06 スピカとかけっこと笛
「スピカ、笛は持ったかい?」
「持ったわ。ポケットよ」
王様はスピカの頭を優しく撫でました。それから二人は手をつないでお城の中庭の小道をてくてく歩いて行きます。
「スピカはあったかいね」
「お父さんは手が冷たいわ」
「子どもは体温が高いんだね」
小道は城壁に突き当たり、そこには木でできた小さなドアがありました。
「さあスピカ、笛を首にかけておきなさい。よし、それでいい」
王様はドアを開けて、スピカの小さな背中をぽんと押しました。
スピカは外に出て、くるりと向きを変え、先端に笛がついた麻のひもを首にかけました。それからぎゅっと、リュックの肩紐を握ります。
「準備万端よ」
王様の満足そうな微笑みを見て、スピカは誇らしい気持ちで、その場ですっと背筋を伸ばしました。
「いってまいります」
スピカは元気よく、駆けだしました。
学校に通うのは、一週間のうち、ムーンデイ、ランプデイ、フォグデイ、ツリーデイ、ゴールデイの週五日、残りの二日、フェスデイ、サンデイはお休みです。
今日はゴールデイ。今日を頑張ったら、明日はお休みです。
スピカは元気よく道を走ります。途中、たくさんの知り合いを見かけますが、スピカは挨拶だけして、先を急ぎます。学校に早く着きたいからです。
スピカは勉強が、とりわけ算数が得意ではありませんが、学校が好きでした。学校は幼馴染のジェイクや、クラスの友達もいるし、新しいことを学べる場所だからです。
スピカは学校に早く着いて、授業が始まる前に、人の少ない校庭を走ったり、花壇を見て回ったり、事務員のヴァネッサさんとおしゃべりしたりするのでした。
スピカは学校への道を、走りに、走ります。
「ようスピカ」
斜め後ろから声がして、スピカは少しだけスピードを弱めました。
「おはようジェイク」
スピカはスピードをもとに戻し、二人は並んで走ります。
「まったく、毎朝元気なもんだねぇ」
ジェイクはハッティ―ワークスの鍛冶部門の棟梁の息子で、スピカの昔からの友達でした。ジェイクは小さい頃から大人に交じって、棟梁の仕事の手伝いをしているので、時々大人っぽいしゃべり方をする時があります。
「ジェイクこそ」
「おいらは走りたくて走ってるわけじゃないさ。毎日仕事ばーっかりだから、すがすがしい朝くらい、同い年の古馴染みと他愛ない話くらいしたいのさ。でも古馴染みがなぜか毎朝走ってるからなぁ」
「あはは、気持ちいいじゃない。今朝の仕事はどう?」
ジェイクは辺りを見回して、声を落としました。
「ふふふ、実はなぁ、まだ内緒なんだけど、今度の祭りに向けて、スゲーのが出来てるぜ」
「いつもすごいじゃない、親方の仕事は」
ジェイクは嬉しそうに笑いました。
「まぁな。でもさ、今度はいつにも増して、さらにすごいんだよ。何てったって……おっと、危ない危ない。まぁ、祭りを楽しみにしておけよ」
「わかったわ。楽しみにしておく。あ、そうだ」
スピカは、ランタンのことを思い出しました。
「ジェイク、悪いんだけど、私のランタンが壊れちゃって……」
「またかよ」
ジェイクはあきれています。
「だから、バランじいのやつじゃなくて、うちのにしろって言ってるのに……」
「そうね、でも、好きなのよ。蓋のところが壊れちゃって」
「まぁあのじいさんに渡してもまた壊れるだけだしな。わかったよ、放課後持ってきな。ま、直ぐ直してやるさ」
「ありがとう」
ジェイクは息が上がってきています。
スピカはスピードを緩めました。
「まったくあのじいさんは、ガラスの細工に関しては……すごいけど……はぁはぁ……物の加工技術はシロウト並みだからな……はぁはぁ」
スピカは否定をしませんでした。その通り、バランじいはガラスの色を変える研究の第一人者でしたが、ものづくりに関しては、てんでシロウトでした。けれどもスピカは、バランじいの作ったランタンを気にいっているのです。
「まぁ、その分安いし、それにバランじいの作るものには、心がこもってるわ。でもそれはハッティも一緒ね」
「まぁ子どもには……うちのはちと高いかも……な……はぁはぁ……あぁ疲れた」
ジェイクの頭から汗が吹き出します。
「はぁはぁ……スピカ……そろそろ先に……行けよ」
「わかったわ。じゃあジェイク、放課後、お店に行くわね」
「おう、あとでな」
スピカはスピードを上げました。
朝、学校まで風のように走ることはスピカの楽しみの一つで、これをすると、心がすっきりと軽くなるのでした。たくさんある科目も、すっきりと乗り切ることができるのです。
そして学校を乗り切ると、放課後はクラブがあります。
初級学年が二年、中級学年が二年、上級学年が二年の合計六年間の学校生活の中で、中級学年以上になると、生徒はみんなクラブに入ります。
スポーツクラブや、お花クラブ、お料理クラブに、読書クラブ……たくさんのクラブがある中、国のどの学校にもある、大切なクラブがあります。
それが、パトロールクラブです。
子どもたちはみんな、好きなクラブに入ることができます。ただし、このパトロールクラブだけは、入るのに条件がありました。
それは、何か一つでもいい、自分の得意なこと、自信があるものがあること。そして、勇気があることです。
走ることに自信を持っているスピカは、パトロールクラブに入っていました。
パトロールクラブの活動は、ムーンデイからゴールデイまでの週五日ですが、活動時間が限られていることと、パトロール場所が自由なこともあり、つらいと思うメンバーはほとんどいません。スピカはパトロールクラブの活動が好きでした。それに、パトロールクラブの活動は、人の役に立つことです。スピカはパトロールクラブの活動を、大切な仕事として、誇りを持ってやっていました。
パトロールクラブのやることはこうです。
○放課後、三時から五時の間、学校周辺を歩いて、危ない遊びをしている子がいないかどうか見回る
○五時になったら、子どもに帰宅を促す
○パトロール中に怪しいものを発見したら、専用の笛を吹いて、警備隊を呼ぶ
スピカも小さいころ、誤って川で溺れそうになった時に、パトロールクラブのお姉さんに警備隊を呼んでもらって、助けてもらったことがあります。パトロールクラブは恰好いいのです。
それに、小さい子どもは、知らない大人を怖がります。
ですが、同じ学校の知り合いのお兄さん、お姉さんの言うことは怖がらずに聞くことができます。パトロールクラブは、子どもの安全にとって、なくてはならないクラブなのです。
スピカは、今日はハッティワークス周辺をパトロールしようと決めました。
ハッティ―ワークスの回りの広場は、噴水があったり、お菓子が売っていたり、動物広場があったり、子どもがわくわくするものがたくさんあります。
ぎりぎりまで遊んでいる子どもも少なくないので、パトロール場所としては丁度よいのです。
学校が終わると、スピカは辺りを見回しながら、広場に向かいました。もくもくと水蒸気が沸き上がり、だんだんと景色が薄暗くなっていきます。
「すぐに直るといいけど」
リュックの中で、ランタンの蓋が、カチャカチャと鳴っています。
「そうだ、笛をかけなくちゃ」
スピカはポケットから笛を取り出し、首にかけました。それをぎゅっと握り、スピカは駆けて行くのでした。
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