第4話「ごんぎつね、キツネ狩りに遭う」

「ナツメグ、試験どうだったー?」

「ヤ、ヤバかった。赤点スレスレだった」


 放課後を迎えた教室の中は、返されたばかりの試験結果に生徒達がはしゃいだり嘆いたり発狂したりと大騒ぎしているところだった。

 友人の声に振り向いたナツメグの顔は強張っていたが笑顔だった。崖っぷちを助かったというのがモロ分かり。


「でもセーフ! ギリギリセーフだったよ!」

「やれやれ。おおかた例のナントカってゲームに夢中になってた試験勉強ほっぽらかしてたんでしょ」

「ナントカじゃない、『バトル・オブ・タンクス』だってば。あと私、勉強もちゃんと頑張ったもん!」

「自分から頑張ったみたいに言ってんじゃねえし。このままだとヤバいぞって、あーしが放課後に図書室で三日間みっちり教えてあげたっしょ!」

「る、瑠璃ちゃん、それ言わないで……」


 ナツメグがあわあわしながら口止めするが時すでに遅し。友人達は笑いだし、がっかりしたナツメグも仕方なく笑った。

 彼女たちの額にはうっすらと汗が滲んでいる。

 季節は彼女達の笑顔と同じ、太陽がいっぱいの夏真っ盛りだった。


「ま、でもテストも何とかクリア出来たことだし、これから夏休み! 気兼ねなくそのゲームも出来るっしょ」

「じゃあナツメグの赤点回避を祝って、帰りにみんなでアイス食べようよ」

「いいわね。ところでメグちゃんはその後、『彼』とは会えたの?」

「ううん、それっきり。でも、ちゃんと戦車は返してあげられたからもういいんだ……」


 そういってナツメグは笑ったが、少し寂しそうだった。

 帰りに立ち寄ったアイスクリームショップで彼女は色々と友人達に話した。

 誤射された格好ではあったが少年に戦車を返した後、彼女は再び一人で「バトル・オブ・タンクス」の戦場を彷徨い、彼氏の仇を探す旅を続けている。


「戦い方も少しは慣れたのよ。マイカー……じゃなかった、マイ戦車も何台か増えたし」

「ふーん」

「でも、あのにっくき『モジカワ装甲雑技団』と『謎の戦車』はまだ見つからないんだ……」


 戦場は数多く設定されていて、どのステージも広大なのだ。そしてプレイヤーなら無数にいた。偶然を頼りにその中の誰かを見つけるなど、満員の東京ドームを駆けずり回って人を探すに等しい。


「でも、いつか見つけてやっつけて、ヒビキとヨリを戻すんだ!」


 鼻息も荒くナツメグは言ったが、友人達からは熱い激励が返ってくるどころか「まぁ、せいぜい頑張んな」といった程度の反応だった。


「えー何よみんな、冷たいなー」


 考えてみれば当然の話で、スィーツや恋の話ならともかく、ミリオタでもない限り、戦車ゲームに興味を持ってくれる女の子なんてまずいない。

 ナツメグはアヒルみたいに口を尖らせてブスくれたものの「まぁまぁ」と、なだめられた。彼女ももとより本気で怒っていた訳でもない。「それよりもうすぐ夏休みなんだし、みんなでプールに遊びに行こう」と言われると頷き、再び談笑に加わった。

 そんなこんなで放課後スィーツタイムはなごやかにお開きに。店先で「また明日!」で解散と相成った。


「さて、今日も元気に戦車を転がすか!」


 ナツメグは自宅に帰りつくやカバンをベッドの上に放り投げた。まずはクーラーのスイッチをオン。続いてデスクトップPCの電源スイッチをオン。

 「バトル・オブ・タンクス」を起動しログイン、ステージ選択画面から仇敵のいそうな戦場をピックアップする。

 このゲームは参加出来るステージ(戦場)が数多くあった。草原あり、雪原あり、森林や市街、海岸など様々で時間や天候もバリエーションが豊富である。厳しい冬の朝や美しい夕暮れ、星いっぱいの夜、激しい雨や雪の中で戦うこともあり、バトルを盛り上げてくれるのでプレイヤーを飽きさせない。そればかりか、課金すればプレイヤー自身が参加条件を設けたり、自分好みの戦場を作って登録することも出来た。

 今しもナツメグが眺めるリストの中には特定のプレイヤーやチームしか参加出来ないステージが散見された。そこでは、おそらく個人対戦やチーム交流戦などを行っているのだろう。

 ナツメグは遺恨を晴らすことが目的なので仇敵の名前がないか、リストに目だけ通している。

 少年のコードネーム「ルサンティマン」もどこかにないだろうかと……

 だが、どちらも見当たらなかった。


(アキト……どうしてるかな)


