第8話「それってもう恋でしょ」
『第二次世界大戦ステージのサーバーに異色のプレイヤー二人組が現れた』
そのニュースは、瞬く間に「バトル・オブ・タンクス」のコミュニティサイトでプレイヤー達の間で話題となった。
「チーム名は『フォックスGON』。このごんぎつねを撃った兵十はまだいない」
「前衛は度胸試しみたいに凄い接近戦を挑んでくるコメット巡航戦車。プレイヤーはなんと女の子! 今まで一匹狼だった『強い者イジメ』のルサンティマンがパンター戦車で後衛に付いている」
「Vtuberチーム『ゾルヒン大戦車軍団』がゲーム実況でキツネを狩ろうとしたが、総勢一〇台がその二台に返り撃ちされたらしい」
「ゾルヒンの奴、リベンジマッチするつもりが別の連中に狩られて踏んだり蹴ったり。結局、動画チャンネルを閉じてVtuberも辞めちゃったって」
「この間はトラッププレイで悪名高いVtuber『レッドサイダー』が罠に掛けようとしたら相手にされなかったとさ。アイツら頭にきて血眼で今も探し回ってる」
撃破されたプレイヤーの中には「アイツらはクソだ」と、負け惜しみを言う輩もいたが、不正なプレイや卑怯な真似をされたのかと尋ねられると何も言えなかった。
それどころか、弱者を容赦なく餌食にして戦果ポイントを稼ぐ無慈悲な戦場で、「強者としか戦わない」というプレイスタイルが一目置かれるようになっていた。
「フォックスGONは非課金の低レベルプレイヤーを相手にしない。攻撃されても逃げるだけで初心者を決して狩らないのを何度も見た」
弱者から逃げるのを恥と思わないスタイルを当初「負け犬」と嘲笑した者もいたがすぐにいなくなった。何故なら自分より格上レベルのプレイヤーを相手に無数の勝ち星を挙げているからである。
一方で罠や待ち伏せを張っても、彼等はそれを巧みに察知し出し抜いてしまう。「キツネの名のとおり狡猾な奴等だ」と舌を巻くプレイヤーも続出し、人気はいや増した。
しかし、そうなると初心者狩りや数でゴリ押すプレイヤー、待ち伏せでばかり戦果を稼ぐプレイヤーが面白いハズがない。
「あの、こ憎らしいキツネを何としても狩ってやる!」と意気込む者が続出し、「バトル・オブ・タンクス」の戦場は今まで以上に激しい戦いがそこかしこで繰り広げられていた。
中には「フォックスGON」の名を詐称する輩や「フォックスハンター」と称する者も現れ、戦場はますます混沌を極めてゆく。動画サイトにも「バトル・オブ・タンクス」のキツネ狩りやキツネ探しの掲載が相次いだ。中にはハンター同士がかち合い、キツネそっちのけのバトルが展開されることも。
しかし本物のキツネを狩った者は、まだいない。
「バトル・オブ・タンクス」のプレイヤーの多くが密かに噂の彼等と是非一度手合わせしたい、そして自分こそ彼等を最初に倒したいと思うようになっていった。
そうなると当然、フォックスGONのプレイヤーが何者なのかにも関心が集まる。
「その二人組、リアルじゃどんな奴なんだろう……息の合った男女というからには恋人同士なんだろうか」
「SNSか動画でアカウントとか作ってくれねえかなぁ……」
** ** ** ** ** **
「へくちっ!」
「あら、ナツメグったら風邪?」
「いや、身体はピンピンしてるのに、最近くしゃみが時々出るのよね」
ゲーム界でちょっとした話題の人になっていることなど知る由もない『フォックスGON』ことナツメグは「誰か噂してるのかしら、やぁねぇ」とノンキに鼻を啜った。
「ほれ、のど飴あげる」
「咳じゃないんだけど、ありがと」
季節は秋へと移りつつあった。
まだ暑さが完全に拭えたわけではないが、あの茹だるような猛暑の日々からようやく過ごしやすい季節へ少しづつ変わってゆくのが感じられる。
それは嬉しくもあったが、楽しい思い出も多かっただけに陽気で開放的な夏の熱気が次第に失せてゆくのはちょっぴり寂しく、名残惜しくもあった。
「そういやナツメグ、昨日お小遣いもらったって言ってたじゃん」
「うん」
「でさぁ、夏休みの宿題を写させてやったお礼のアイス、そろそろ奢って欲しいんだけどぉ」
