻せない。

 そうして売却したポイントとそれまで貯めた戦果ポイントで、少年は二台の戦車を購入した。


「思い出の戦車も、縁も、捨ててゆこう。あの娘も。これでいいんだ……」


 少年がつぶやいたとき「バトル・オブ・タンクス」の待機画面にちょうど「アキト、お待たせ!」とナツメグが現われた。


「今の……聞いてた?」

「何のこと? もしかしてアキトみたいなベテランが緊張してる?」

「い、いや……そうじゃないけど」


 ナツメグは、てっきり少年が緊張しているものと勘違いして笑いかけた。


「自信持ってよ。この間はモジカワ装甲雑技団をコテンパンにしてやったじゃない!」

「うん」

「あの時アキトが私に言ってくれたじゃないの。『大丈夫だよ』って」

「そうだね……」


 ゲーム画面から分かる術などないのだが、ナツメグには少年が微笑んだのが分かった。


「ところでアキト、そのモジカワ装甲雑技団から売られた喧嘩はどうするの。もう半月になるんじゃない?」

「ふふふ……それがなんか血眼になって僕達を探し回ってるらしい。この間はツミッターでフォックスGONの指名手配が出回ってた」

「あらま」

「ところが誰かがすぐフザけて『文字川りるむの指名手配書』なんか作っちゃったもんだから、むしろそっちが広まって……まぁ、その後はご想像通りだよ」

「なんか焦ってるあまり豪快に自爆してるわねぇ」

「……だね。このまま放置してもかわいそうだし、そろそろあの高慢ちきお姫様の鼻っ柱を叩き折ることにしよう」

「それはそれでちょっとかわいそうな気もするけど……」

「……」


 少年はちょっとの間黙り込んだが、静かに告げた。


「ナツメグ、今までありがとうな……」

「どうしたの? 突然」


 少年の声はどこか沈んでいた。

 何か不吉なものを感じたナツメグは「やめなよ、それじゃまるで死亡フラグだよ!」と、思わず声を荒げた。


「いや。僕。別にそんなつもりじゃ……」


 いつもは戦い方を教えられているナツメグが、珍しく「アキト、聞いて」と諭すように話し掛ける。


「この間ね、TVニュースでどっかの国の紛争の様子が流れてたの。そこに戦車が映ってた。そしてその傍で小さな子が泣いてたわ。あの戦車のせいで親が亡くなったのかな……見てて本当にかわいそうだった」

「……うん」

「戦争なんて、人殺しなんて、絶対やっちゃいけない。おツムの弱い私だって分かる。戦車が、戦争で人を殺してしまう恐ろしい兵器だってことも」

「……」

「でも、ここはゲームの世界なんだよ。本当の戦争じゃない。どんなに相手をやっつけても現実では誰も死なない、傷つかない。不幸になんてならないの。だから『ありがとう』の先にお別れが待ってるみたいに言わないで」


 少年はしばらく黙り込んでいたが「そうだね。悪かった」と素直に応えた。


「ナツメグ……ありがとう」


 せいいっぱいの、何かを堪えた声の裏にあるものに、そのときのナツメグが気がつきようもなかった。


「ううん、私もちょっと言いすぎちゃった。ゴメンね」

「……じゃあ、作戦を説明する」


 いつもの声に戻った少年が打ち合わせを始める。

 出撃予定の戦車を選択する画面に、今までナツメグが見たことのない二台の戦車が現われた。


「これは……!?」

「今回、ナツメグにはこっちの戦車に乗ってもらう。いつものコメット巡航戦車よりすごく軽快に動くからきっと気に入ると思うよ。M一八駆逐戦車『ヘルキャット』だ」

「ヘルキャット……地獄の猫?」

「いや、その、英語のスラングで『あばずれ女』って意味で……」

「……」


 思わず黙り込んだナツメグに向かって、少年は慌てて「ち、違うから! 僕、ナツメグをアバズレなんて思ってないから! これ戦車の名前だから! 本当だよ!」と必死に釈明する。

 いつもの少年らしからぬ狼狽っぷりがおかしくて、ナツメグはとうとう笑い出してしまった。


「分かってるから。ふふっ!」


 からかってゴメンねと苦笑するナツメグへ、少々バツが悪そうな調子で「ええと。それでね……」と、少年は作戦の説明を始めた。

 相手は傲慢なVTuberだが、人気だけではなく実力も高いプレイヤーチームなのだ。決して侮れない。笑いを収めたナツメグは真剣な気持ちで少年から説明を聞き、入念にステージの地図と戦車の位置などを確認した。


