05 スピカと廊下と星のマーク
空気が澄んだ爽やかな日に見上げる、青空のような、清々しい青い光に包まれて、スピカは長い廊下を歩いていました。
レンガで出来た壁に囲まれた、長い、長い廊下です。その廊下はあまりに長くて、スピカが持っているランタンの青い光は、奥のほうまでは届かない闇の廊下です。
スピカはランタンの蓋を開け、息を強く吹きかけました。
少し、明るくなりましたが、廊下の奥の方はまだ見えません。
スピカはキュロットのポケットに入れたマシュマロを出して、口に含みました。
「朝ごはん前だけど、仕事を頑張るためだわ、いいわよね」
体に染み込む、甘いエネルギーを感じながら、スピカは廊下を元気よく歩きます。
やがて、青い光が廊下の突き当りを照らしました。
天使の涙の研究所
突き当りの扉には、木炭で書きなぐったような文字で、そう書かれていました。
スピカはポケットから鍵を取り出し、扉を開けます。
扉が開くと中から、青白い煙が噴き出します。シソのような香りのする、爽やかな煙です。
煙の中で手探りで慎重にドアを閉めて、スピカは壁伝いに進みます。
進めば進むほど、煙は濃くなっていって、青空色の爽やかな綿あめの中を進むようです。
前が見えないので、転ばないように慎重に、スピカは進みます。
やがて、壁沿いに進んでいくと、壁に小さな突起がある部分に触れます。
そこでスピカは部屋の中心に体を向けて、煙の中を慎重に進んでいきます。それから、少し行くと、小さな台に体が触れました。
台の上には、ナイフやハサミなど、危険なものがたくさん並んでいますので、スピカはより慎重に台の横に移動して、そこで、声を張り上げました。
「ジニア、新聞と、郵便を持ってきたわよ」
「スピカ?もうそんな時間?」
煙の中から、おっとりとした優しい声が響きました。
「おはようジニア。ごはんも、そろそろ出来るわよ」
スピカがしゃべっていると、だんだんと煙が晴れて、部屋の様子が現れてきます。
部屋は小人のベッドが二十人分は置けるくらい広く、中央に大きな台があって、それを囲むように、ローラーがついた台がたくさん置かれています。その台の一つ一つには、ハサミやナイフや、危険そうな道具がたくさん置かれています。
「ありがとうスピカ、すぐ支度するわ」
中央の台の向こうから、黒くて長い髪を後ろでぎゅっと束ねた小人の女性がスピカを見て言いました。目には大きなゴーグルをつけて、裾の長い白衣に身を包んでいます。
「ジニア、新聞、いつものところに置くわね」
スピカは台の一つに、新聞を置きました。
ジニアは、ゴーグルと白衣を壁に引っかけて、髪をほどきながら言います。
「ありがとう、いつもごめんね」
「いいのよ。ジニアの研究は、シリウスの宝だもの。だけど、昨日も寝てないの?」
スピカは台を綺麗に並べていきます。それはパズルのようで、スピカが毎日楽しくやっている作業でした。体を使う仕事なのでお腹が減りますが、スピカはさっきマシュマロを食べたので大丈夫です。
ジニアは新聞に目を通しながら言いました。
「昨日は、ちゃんと寝たわよ」
「本当?寝袋が床に落ちてるから」
「研究所はあったかいから家より寝れるのよ。新聞、読み終わったわ」
「早いわね。こっちも終わったわ」
ばらばらに並んでいた台は、部屋の隅に綺麗に並んでいます。
「じゃあ行きましょう」
二人は並んで部屋を出ました。
「もっと近くに作ってもらえばよかったわね。研究所。長い廊下、私は好きだけど」
スピカは早足で歩きながらそう言いました。
「私も好きよ」
ジニアも、早足で歩きながら言います。
「少し離れてるところにあったほうが、静かで集中できるし、少し歩く方が運動になるしね」
「じゃあマラソンする?」
スピカは走り出しました。
「わ、スピカったら!」
ジニアも走ります。
スピカは国の女の子の中でも、足が速いほうです。それを自信に思っているので、友達と走る時は、後ろを見ながら一緒に走ります。もちろん、競争の時は手を抜いたり、けしてしませんが、一緒に楽しく遊ぶときは、相手をちゃんと見て、ペースを合わせたほうが楽しいってことを、スピカは知っていたのでした。
廊下は普通なら走ってはいけませんが、この長い廊下は、普段はジニア専用通路なので、二人は遠慮なく走りました。二人の笑い声が長い廊下を響きます。
やがて廊下の出口が見えてきます。そこがゴールです。
「ゴールっ」
「ゴールっ」
二人は同時にゴールに到着して、手を合わせて笑いました。
「あぁ、いい運動になった。お腹すいちゃった」
「それは良かった」
後ろから声がして、ジニアは姿勢を正します。
「王様」
「ジニアさん、今朝もスピカと遊んでくれてありがとう。おはようございます」
「お父さん、おはようございます」
スピカは現れた小人の紳士の足に腕を巻き付けました。
「スピカ、おはよう、この先は走っちゃだめだよ」
「もちろん、わかってるわ」
「いい子だ」
三人は太陽の光が射しこむ、広くて明るい廊下を並んで歩き始めました。
「ジニアさん、研究は順調ですか」
「はい。今にもっと少ない量で、もっと長く、強く光る石を誕生させてみせますわ」
「頼もしいですね。必要なものがあれば言ってください」
「ありがとうございます」
「スピカ、今日の仕事は順調かね」
「もちろんよ。城のみんなに郵便を届けたし、学校が終わったら、パトロールに行くわ。あ、でも……」
スピカは思い出しました。
「お父さん、私この間、湖で転んで、ランタンを壊してしまったの。ふたがパカパカしてるから、暗くなったら危険かもしれないわ」
「ほう」
「私は石のことしかわからないし……ごめんね」
ジニアは立ち止まって、すまなそうに頭を下げました。
「いいのよ、そうだ、ハッティワークスに行ってみる。そこで買ったやつじゃないけど、ジェイクなら直してくれると思うわ」
「そうだね。あそこの鍛冶部門は優秀だ。スピカは友達だったね」
「うん、おこずかいでなんとかなるわ。気に入ってるもの。直してもらうわ」
スピカはお父さんに見えるように、ランタンを掲げました。
するとビールジョッキの頑丈な持ち手のような、ランタンの取っ手の一番上のところについたハチミツ色の星のマークが、暖かい太陽の光を浴びてキラリと光ったのでした。
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