 短い縁だったが、クールなようで親切だった少年が心をよぎる。

 友人達には「もういいの」と言いはしたが、彼へ戦車を返したあの後もどこかでまた再会しないだろうかと実は心密かに思っていた。

 「バトル・オブ・タンクス」ではチームメンバー登録を相手に申請し、相互に承認が成立すればメッセージをやり取りすることが出来る。彼へ登録を申請しておけば良かったとナツメグは悔やんだが、今さら遅かった。

 そこで思いついた彼女は、それまで数字だけだったデフォルトの登録アカウントを変えて名前を付け、戦車にもエンブレムのデカールを貼ることにした。

 かわいらしいキツネの絵柄と「GON」のロゴ。新しいコードネームは「フォックスGON(ごんぎつね)」。

 あの時誤射を悔いた少年がこれを見て気づいてくれたら……そんな期待を込めてつけた名前だった。


「さぁ、出撃だ!」


 適当に選んだステージにエントリーし、戦場に降り立つ。

 あの後、ナツメグはかなりの数のバトルを重ねていた。少年が教えてくれたことも忠実に守って戦っている。離別してからはサイバータンクバトルの手引書を読み直したりプレイ動画を見たりと、彼女なりに独学で戦い方を学んでいた。もっとも女子高生の読解力では大半がチンプンカンプンであったが、運もいいのかあれからまだ一度も撃破されていない。

 いつものように、周囲を警戒しながら低速で戦車を前進させる。

 最近の愛車は「コメット巡航戦車」だった。大砲は強力で防御力もあるが、動きが機敏で自分の手足のように動かせるところが特に気に入っていた。

 もっとも、射撃についてはからっきし駄目だった。

 せっかちな性格が災いして、砲弾を装填するとしっかり狙うより「とにかく早く撃ちたい」という衝動に勝てない。そんな有様なので十発撃って一発命中するかしないかというトホホな命中率。

 当たらなければどうしようもない。「フォックスGON」は、敵の攻撃をかわしながら突進し、相手の車体に貼り付いて零距離射撃で撃破する……という際どい戦いを毎回繰り返していた。

 そして今回もそうなるだろうとナツメグは思っていたが……その日はちょっと違っていた。

 初端は、遠目に敵戦車を三台発見したことだった。

 同時に向こうも気づいたが、しばらくこちらの様子を伺った後、やにわに逃げ出したのだ。

 どうしたのだろう。


(向こうの戦車も強そうで三台もいたのに……ビビッて逃げた? いや、違う。そんな訳ない)

(私を追わせようとしてるんだ……きっと罠がある)


 確信したナツメグは車体をクルリと回転させ、今来た道を全速力で逃げ出した。


「あっ、ゾルさんゾルさん、アイツ逃げるよ!」

「くそ、気づかれたか! みんな、追え追え!」


 点在していた茂みや窪地から何と十台ほどの戦車がわらわらと現れた。逆走するナツメグの周囲を後ろから砲弾が掠めて飛んでゆく。


「やっぱり!」


 迂闊に踏み込めば袋叩きに遭うところだった。後ろから「こらァ、待てェ!」と声がするものの待てと言われても待てばやられるだけである。ナツメグの戦車はエンジン全開で荒野を突っ走った。


『皆さん、残念ながら「キツネ狩り」は、出だしが上手いこといきませんでした。でも必ず仕留めてみせますのでメンバー登録やスパチャ応援をどうかよろしくお願いします!』


 追跡者の一団でボスらしいプレイヤーが何やら声高に話している。

 ナツメグは「メンバー登録」「スパチャ」という単語でピンときた。


……コイツら、ゲーム実況の動画配信者だ!


 単語に聞き覚えがあった。元カレのヒビキが仇敵「モジカワ装甲雑技団」から袋叩きに遭った時、同じように視聴者へ呼びかけていたのだ。

 視聴者を楽しませる為に「みんな、りるむの弾が当たったらスパチャちょうだいね!」「みんな見てよ、コイツ違反戦車の癖に雑魚じゃん!」「さっさと死ね、バーカ!」と散々嘲弄されたのだ。

 自分を追っている連中も、あの時の彼等と同じように自分をなぶり殺しにしてその様子を視聴者の前で嗤い、人気を稼ごうとしているのだ。

 怒りが胸にこみあげる。こんな奴らにいいようにやられてたまるもんか!


(……でも、だからってどう戦えばいいの?)


