第5話「そのとき不思議な胸の鼓動がした」

「撃て!」


 鋭い声がした。

 続いて、砲撃音と共に、それまで狩りの勢子よろしく後方からナツメグを追い立てていた戦車の一台が、炎を吐いてつんのめるように停止する。


『「ルサンティマン」パンター戦車、「ゾルヒン大戦車軍団 その四」ロジーナ戦車をを撃破しました!』

「えっ!?」


 ジャッジアナウンスの機械音声にハッとなったナツメグの目は、追っ手の遥か後方に一台の精悍な戦車を捉えた。

 シルエットに見覚えがあった。斜めに切り立てた車体と砲塔、そして長槍を思わせる戦車砲……


「女の子一人を寄ってたかってイジめてる様子をわざわざ動画で実況してるなんて最低だな。ゾルヒンじゃなくて下品って改名しなよ。あとニヤニヤしながら実況見てた奴、恥知らずって言葉を知ってるか?」


 あれは……戦車の照準から覗いたナツメグの視界に飛び込んできたのは、砲塔に描かれた「涙と拳」……驕れる強者を憎む弱者のエンブレムだった。


「アキト! 私だよ、ナツメグだよ!」

「フォックスGON、一人でよくここまで頑張った。僕が助太刀してやる。こんなクズ共に負けるな!」


 続いて放たれた砲弾が追手の戦車をさらに一台、血祭りに上げる。


「ああ……」


 涙が出そうだった。絶体絶命の窮地に、まるで白馬の王子様のように最高の援軍が現れた!

 一方、追手側は後方から突然現れた襲撃者に慌てふためいていた。


「ゾルさん、後ろに敵が! コイツ、『強い者いじめのルサンティマン』だ!」

「やべえよ、挟み撃ちだ! ど、どっちと戦えば……」

「お前ら落ち着け! 視聴者に笑われんぞ! これじゃ『ゾルヒン大戦車軍団』が正義の味方に狼狽える悪の軍団みたいじゃねぇか、しっかりしろ!」


 VTuberの「ゾルヒン」が一喝すると動画サイトのコメント欄は「さすがゾルさん!」「オレらまでバカにしやがった分、倍返ししてくれ!」と歓声を上げた。心酔しているファンから歌舞伎の「おひねり」よろしくスパチャが飛ぶ。


「あんな雑魚ギツネ、いつでも狩れるから放っとけ! それより千載一遇のチャンスだ。お前ら、ここで『強い者いじめのルサンティマン』の首を獲れば有名になれんぞ!」

「おおーーっ!」


 檄が飛び、士気を上げた手下達が次々と車体を旋回させ、ナツメグに背を向けた。目標を変え、少年の戦車を袋叩きにするつもりである。


「アキト逃げて! 八台もいる。無茶だよ!」


 思わず叫んだナツメグに向かって、少年は「大丈夫だ」と笑ってみせた。


「それより、みんな君に背を向けてる。撃て。さっきの悔しさを倍にしてコイツらに叩き返してやれ! 撃たれる方は僕が引き受けてやる」

「アキト……」


 見れば、集中砲火を浴びながら少年の戦車はじりじり後退している。撃破されやすい直角の角度で相対しないよう、巧みに位置を変えながら傾斜装甲で砲弾を幾つも弾いていたが、いつまでも耐えられるはずがない。

 早くしないと彼がやられる! ナツメグは砲弾を込めた先から矢継ぎ早に発砲した。

 だが、気持ちが焦るばかりで砲弾は一向に命中しない。

 後ろからの砲撃に手下達が「ゾルさん、今度はキツネが撃ってきたよ!」と騒いだが「大丈夫だって! 見ろよ、アイツ射撃が下手だから当たりゃしねぇじゃん」とゾルヒンは鼻で笑った。


