第16話「恋懸け少女、戦いと告白と結末」
どうすればいい?
どうやったら勝てる?
少年と対峙し、荒野の戦場を駆けながらナツメグは必死に頭を巡らせた。
今まで「フォックスGON」の戦いは皆、彼が作戦を立てていた。相手の手のうちを見抜き、相手の戦車の弱点、プレイヤーの性格を鋭く衝き、敵の罠も読んでそれを逆用することもあった。自分が作戦を立てたのは、城に籠って待ち受ける敵を相手にしなかった時くらい。
(でも、絶対勝たなきゃ!)
正面から戦っても勝ち目などあるはずがない。為すすべもなく、いったん逃げるしかなかった。
すかさず後方からゼアーアインの砲弾が追って来る。ナツメグは右に左にジグザクに走っているのだが、そのどちらかを読んで砲撃していた。いつまでも逃げていられない。そんなプレッシャーを与え、考える余裕を奪うつもりなのだろう。
彼は自分を知り尽くしている。ナツメグにも分かっていた。動きで相手を翻弄する戦い方が得意でこのヘルキャットを選んだことも。遠距離射撃があまり得意でないことも。熱くなりやすい性格であることも。ここで自分が何か下手に策を弄しても逆に付け込まれるだけだろう。
だが、何か作戦を立てなければ勝てる見込みは万に一つもない。
そして勝たなければ、自分の恋は叶わない。
(考えろ! 考えろ! 考えろ!)
少年にどこか弱点はないだろうか。ナツメグは今までの戦いを振り返るが、それらしいものは思いつかない。
ではゼアーアイン戦車の弱点は……せいぜい動きが鈍く、真後ろの装甲がやや弱く、零距離ならギリギリ撃ち抜ける程度というくらいだ。
(じゃあ、やっぱり近距離で戦うしかない)
(でも、文字川りるむの時みたいな隙をあのアキトが作ってくれるはずがない)
どうしたら……考えていたナツメグは、ふと思い出した。
弱点、というほどではない。自分が彼と出会って戦い方を教わり、最初の戦車戦に挑んだときのこと。緊張して逃げ出した自分を庇おうとして、彼は乗っていたパンター戦車を撃破されてしまった。
あのとき、経験も自信もなかった自分は敵に怯え、彼が指示した待ち伏せ攻撃をちゃんと出来ずに勝手に撃ち始め、挙句の果てに逃げ出してしまった。予想外の自分の数々の行動に、彼もどう助ければいいのか考えるゆとりもなく撃破されてしまった。
(そうだ、彼に「考えさせない」くらい激しく迫って戦えば、勝てる可能性があるかも知れない!)
それとて経験豊富な彼と戦うので不利なことは変わらないだろうが、普通に戦っても勝てる見込みなどないのだ。ぶつかるくらい捨て身で戦い、活路を見出そう。技量や作戦で敵わないなら、せめて恋に賭けるこの想いだけで彼の戦車に喰らいつくのだ。
ナツメグは心を決めるとヘルキャットを旋回させた。接近する場合の常套手段、煙幕を発射した。その煙に紛れてゼアーアインへ肉薄しようと試みる。
追われていたのが一転接近してゆくヘルキャットに、観戦モードで見ていた動画視聴者も「おお!」と、どよめいた。今はこれまでと覚悟を決めて戦うつもりかと誰もが思ったのである。
ゼアーアインから見た少年も頷いた。
「そうだろうな、接近戦で戦うしかヘルキャットに勝ち目はない」
いい覚悟だ、と思いながらゼアーアインは停止する。ヘルキャットが近づいて来る未来位置を予測して射撃するつもりなのだ。煙の中でヘルキャットが右へ移動するか、左か、スピードを上げているか、減速しているかで位置は異なってくる。
距離にして一キロ半ほど……ゼアーアインの砲弾が装填される時間を考えると四発ほど砲撃出来る。
どれかが命中するか、全て外れるか、ナツメグにとっても少年にとっても、賭けだった。
「撃て!」
一発目は大きく外れた。
二発目はヘルキャットのすぐ前を突き抜けていった。
三発目はヘルキャットの砲塔を掠めた。だんだんと命中しそうなほど正確に照準されている。
(だったら……)
ナツメグは思い切ってヘルキャットを煙の中で停止させ、そして再び発進させた。
四発目……ナツメグの行動は予想外だったらしく、未来位置を予測して放たれたゼアーアインの砲弾は再び大きく外れた。
煙幕の切れ間から、飛び出したヘルキャットはついに至近距離でゼアーアインと対峙した!
「上達したな! おい、小娘!」
自分の予想を見事に裏切ったナツメグに、少年は思わず叫んだ。
最初は戦車の動かし方や大砲の撃ち方すらロクに知らなかった少女が、自分を出し抜くほどの技量を見せつけたのに驚かされ、敵ながら嬉しかったのだ。
だが、戦車の性能に恃まず勝とうとする少年の次の行動は容赦なかった。
次の瞬間、鈍重に思われた重戦車を驚くほど機敏に動かし、ナツメグを驚愕させたのだ。いきなりゼアーアインが仕掛けたのである。ブーストダッシュを掛けたエンジンで急発進、ヘルキャットに正面から体当たりした!
