「私が勝ったら好きだと言って!」恋懸け少女のサイバータンクバトル!
ニセ梶原康弘@アニメ化企画進行中!(脳内
プロローグ「恋を賭けた戦いの始まり」
「卑怯者! こんな罠を仕掛けてたなんて!」
年齢の頃一四くらい、ウサギのぬいぐるみを抱きかかえたロリ風のCG少女アバターがモニター画面から顔を歪めて泣き叫ぶ。
オンライン戦車戦ゲーム「バトル・オブ・タンクス」を実況プレイしていた人気Vtuber、文字川りるむの戦車は文字通り泥沼にハマってしまっていた。
何とか這い上がろうとするものの、キャタピラは滑って泥を捏ね繰り回すばかり。いわゆる『詰んだ』状態になっていた。
だが自分を応援する視聴者の前で対戦相手の情けに縋ることなど出来るはずがなく、「さっさと助けなさい!」とヒステリックにわめき立てていた。
「嫌だね。助けたところで感謝もしないくせに。このまま晒しものにしてやる」
拒絶する対戦者の少年は辛辣だった。プレイヤー名「ルサンティマン」(強者を憎悪する弱者)の通り、彼女に対して相当怨恨があるらしい。
更に、彼の隣からプレイアシスタントAIのCG少女があざ笑った。
「ほら、哀れっぽい声で言い直しなさいよ、『どうか助けて下さい』って。ふん、おおかた誰かが同じようになってた時に助けたことなんてなかったでしょ」
「な、ないけど……うるさい!
「アハハ、アキト聞いた? 感謝はしないけど自分は特別だから助けなさい、ですって」
「ははは。そりゃ高慢ちきで売ってきたゲーム動画配信者のお姫様だもの、視聴者の前でみじめに命乞いなんて出来るハズないよなぁ」
「グッ……」
少年の嘲笑には憎々しさが溢れていた。悔しさでハラワタが煮えくり返るが、彼女が泥沼の底から大砲をどんなに上に向けても彼の戦車を捉えられなかった。
選択肢はない。撃たれて敗北する以外どうしようもなかった。
どちらかが撃破されなければ「バトル・オブ・タンクス」の対戦モードは終わらないのだ。自分のチームメンバーがいれば途中参加が可能なのでそこから逆転勝利の可能性もあるのだが、彼女のチームパートナーは既に撃破されていた。
「ううっ、どうしたらアイツに勝てるの? りるむ……」
泣いて謝ろうが開き直って逆ギレしようが、対戦者の少年は自分の気が済むまでここに彼女を放置するつもりである。
かといって故意にゲームアプリを落として強制終了した場合は不正行為とみなされてしまう。課金アイテムも保有戦車もすべて没収されるのだ。視聴者の前ですべてを手放し、惨めに一からまたやり直すなど、彼女には到底出来ない相談だった。
「さて、そんな訳で僕が撃ち殺さないとゲームは永遠に終わらないけどどうする? 文字川りるむ。半日そこで土下座して謝罪するなら考えてもいいけど」
「うるさいうるさい! 黙れ黙れ黙れ!」
彼女の実況動画を見守っていた視聴者達から『ヒドス!』『許してやれよ。姫、泣いてんじゃん』と山のようにコメントが流れてきたが少年は意にも介しなかった。
(言ってろ。どうせ僕の味方はもういない)
(現実でもゲームでも独りなんだ。幾らでも嫌うがいい……)
自分の心の痛みなど、しょせん誰にも理解してもらえないだろう。少年はそう思った。
だが、そうではなかった。
突然砲声が響く。
ハッとなった次の瞬間、鋭い飛翔音を立てて飛んできた砲弾が少年の戦車に叩きつけられたのだ。
「……ッ!」
不意を突かれて命中こそしたが、斜めに切り立てた戦車の装甲は、鈍い金属音と共に砲弾を弾き飛ばした。
「誰だ!」
キッとなって少年は振り返る。戦車のAI少女、絶体絶命のVtuber、コメントで騒いでいた動画視聴者達も。
『「ルサンティマン」陣営のプレイヤーが参戦しました。「フォックスGON」M18戦車ヘルキャット』
ゲーム画面に砲撃してきたのは少年側のプレイヤーだと機械音声が告げた。
『え? アイツの味方じゃん!』
『味方が撃ったってことはもしかして裏切り?』
視聴者達の疑問へ応えるように、彼等が振り返った視線の先に一台の戦車が躍り出た。
「アキト、やめなよ!」
「ナツメグか、何しに来た」
好奇の視線が集まる中、プレイヤーサムネイルにパンクファッションの少女が現れた。それでは「ナツメグ」と呼ばれたこの少女は少年のチームメイトなのだろう。
「こんな奴の肩を持つつもりか? ぼっちプレイヤーや初心者を狩って、その様を動画で晒して視聴者共々ゲラゲラ笑っていたこんな奴を!」
「そんなつもり、ないよ」
「だったら引っこんでろ。このバトルは僕とアイツとの決闘だ。ナツメグは関係ない」
泥沼から「こらー! こんな奴とか雑魚扱いすんなぁ!」と文字川りるむが叫び、動画のコメント欄も『は? お前何様』『何、正義の味方気取ってんの? キモッ』と罵声が溢れたが、そんな声を無視して少年は静かに諭す。
「この間言ったじゃないか。もう
「……」
応えはなく……だが、沈黙したままの少女の戦車の砲口は少年へまっすぐ向けられている。
「まさか、本気で僕を敵にするつもりか?」
倒してみせるという意思表示の代わりに、少女の戦車が再び咆哮した。砲弾はあやまたず命中したが、少年の戦車は鈍い金属音と共に再び弾き返す。あきれるほど厚い防御力だった。
「……」