「だいたいの作戦は分かったわ。これが上手くいったら文字川りるむ、地団駄踏んで悔しがるでしょうね」

「でも不正プレイなんかしてないし、二対四で戦うんだ。作戦で勝つのに何も後ろめたいことはない。だから今まで通り戦って、あいつらをギャフンと言わせてやろう」

「ええ! それじゃあ……」


 出撃しますか、と言いかけたところを少年が「ナツメグ」と引き留めた。


「なに? アキト」

「さっき、文字川りるむをそろそろやっつけようって言った時『ちょっと、かわいそう』って言ったろ」

「うん……」

「彼女を照準に捉えたら決して躊躇うな。撃たれる前に撃て。でないと自分がやられる。やられた後で幾ら後悔しても、取り返しはつかないんだ」

「わかった」

「でも……」


 しばらく躊躇した様子だったが少年は、小さな声で付け加えた。


「嫌な相手でもかわいそうって思えた……そんな気持ちを、これからもずっと変わらずに持っていてくれ……」

「……」


 「バトル・オブ・タンクス」とは何も関係ない少年の願い。

 だが、ナツメグの心にそれは深く響いたのだった。

 彼女は知らない。疎外されて学校にすら行けなくなった少年が孤独の寂しさからそう告げたことを。

 しかし、この少女は人の言葉の裏にある哀しみや寂しさを自分のことのように感じる力を持っていた。


「うん、わかった……」

「じゃ、行こう。フォックスGON、出撃!」



**  **  **  **  **  **



「姫、姫! りるむ様、緊急事態でございます!」

「うー! なによ騒々しい!」


 半ばフテ腐れたフリートーク配信で「こうなったらアンタ達も参加しなさい。全員でキツネの一斉捜索をやるわよ!」と怪気炎を上げたり、視聴者から「ほら、コレで飴でも買って」とスパチャで慰められたりしているところに、手下の一人からご注進が入った。


「せっかく、りるむがウサ晴らしトークしてるところなのにぃ。空気読みなさいよ、ドアクマン!」

「も、申し訳ございません」

「で、何よ。キツネがとうとう現れたとでもいうの?」

「そ、それがその通りでございます!」

「なんですってェェェ!」


 CGアバターの文字川りるむは、飛び上がったついでに部屋の天井に激突、「痛ぁーい」と頭を抱えて視聴者達を爆笑させた。


「とうとう来たわね、ごんぎつね! 今日こそお前を狩って毛皮を剥いでやる!」


 かわいらしい声で吼えながらゲーム管理画面を開く。

 それまでりるむのフリートークをダラダラ楽しんでいた視聴者達も俄然沸き立ち、SNSで「お前らすぐ来い。とうとうキツネが出た! 決戦始まるぞ!」と拡散を始めていた。


 りるむは「フビンスキー、ホッタッチョー。キツネ狩り始まるから今すぐログインして!」と緊急招集しながらステージ選択画面を見たが、そこで「あれ?」という顔に。


「なによ! アイツら、いないじゃないの!」


 彼女が決闘の場として設けた「モジカワ装甲雑技団 vs フォックスGON」は、両チーム以外参加出来ない条件付きステージとして「バトル・オブ・タンクス」で公開されている。

 てっきりここへ現れたとおっとり刀で駆けつけてみたら、そこは相変わらず「参戦者はいません」という表示。


「はい。フォックスGONの奴等は我々が設けたステージではなく、彼等が設けたステージの方で待機しているのです」

「えぇ!?」


 手下が示した「バトル・オブ・タンクス」のステージ選択画面のひとつを見て、りるむは目を見開いた。


『フォックスGON vs モジカワ装甲雑技団』。ステージ登録者は確かに「フォックスGON」だ。

 それは「お前たちの土俵になんぞ上がる気はない。こちらで用意した戦場でなら、相手してやる」という厳しい意思表示だった。


「どこまでもりるむをバカにして! なんて自分勝手な……」

「……姫、どうします?」


 駆け付けた二人の手下がおどおどとりるむの顔色を伺う。

 りるむは爪を噛んだ。

 彼等と同じように相手にしないという選択肢もある。相手が自分達に有利になるよう都合よく作ったステージということもあり得るのだ。そんなところへわざわざ乗り込むなど飛んで火にいる夏の虫も同然である。

 だが、そうすれば相手が「散々自分達と戦えと吼えていたのに、いざステージを作ったらコイツらは怖気づいて出て来やしなかった」と、矛を収めてしまうかもしれない。しょせんは臆病者と見下して。

 彼等と戦うチャンスは二度とないかもしれない。りるむは決断した。


「行くわよ。今までどんな姑息な手段で勝ってきたのか知らないけど、そんな姑息な罠なんか通じない相手がいることを、りるむが教えてやるわ!」

「御意!」


 それに自分にはコイツがある。

 りるむは頼もし気に愛車を見やった。流麗なスタイルの無敵重戦車「ゼアーアイン」。これがある限り、自分は絶対負けない。


「姫、出陣の準備が整いました」

「よし、じゃあいくわよ!」


 続々と集まる動画視聴者からの「姫、ご武運を!」というはなむけのコメントや前祝いのスパチャに見送られ、四台の戦車が一斉にごんぎつねの待ち受ける戦場へと参戦した。


「モジカワ装甲雑技団、出撃!」

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