「う……」
確かにナツメグのお気に入りであるサマンサダベサのおサイフには珍しく今、何枚かのお札が入っている。
だが、ここで友人達にトリプルやツインのアイスを食べ放題なんかで振舞ったら、お菓子やコスメ、スマホ代に充てるお金が到底足りなくなる。毎月いつもギリギリでやり繰りしているのだ。
かといって、新学期初日のウッカリを助けてくれた親友達の恩義をスルーしようものなら友情にヒビが入ること間違いなかった。
(せめてこの間の模試でいい点取れてたら小遣いUPして! ってお母さんにお願い出来たんだけどなぁ)
ちなみに模試の結果は「いい点」どころではなく、ナツメグは母親に結果をまだ伝えていない。
バトル・オブ・タンクスよりシビアな現実の窮地にナツメグは頭を抱えたい気分だった。秋になったばかりなのに、どうしてこう色々とピンチが自分を見舞うのか。
しかし、それを友人達に愚痴ろうものなら「自業自得でしょ!」と言われるのは疑いもない。
「トホホ……」
情けない顔でナツメグがサイフの口を開こうとした、その時だった。
「……なぁ、バイト代あんでしょ」
「いえ、あの……」
「いまオレら、金欠でさぁ」
振り向けば、二人組の高校生が路地裏に一人の中学生を引っ張り込み、やんわりとお金をせびっていた。
中学生の顔は真っ青だった。友達にアイスをたかられているナツメグとは明らかに違う。恐喝している高校生の制服はナツメグの緑ヶ丘高校のものとは異なっていた。おそらく近隣の町から遊びに来て、通りを徘徊している間に気弱そうな彼に目を付けたのだろう。
「……」
友人達が助けようか、見て見ぬ振りをして無用なトラブルを避けようかと躊躇するなか、ナツメグだけは違った。
彼女はズンズンと大股歩きで二人組と中学生の間に割って入るや、両腕を広げたのだ。
「やめなよ、そんなダサいこと」
「は?」
「お金なら自分らのを使いなって」
顎を上げて一人が「誰だよ、てめぇ」と凄んだが、ナツメグは怯まなかった。
「二人がかりでカツアゲだなんて、カッコ悪!」
気圧されたものの、もう一人が「ほー、じゃあおねえさんが……」と言いかけたところで「アンタら、ウチらのナツメグに何する気だよ」と友人達がゾロゾロと加勢に入った。
「メグちゃん大丈夫?」
「アンタら、警察にさっき電話したからね!」
「コイツらスマホで写メ撮っとく?」
人数も増えたので分が悪いと見た二人組の男子は顔を見合わせると「チッ」と舌打ちしてそそくさと逃げていった。
腰に手を当て、退散する二人を見送るナツメグをよそに、友人達は中学生らしい男子を「大丈夫?」「殴られたりとかしてないよね」と心配したが、件の中学生は女子高生に助けられたのが恥ずかしかったらしく黙って何度も頭を下げると、こちらも逃げるように去っていた。
「メグちゃん、危ないでしょ。男子相手に……」
腕組みして仁王立ちしているナツメグを友人の一人が困ったように窘めると「ゴメンね。でも見て見ぬフリはしたくない」という、凛とした返答が返ってきた。
「ナツメグ……」
「勝手に身体が動いたけど、でも自分が正しいと思ったことしただけだもん!」
「……」
友人達はしばらくの間シンとなったが、そのうちの一人が出し抜けにため息をついてナツメグの肩に手を置いた。
「ナツメグ、今日は私らがアンタにアイス奢るわ……」
「はぇ?」
「参った。今日のアンタ、ばり
キョトンとするナツメグを押し出すようにして路地裏から出た友人達の顔はみな、笑顔だった。
「メグちゃん、本当カッコ良かった。私、ちょっとキュンとしちゃった!」
「よしてよ。私、百合属性ないから!」
「それにしてもナツメグ、なんか変わったね。前より表情が引き締まったってカンジ」
「そう?」
「もしかして例のゲームの人の影響?」
言われてちょっと考え込んだナツメグは「そうかもね……」と笑った。
(ポイント目当てに弱いプレイヤーや動けない戦車を平気で狩るクズだって多いのに君、優しいね)
(一人でよくここまで頑張った。僕が助太刀してやる)
(ほら、出来たじゃないか! 次もきっと出来る。頑張れ!)