「……ぐっ!」
軽量のヘルキャットは半ば宙を飛ぶほど弾き飛ばされたが、ナツメグは接地した瞬間に左へ車体をずらし、放たれたゼアーアインの砲弾を間一髪かわした。
今度はヘルキャットが右へ走り、ゼアーアインが右へ砲塔を向けたところを全速後退、停止するや発砲する。砲弾はゼアーアインの砲塔に見事命中したが、それは鈍い金属音と共に虚空へと飛んでいった。
ゼアーアインは重戦車だけあって砲塔の回転も遅い。ナツメグはそこを狙って周囲を駆け、砲撃のチャンスを狙おうとしたが、少年は超信地旋回で車体を回転させることで砲塔が回転する遅さを補い、ヘルキャットの動きの素早さを極力生かそうとさせない。
(強い! アキトが敵になったらこんなに恐ろしい相手になるんだ!)
(戦車の動かし方が予測出来ない。なんて娘だ! 油断したら即、後ろを取られる!)
ナツメグは戦車を駆る少年の技量の凄まじさに戦慄し、少年はナツメグの成長と激しい気迫に思わずたじろいだ。
戦況を見守る動画視聴者達も、そのほとんどがコメントすら忘れて見入っている。
至近距離で二台の戦車が激しく戦うさまは、動けばそれが技になる高位の剣士二人が秘技を尽くして真剣勝負しているようにも見えた。
先ほどまでモジカワ装甲雑技団を相手に罠を仕掛け悪罵を浴びせていたのが嘘のように思える程、フォックスGON同士の戦いからは激しい情熱と気品じみたものが感じられた。
だが、戦車を駆る少年の強さがナツメグには彼の頑迷さに思え、彼女はとうとう我慢出来なくなった。
「アキトはそうやってずっとここで戦って生きてくつもりなの!?」
思わず叫んだ言葉に少年は「言っただろう! 僕には……他にどこにも居場所なんてないんだって!」と言い返し、言いざま砲弾を放つ。
すかさず、ナツメグは避け、反撃の砲弾をゼアーアインへ送った。
「ずっとそこにはいられないよ! 『バトル・オブ・タンクス』のサービスが終了する日が来たらどうするの? アキトには何も残らないんだよ……」
「それでも、僕の居場所はここしかないんだ。現実の僕に友達はいない、ゼアーアインとメルしか僕には……」
それは、信じるものを持たない者が、ありもしないものを信じようとする哀しい姿だった。
そして、自分の居場所がいつまでもある訳ではないと気付いた少年の落胆で、ゼアーアインの動きから思わず精彩さが欠けた。
(今だ! ここしかない!)
その一瞬の間隙を衝いてナツメグはゼアーアインの後部を取ることに成功した。砲口を唯一の弱点である真後ろのエンジンルームにピタリとつける。
だが、撃とうとはしなかった。
撃てなかった。
「アキト……私がいる。私がいるよ!」
「嘘だ……だって、僕は君を裏切って……」
「いいえ。だって私、裏切られたなんて思ってないもの」
自分が撃たれたことを裏切りと思わないと言い切ったナツメグに、少年は「なんで……」と絶句した。
「好きだもの、アキトのこと……」
ナツメグは泣いていた。
「私の学校に来てよ! 私の友達いっぱい紹介してあげる。友達にもアキトを紹介したい。みんな愉快でいい人ばっかりだよ。紹介なんかしなくったってアキトならきっとすぐ友達がいっぱい出来る。誰かをハブって友情を深めるような奴なんて私の学校……緑ヶ丘高校には一人もいない」
「ナ、ナツメグ……」
少年は狼狽し、動画視聴者達もどよめく。『バトル・オブ・タンクス』で個人情報などをやり取りするのは明らかなレギュレーション違反なのだ。
だが、ナツメグは少年と戦うとき、自分のすべてを明かそうと既に心に決めていた。
「夏川めぐみ! 緑ヶ丘高校一年B組!……アキト、私の勝ちだよ。お願い。好きって言……」
だが言い終わる前に、『お黙りなさい!』と、激昂したAI少女メルがナツメグに向かって叫んだ。
『アキトはここでずっと私と一緒に生きてゆくんだから! お前なんか……!』
戦車のコントロールを少年から奪ったメルが砲塔を後ろへ回した。砲塔の回転速度をチートで変え、瞬時に砲口がヘルキャットへ向く。
「!!」
いきなり自分を狙う砲口を見て驚いたナツメグは、条件反射のように戦車砲の引き金を引いてしまった。撃たれる前に撃て、と少年が教えた通りに。
二つの砲声が重なる。
二台の戦車は同時に発砲し、そして同時に火を噴き、擱座炎上した。
両者は相打ちとなったのである!
思わぬ決着に動画視聴者達は「えええーーー!」と、どよめいた。
「メル! なんで……なんで撃った!」
ナツメグを再びごんぎつねにしてしまった少年が悲痛に叫ぶ。
『「フォックスGON ルサンティマン」ゼアーアイン重戦車、「フォックスGON ナツメグ」ヘルキャット戦車を同士討ちで撃破しました』
『「フォックスGON ナツメグ」ヘルキャット戦車、「フォックスGON ルサンティマン」ゼアーアイン重戦車を同士討ちで撃破しました』
機械音声のジャッジが戦いの終わりを告げる。ナツメグはハッとなった。
敗者は強制ログアウトされる! 慌てて少年へ呼びかけた。
「アキト! 私のこと好……」
だが……
無情にもそこでゲームはログアウトし、画面は切れてしまったのだった……
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