「どうしてよ! 当たらない、当たらないよ……」


 とうとう泣き出したナツメグに、少年は「落ち着いて。深呼吸して撃つんだ。はずれた弾をよく見て、次の照準で修正してごらん」とアドバイスした。


「上に外れたら照準を下に、下に外れたら上に修正して次を撃つんだ」


 静かな声で励ます少年の戦車は、まるでサンドバッグのように集中砲火を浴びている。それでもジグザグに後退しながら敵をいなし、致命傷を回避している。

 そればかりか、被弾で揺れる車体が静止した瞬間に砲撃して敵戦車を一台、さらに撃破してみせた。


「ほら、ボコボコに撃たれてる僕だって出来た。ナツメグにだって出来る」

「アキト……」


 うなずいたナツメグは涙を拭い、画面を真剣に見つめた。少年が身を呈して稼いでいる貴重な時間なのだ。泣いてなんかいられない! 意識を集中する。


「撃て!」


 最初の砲弾は狙った敵の上を超えていった。照準を下げて再び発砲。今度は敵戦車の手前に着弾した。土塊がはじけ飛ぶ。

 だったらと少しだけ照準を上げ、引き金を引く。すると、ガキュン! という命中音と共に敵戦車から炎がどっと噴き出した。


『「フォックスGON」コメット巡航戦車、「ゾルヒン大戦車軍団 その二」ロジーナ戦車をを撃破しました!』

「う、うそ! 当たったの?」


 ナツメグにとっては初めて、離れた距離の敵を撃破した瞬間だった。


「やった……やったよアキト! 当たったよ!」

「ほら、出来たじゃないか! 次もきっと出来る。頑張れ」


 少年の激励にナツメグはまた涙が出そうになった。しかし、泣くなと自分を叱って砲弾を装填する。

 フォックスGONの初撃破にゾルヒンは舌打ちしたが、狼狽する手下達を「ただのマグレ当たりだ、気にすんな! ルサンティマンを片付けたらあんなザコ、すぐやれる!」と、叱咤した。

 次に撃った弾はまた外れたが、ナツメグはもう焦らなかった。敵はみんな少年の方向に向いている。邪魔はないのだ。真剣な眼差しで照準を見つめ、心を落ち着けて狙った。すると、今度は二発目で敵を撃ち抜いた。

 まるでタイミングを合わせたかのように少年も敵を一台撃破する。


『「ルサンティマン」パンター戦車、「ゾルヒン大戦車軍団 その五」ファイアフライ戦車を撃破しました!』

『「フォックスGON」コメット巡航戦車、「ゾルヒン大戦車軍団 その九」ギガント重戦車をを撃破しました!』


 予想外の戦況にゾルヒンは周章狼狽した。生意気な女狐ゲーマーを狩るゲーム実況動画を撮るはずが、思わぬ邪魔が入ったことで不甲斐ない戦いを晒すことになってしまったのだ。

 動画視聴者からも「ゾルヒンしっかりしろw」「お前らがザコになってんじゃねぇか」と揶揄じみたコメントが付き始めた。中には「情けねえの、投げ銭返せよ!」とクレームを入れて来る輩までいる。


「手前ら文句ばっか言ってんじゃねぇ! こっちは今、それどころじゃ……」


 ついカッとなって怒鳴った横で味方戦車がまた撃破され、炎上した。


「ゾルさん! こりゃヤバいよ」

「クソッ! お前ら二台はあっちの女狐を潰せ! こっちは二台でルサンティマンをやる。どっちも一対二、こっちがまだまだ有利だ」


 射撃下手と舐めて向けた背中をナツメグから斬られまくり、我慢ならなくなったゾルヒンが咄嗟に作戦を変更する。

 だが、ぞれは致命的な判断ミスだった。背中を向けた相手に向き直るには、命中しやすい車体側面を一度は相手に晒すことになるからだった。


「ナツメグ、敵のミスを見逃すな! 撃て!」

「はい!」


 車体を回してのろのろと横腹を晒した二台は、向き直る前に少年とナツメグから砲火を浴びて撃破されてしまった。


「凄え……」

「マジかよ、おい……」


 驚愕した視聴者達が思わずコメントする。

 予想外の展開だった。猛攻撃を懸命に凌ぎながら戦う少年と覚醒したナツメグの奮戦によって「バトル・オブ・タンクス」でも名を知られたプレイヤーチーム「ゾルヒン大戦車軍団」が敢え無く敗れ去ろうとしている!