格好いいとは彼のことだろう。思い返すと我知らず、頬が染まってゆく。
あの少年と出逢わなかったら、さっきの場面に足を踏み出す勇気なんて出なかったかも知れない。
彼氏の仇討ちの為に始めたはずのサイバータンクバトルは、いつの間にかナツメグ自身を成長させていたのだった。
「い、いかんいかん。私にはヒビキが……アキトにだって彼女さんがいるって……」
自分にそう言い聞かせても彼のことがどうしても心に引っ掛かってしまう。
だけど……アキトという下の名前以外、自分は彼のことを何も知らない。
彼の顔、住んでる場所、好きな服や食べ物、推しがいるのか、毎日どう過ごしているのか。そして……恋人とどんな事情で引き裂かれたのか。
「知りたいな……」
「もしかして彼のこと?」
何故知りたいのか、その気持ちの源にあるものを自覚していないナツメグは尋ねられるまま頷いた。友人達は何か言いたげな顔でもどかしそうにしている。
本人が気づかなければ意味がないから下手に口出し出来ない。
だけど……
(メグちゃん、そろそろ気づいてよ)
(もう傍目にもモロ分かりなのに……)
どう見ても……ナツメグの表情は、恋をしている少女の顔になってしまっているのだ。
** ** ** ** ** **
「なんか、最近私より目立ってる奴がサーバーでイキがってるって噂を聞いたんだけど」
動画サイトのフリートークライブの画面は暗い部屋を映していた。
豪華なソファに腰かけたVtuberのアバターは幼女のような容姿をしている。ボロボロの布を継ぎ合わせたウサギのぬいぐるみを大事そうに抱えているが、肩から上は暗がりに隠れ、その表情は伺えなかった。
『「フォックスGON」のこと?』
『コメット巡航戦車とパンター中戦車の二人組だったな。アイツらの名前、確かに最近よく聞くね』
『プレイスタイルがクール! って話題になってるけど』
動画サイトに次々と視聴者達のコメントが並ぶが、どれも望んでいるものではなかった。目立っているそのプレイヤーの悪口こそ彼女は聞きたかったのだ。
『姫んとこに以前ちょっかい出してた「ゾルヒン」の奴がアイツらのせいでVtuber廃業したってこの間、話題になってたよ』
「本当? アイツらウザいから今度潰そうって思ってたけど手間が省けた! わぁい!」
少女は抱っこしたボロボロウサギに万歳のポーズをさせたが、邪魔者が消えたのを喜んだだけであって、話題になった「フォックスGON」に好感を持った訳ではなかった。
『「バトル・オブ・タンクス」が偽ギツネやらキツネ狩りで賑わってるのは別にいいんでね? こっちは関係ないし』
『カッコいいっつっても姫はカワイイからキツネと住み分け出来てる観あるな』
「……気に入らない」
冷ややかな少女の一言に、コメント欄でやいのやいの言い合っていた視聴者達は静まり返った。
「りるむより目立ってるってだけでも目障り。シねばいいのに」
不快そうな声に「お、姫が久々に懲罰プレイでお出かけか?」とコメント欄が湧いたが、画面の暗がりから別の誰かが「いやいや、お待ち下さい。姫」声を掛けた。
「ちょっと目立った程度の小者なんか、直々に相手にしなくていいんじゃないですか」
「あら、そう?」
格下相手に、と持ち上げられた少女は嬉しそうに応える。
「御聖体の姫が軽々しく動くのはいかがなものか。ここは鎮座して手下の我等を動かすのが妥当かと」
「うふふ、そう言うのなら」
「はい。では成り上がりをちょっと躾けて参ります。ご不満かも知れませんがこんなんで姫の御出馬はないでしょ」
別の手下達らしい者が含み笑いで煽てる。姫、と呼ばれた少女は「じゃあ……」と改まった声で命じた。
「フビンスキー! ドアクマン! ホッタッチョー! 三人でそのウザいナントカって奴へ身の程を弁えろって教えて来なさい。りるむより目立つな、『バトル・オブ・タンクス』で生きていたかったら常にりるむの顔色とご機嫌を伺いなさいって」
「ホイホイサー!」
「……ところで得物(戦車)は何で行くつもり?」
尋ねられ、三人が「いつものエムテン(M一〇駆逐戦車)で」と応えると、少女は「だめ」と首を振った。
「ただ相手をやっつけるんじゃないの。撃たれても弾き返す戦車でキツネに身の程を思い知らせなさい。だから車体も大きくて、装甲も厚くて、大砲も超長いのがいいわ。何かこう、特徴的なのがいいなぁ……」
「だったら姫、お鼻(大砲)の長い『象さん』なんて如何です?」
フビンスキーと呼ばれた手下に提案され、少女は「あ、それいい!」と目を輝かせた。
「じゃあ、動画のライブ配信もあなた達に任せるから思う存分、遊んで来なさい」
「ホイホイサー!」
「ふふふ……キツネさん、せいぜい萎え落ちしないように、りるむと『モジカワ装甲雑技団』を楽しませてね」
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