 さすがに一対十では戦いにならない。一対一ならいつもの戦い方が出来るのだが、それをやろうとすれば仕留める前に他の戦車から集中砲火を浴びるだけである。

 走りながら周囲の地形に目を走らせる。あの少年が言っていたように、どんな敵が相手だって戦う術がきっとあるはずだ。

 数の差をものともせずに戦えるような術や場所が……


『キツネめ、結構足が速いな。まぁいい、狩りは楽しみながらやるものだ。この「ゾルヒン大戦車軍団」から逃げられるものかよ。ものども、前進だぁ!』

『おおーーっ!』


 うそぶくVtuberの視線の先に、しかし小さな瓦礫の街が見えてきた。

 彼は「チッ、あそこに立て籠もられると面倒だな」と毒づく。ナツメグは目を輝かせた。

 市街地に立てこもり、遮蔽物に隠れながら徹底抗戦すれば敵の数を減らせる。そうすれば勝機だってきっと見えて来る!


『ゾルさん、アイツ街に逃げ込んじゃったよ。どうする? 街の周囲をグルッと包囲して追い出しに掛かる?』


 仲間のプレイヤーに聞かれたVTuberの「ゾルヒン」はちょっと考え込んだが、ニヤリとして首を振った。


『……いや、それだと地味で実況映えしねーや。みんな横一列に並んで。派手に砲撃して力づくでキツネを追い出してやろう』


 ただ勝つだけでは視聴者の支持は得られない。出来るだけ派手で面白おかしく相手を叩きのめしてこそ人気になり、投げ銭も降ってくるのだ。

 一方、ナツメグは廃墟の街へ飛び込むと素早く廃ビルの陰に戦車を停め、砲塔を回した。射撃が下手なので、このビルを盾に出来るだけ敵を引き付けて狙い撃ちしようという心づもりである。

 ところが……


『撃て!』


 街の郊外にズラリと並んだ十台の戦車がナツメグの立てこもるビルへ向かって一斉射撃を始めた。ナツメグも反撃するがこちらが一発撃てば相手は十発を返してくる。砲弾の嵐に、盾にしたはずのビルは見る見るうちに削り取られてゆく。

 ボロボロと壁が崩れ落ち、ナツメグの戦車はたちまち丸裸。


「あわわ……後退!」


 慌てて退却し別のビルから反撃を試みるが、またもや大砲の一斉射撃が襲う。またもビルは破壊され逃げるしかなく、こちらは手も足も出ない。


「ヤバい! このままじゃシリ貧だ……」


 為すすべもなく退却を繰り返し、結局街の外まで追い出されてしまった。

 また逃げるしかない。

 砲塔を後ろに向け牽制しながら再び走り出すと、その後ろを敵が追う。まるで狩猟だった。


『あっ、女ギツネがとうとう逃げ出しました! 今度こそ仕留めてやる! 皆さん、キツネ退治に応援スパチャお願いします! へへへ……お前みたいなザコが「バトル・オブ・タンクス」で遊ぼうなんざ十年早ええんだよ!』

『ゾルさん優しい~オレだったら百万年って言うとこなのに』

「何が百万年だ、フザけんな!」


 自分をバカにした会話にカッとなったナツメグは一瞬戦車を停め、敵の親玉らしい戦車に向けて発砲した。

 だがそれはむなしく外れ、敵の頭上を飛び越えていった。


『バカめ。お前のことは知ってるぞ、フォックスGON。相手の懐に飛び込んで刺す、ヤクザまがいの女狐のことは前々から噂になってたんだ』

『そして、射撃がてんで下手ってお前の弱点もな!』


 停止したコメット巡航戦車に敵の砲火が閃く。ナツメグは慌てて発進し、再び逃げるしかなかった。


(ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!)


 半泣きで戦車を駆るナツメグは後方へ何度も砲撃したが、走りながらの射撃ではまぐれ当たりしか望めなかった。一方の相手からは矢継ぎ早に砲弾が飛んでくる。このままだといずれ命中しそうだった。


(そういえばヒビキの時もこんなだった……)


 逃げ出した彼は容赦なく追い詰められ、まるで集団暴行のように集中砲火を浴びた。罵声と嘲笑の中で。

 それを必死に振り切って逃げた先に、あの冷酷なプレイヤーの戦車が待っていて……


(ここはお前らなんかの来る場所じゃない、失せろ!)


 無慈悲な宣告。衆目の中で処刑同然に撃破された恋人の屈辱。それを見せつけられてどんなに悔しかったか。

 その仇を討ちたかったのに、自分まで同じ屈辱を味わうのか。


(嫌だ! 自分まで笑われて同じ目に遭わされるなんて嫌だ!)

(でもこのままじゃ私、もうやられる)

(助けて! 誰か……誰か……)


 敵弾が立て続けに車体をかすめ、装甲を削り取った。もう駄目だ……ナツメグの心を絶望がよぎった、その時……

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