「くそ! このまま終わってたまるかよ! 相打ちでもルサンティマンだけは仕留めるぞ。奴に向かって突っ込め!」

「お、おお!」


 このまま負けたのではとんだ笑いものである。もはや残存兵力となったゾルヒンと彼の腰巾着は、左右に別れて走り出した。少年の戦車の側面にそれぞれ肉薄して撃破しようというのだ。

 少年は戦車を後退させて距離を稼ぎ、その間に一台づつ倒そうとしたが、それまで受けた被弾のダメージに耐えかねたキャタピラがここで切れてしまった。


「まずい……」


 防御力に優れたパンター戦車でも零距離で側面を撃たれては一巻の終わりである。

 ナツメグは「アキト、あぶない!」と、自分のコメット巡航戦車を急発進させた。少年に迫る敵を後ろから猛然と追う。

 敵戦車よりナツメグの方がスピードが速い。ナツメグはカーチェイスのように横から自分の戦車を相手に思い切りぶつけた。


「やらせるもんですか!」

「こ、こいつ!」


 横に回した砲塔から必殺の一撃を叩き込む。零距離から撃たれた相手はキリキリ舞いして横転、そのままスクラップと化した。


『「フォックスGON」コメット巡航戦車、「ゾルヒン大戦車軍団 その二」ロジーナ戦車をを撃破しました!』

「貴様、有名Vtuberのオレ様をよくもここまでコケに……」


 最後の一台となったチームリーダーのVtuberゾルヒンは怒りに我を忘れ、後ろから迫るナツメグに向かって砲塔を向けた。

 撃ったばかりでまだ次の弾を装填中のナツメグは為す術がない。思わず「やられる!」と目をつぶったが、次の瞬間ゾルヒンの戦車の砲塔が天高く吹き飛んだ。


『「ルサンティマン」パンター戦車、「ゾルヒン大戦車軍団 その一」パーシング重戦車を撃破しました!』

「……キャタピラが切れても砲は撃てるんだ。僕の前で後ろを向くなんて、随分と舐めプが過ぎたな、ゾルヒン」

「ルサンティマン! よくも……よくも……」


 ゾルヒンの恨み節は、フェイドアウトして消えてゆく。同時に、散々ヤジを飛ばしていたゾルヒンの動画視聴者のボイスコメントも消えた。

 撃破されたプレイヤーはゲームステージから強制退場させられ、同じステージには再登場出来ない。「バトル・オブ・タンクス」にリスポーン(復活)はないのだ。

 喧噪の消えた戦場には、満身創痍となった少年の戦車とナツメグの戦車だけが残っていた。


 ナツメグは、少年と共に五倍の戦車を擁する敵を倒したのだ!


「信じられない、勝っちゃった……」

「やったな、おめでとう」

「ありがとう、助けに来てくれて!」

「偶然見かけてもしやと思ったんだ。『ごんぎつね』のエンブレムを見て……」

「うん。私、アキトにまた会いたくて、あれからあちこちステージを回ってたんだ」

「そ、そうなんだ」


 狼狽えたような少年の応えに、ナツメグは思わずクスッとなった。


「そうだ、忘れないうちに……」


 ゲーム画面のメニューを開くと「チームメンバー申請」を選択してマウスカーソルで少年を指定した。

 彼はどうリアクションするだろう。

 ナツメグは何も言わずにじっと待った。まるで交際を申し込んだような気持ちで胸がドキドキする。コミュ障で人と交わるのが苦手といってたから申請をスルーされたり拒否されてもおかしくない。

 だが、しばらくしてゲーム画面にメッセージが表示された。


『申請は認可されました。「ルサンティマン」が貴方のチームに加入しました』


(やった! アキトとメンバーフレンドになれた!)