そっちがその気なら受けて立つぞとばかりに少年の戦車からも砲火が閃いたが、それを予期していた少女の戦車は鮮やかな動きでそれを回避した。少年の戦車は動きこそ鈍いが重装甲、対して少女の戦車は装甲は紙同然の代わり軽快に動けるらしい。
「自分をバカにしたからこうやってザマァって見返して……どこの『なろう小説』だよ。もうやめようよ! こんなこと」
「ナツメグ、君は彼氏を晒されてバカにされて仇を取るためにこの『バトル・オブ・タンクス』を始めたんだろ? ……お前が言うな!」
「そうだけど……だから私が言うの! 私が間違ってたって気付いたみたいに、アキトにも!」
砲撃の応酬と同じくらい言葉の応酬も激しかった。ヤジを飛ばしていた動画視聴者達も思わずたじろぎ、茶化すことが出来なくなった。
だが、少女が涙混じりの声で訴えた言葉は、彼らを更に驚ろかせた。
「……アキト、このゲームを辞めて、
思いがけない言葉に意表を突かれた少年も「ナ、ナツメグ……お前、何を言って……」と、狼狽えた。
「このゲームの中だけがあなたの世界じゃない」
「違う。僕にはここだけだ。
「アキト」
「現実なんて……」
少年は思わず声を震わせた。ゲームモニターの周辺を見る。そして絶望の表情を浮べた。
ずっと捨てられずに積まれたゴミ袋の山は異臭を放っていた。テーブルの上には食べ散らかされたコンビニ弁当の汁が無造作に置かれた教科書の端に染みを作っていた。そういえば学校なんていつから行っていないだろう。怒りに任せて叩きつけて画面の割れたスマホには、ライングループも、電話番号の登録も一件もない。
汚れるに任せた、ゲーム以外どこにも繋がる先のない孤独な自分の聖域。ここを一歩でも出たら、そこは敵意に満ちた世界が待っている。
「僕には無理だよ……。それにナツメグ、彼氏がいるだろ。思わせぶりな言い方はやめてくれ」
「別れた。だからここに来たの……本当に好きな人を改心させるために!」
思わぬ言葉に動画のコメント欄は『わ、告った!』『途中参戦して来たのはそういうことか!』と、視聴者たちがどっと沸いた。文字川りるむだけが『こ、こらー! りるむを差し置いて勝手に恋バナ始めんなー!』と地団太を踏んでいる。
「私、アキトがこうやってみんなに嫌われてイヤな奴だって思われるのが嫌なの。本当は優しい人なのに。だから……」
「だから何だって言うんだ! みんな今まで散々僕を無視してバカにしやがった癖に何を今さら!」
少年の戦車が火を噴く。少女はかろうじて回避した。
(知ってる)
(無視されていたって。本当は友達が欲しかったって……)
激しく拒絶する少年と今まで触れ合ってきた。その中で彼が孤独の身の上であることを少女は知っていた。
そんな彼女を煽るように、戦車のアシストAI少女『メル』が少年の首に抱きつき『みんなあの女の嘘よ。騙されちゃダメ。アキトには私がいるわ』と、いやらしい声でささやく。
「アキト、それは実在しない恋人だよ。でも私は違う。私のこと、現実の恋人みたいに思えて嬉しかったって言ってくれたよね」
「そ、それは……」
「そうしてよ! 外の世界は厳しいけど辛いことばかりじゃない。私、アキトに逢いたい!」
「嘘だ! そんなこと言って、おおかたそこの沼にハマってるVtuber文字川りるむとグルだろ。僕を恨んでそんな真似を……助けたらすぐ手のひら返すつもりだろ。騙されるもんか!」
「アキト……」
少年の戦車はのっそりと動き出した。何度も被弾しているが、装甲には抉ったような跡しか遺っていない。長い砲口が少女の戦車を捉えようと動く。
少女はそれを振り切るように速度を上げながら、砲口を同じく少年へ向けた。
「信じてくれないの?」
「信じられない。お前ももう敵だ……」
悲しそうな顔になった少女は転瞬、決意を固めた。
「そうね、敵同士。そして信じて欲しいから……私、アキトを倒す!」
泥沼にハマったままの文字川りるむは「ねぇ、ちょっと待ってよ! 戦う前に助けてよ!」と叫んだものの、わめき散らす彼女をよそにコメント欄では視聴者達が『なんか別の決闘始まった!』『うぉぉぉ、激熱!』と熱狂している。
人気Vtuberの「バトル・オブ・タンクス」プレイ実況は、当初の「隠キャに獲られた戦車を取り返します!」が、いつのまにか主役そっちのけの「恋を賭けた決闘」になっていた。
予想外の展開に視聴者達からSNSに「オンライン戦車戦の実況に別に女の子が乱入して告った! 告った奴相手に決闘が始まってる!」と拡散された。人気Vtuber文字川りるむの「りるむ姫のゲーム動画実況チャンネル」は視聴するユーザー数が凄まじい勢いで増えてゆく。
「私が勝ったら、信じてよ」
「君は勝てない。戦車の戦い方を教えたのは誰だと思ってる」
「あなただよ、アキト。誰かを憎まずにいられない人。本当は優しいのに辛いことがいっぱいあったから誰かを信じられない悲しい人。だから……」
コメントで囃し立てる人や固唾を呑んで見守る人々を前に、一呼吸置いた少女は少年へ宣戦布告した。
「私が勝ったら『好き』って言ってよ!」
……何故、この二人が戦うことになったのか。
それはこの決闘から遡ること半年前、「バトル・オブ・タンクス」の戦場の片隅の小さなめぐり逢いから始まる。
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