「ありがとう。私ね、やっぱりアキトと一緒に戦いたかった。今度は逃げないから!」

「そうか」

「これから同じチームとしてよろしくお願いします!」

「……こちらこそよろしく」


 照れくさかったのだろう、少年の声色はそっけなかった。

 そんなことなどナツメグは気にも留めなかったが、それよりもゲーム画面に『貴方のチーム名をつけてください』とテキストウィンドウが開いたので「ええ……」と困惑した。


「アキト、チーム名はどうしよう。よかったらアキトの『ルサンティマン』をそのままチーム名にする?」

「いや、『フォックスGON』がいい。そうしよう」

「でも……」

「いいんだ。さっきみたいにイジメ紛いのプレイをしている連中を、これから僕とナツメグでやっつけていこう。名前が知られるようになったら、いつかナツメグの仇『モジカワ装甲雑技団』もきっと目をつけてくる」

「そっか……そうだね!」


 ナツメグは、チーム名の欄に「フォックスGON フィーチャリング ルサンティマン」と書き込むとOKボタンを押した。


「ナツメグ、僕こそさっきはありがとう。キャタピラが切れて動けなくなってたところを助けてくれて」

「それを言うなら私こそありがとうだよ。寄ってたかってヤラレかけてたところを助けに来てくれて。お互いありがとうだね」

「……」


 少年は何も言わなかったが、ナツメグは少年が照れて何も言えずにいるのだと、なんとなく分かった。きっと意思表示の下手な、しかし優しい人なのだろう。

 助けられたのはこれで二度目だった。それも偶然で。

 もしかしたらこれは何かの巡り合わせなのだろうか。

 そんな考えがふと心に浮かび、ナツメグは慌てて頭を振る。

 そんなはずはない。今はまだ別れているけれど、自分にはもう一度ヨリを戻したい恋人がいるのだ。


(でも……)


 笑いながらひたすら無双プレイしていた恋人よりも、窮地に現れ敢然と戦ってくれた少年の方がナツメグには格好良く見えてしまった。

 それも攻撃に耐えながら自分を励ましてくれたのだ。何のリスクもなくチートで戦うよりよほど男らしく、頼もしかった。


(だめだめ、何考えてるの! 私には彼氏が、ヒビキが……)

(それにアキトだって「取り返したい恋人がいる」って……)


 そう思っても不思議なドキドキに胸が快く疼いてしまう。

 ナツメグは、ただ戸惑うばかりだった。



**  **  **  **  **  **



「畜生! あの野郎、汚ねえ真似しやがって!」

「だよな! ルサンティマンの奴が後ろからイキナリ……」

「ごんぎつねの奴もだ! 黙ってやられりゃいいものを」


 撃破され、強制退場させられたゾルヒン大戦車軍団は、集まった待機画面で敗北した悔しさを互いにぶつけ合っていた。

 当初は「豪胆な接近戦をする生意気な女性プレイヤーにチームで制裁を加える」という企画でプレイ実況を配信するはずだった。

 それが敵に援軍が現われ、あれよあれよという間に逆転負けの大敗北。彼等は鬱憤のやり場がなく、自分達がイジメ同然のプレイをしていたことは棚に上げ「敵が卑怯な真似をしたせいで負けた」と無理に理屈をつけて憤っていた。

 いつものような「敵を圧倒して凱歌を上げる」中継動画を期待していた視聴者達は誰もが失望し「つまんね」「お前らザコだったのかよ」と四散してしまった。不甲斐ない戦いで見限ったのかメンバー登録を辞めて去った者も大勢いて、それが彼等の怒りを更に掻き立てていた。


「負けたままで終わってたまるか!」

「そうだ、オレ達を舐めたらどんな痛い目に遭うか、アイツらに思い知らせてやるんだ!」


 口々に仕返しを望む仲間達を見回し、ゾルヒンが「よし、リベンジだ!」と煽ると「おお!」と賛同の雄叫びが上がった。

 フォックスGONとルサンティマンは、どこか別のステージでまたプレイしているに違いない。

 雪辱を果たすべく、ゾルヒン大戦車軍団は「キツネはここにいるのではないか」と見当を付けたステージへと勇躍乗り込んだ。

 新しいゲーム実況動画の中継も始める。遺恨戦で自分達が汚名返上する場面を映し、失墜した人気を取り返さないと……


「奴等を草の根分けても探し出せ! 今度こそ血祭りにあげてやろうぜ!」

「おお!」


 気勢を上げ、荒野の戦場を十台もの戦車が一斉に動き出した。 

 それは壮観な眺めだったが次の瞬間、どこからともなく次々と砲弾が飛んできた。たちまち三台もの戦車が被弾し炎上する。


「な、なんだ? アイツら、ココに待ち伏せてたのか?」

「いや、見ろ。あそこに誰かが……!」


 突然の襲撃に出鼻をくじかれ周章狼狽した彼等が、一人が指し示した方角を見る。小高い丘に三台の戦車が陣取っていた。

 さらに、丘の頂上には陽光を背景にした一台の戦車が鎮座し、冷ややかに彼等を見下ろしている。


「誰だ、手前らは!」

「……キモい。負け犬の分際で『てめーら』なんて言わないでよ」


 少女の声で返ってきた辛辣な応えは、屈辱で怒りに震える彼等の心をえぐった。

 

「ンだと! もういっぺん言ってみろ!」

「誰だか知らねえが、さっきちょっと油断して負けたからってゾルヒン大戦車軍団を舐めんなよコラァ!」


 激昂した彼等は砲塔を回し、一斉に火ぶたを切った。

 だが、怒りに任せてロクな照準もつけずに発砲したので命中するはずがない。


「ふん、クズが……あなた達、潰していいわよ」


 丘の頂上にいる戦車から嘲笑を含んだ少女の声が命じると、手下らしい三台の戦車が一斉に発砲する。

 あらかじめ照準をつけていたのだろう、ゾルヒン戦車軍団の戦車が更に三台撃破され、黒煙を吐いて動かなくなった。一人が一台を必ず仕留める、恐ろしいほど正確な砲撃だった。


「こ、こいつら一体……」

「ごんぎつねの仲間か?」


 狼狽える仲間にゾルヒンが「丘の頂上にいる敵の親玉を撃て!」と叫び、残った四台が今度は狙いをつけて砲撃する。そして一発が見事に敵戦車の前面を捉えたが……


「え……」


 命中したはずの砲弾はガァン! という鈍い金属音と共に明後日の方向へ弾き返されてしまった!


「な、なんで……」


 驚いている間に再び三台の戦車が次々と撃破される。

 雪辱戦を始めたばかりのゾルヒン大戦車軍団は、あっという間にゾルヒン一人になってしまった。


「手前は……手前は一体……」

「だーかーらー! さっき、りるむが言ったのを聞いてなかったの? 低脳の分際で『てめぇ』だなんて呼ばないでよね。虫唾が走るわ」

「黙れ!」


 雄叫びと共に咆哮した砲弾は狙いたがわず再び命中したが、相手の戦車はそれも軽く弾き返してしまった。


「嘘だろ……オレの九〇ミリ砲でも歯が立たないなんて……」

「ふふっ、そんな砲弾が、この『ゼアーアイン』戦車を貫けるものですか」


 驚愕するゾルヒンは、自分へ砲口をゆっくりと向けくる見慣れぬ戦車を見て、ふと思い出したことがあった。

 この「バトル・オブ・タンクス」運営がゲームイベントの景品に用意した、一台だけのワンオフ重戦車の噂。

 無骨とはかけ離れた流麗なスタイル、傾斜した車体と長砲身の戦車砲、そして無敵に近いその戦車には不思議な呪いの魔女が憑いているという……


「まさか……コイツが……」

「今度は『コイツ』ですって。ま、いいか。あなたすぐ死ぬんだし、せいぜいポイント養分になってりるむに貢献してね」

「ま、待っ……」

メメントモリ~死を忘れるな


 無慈悲な宣告と鋭い砲声。被弾したゾルヒンの戦車は身震いし、次の瞬間大爆発を起こして四散する。

 そして……機械音声の実況アナウンスが襲撃者の正体を告げた。


『「モジカワ装甲雑技団 文字川りるむ」ゼアーアイン重戦車、「ゾルヒン大戦車軍団」のパーシング戦車を撃破しました!』

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