07 ジャックと祭りと美しい星々の海
あれからひと月、ジャックはバランじいとの暮らしにすっかり慣れていました。
バランじいは不器用な男でしたので、朝はジャックがパンと目玉焼きを焼き、一緒に研究室に入ったあと、ランプデイからフェスデイの五日間、バランじいがガラスの色調の研究と、雑貨づくりを行っている間、ジャックはバランじいのお店、たそがれ雑貨店にて店番です。
雑貨を求めて店に訪れるお客さんは、日に数人いるかいないかでしたが、バランじいの研究の技術を学びにきたり、買いに来たりするお客さんはたくさんいて、仕事はそれなりに忙しく、やりがいのあるものでした。
フェスデイにはハッティ―ワークスの前で会った小人の少年、ジェイクも毎週訪れて、バランじいの技術の契約金の支払いと、ハッティ―ワークスのための新しい技術を買いに来ます。
バランじいのガラス加工技術の方法は評判が良く、人気があるようです。
ジャックとジェイクはすぐに友達になり、男同士、意気投合しました。
サンデイとムーンデイ、それから、毎日の夕方は自由なので、ジャックはジェイクと出かけたり、一人で色いろ見て回ります。役所のダンカンさんとも、今では夕方に広場でジェラートを食べる仲です。
それから家に帰ると、マーサがおいしいごはんを作ってくれています。
三人でそれを食べ、夜はマーサが洗濯してくれた清潔なシーツの布団にくるまれて、気持ちの良い眠りにつきます。
たくさんの素敵な人々、素晴らしい景色に囲まれて、ジャックの毎日は充実していました。
けれどもジャックは、最近ふと気になることがあります。
この国で初めに友だちになった、スピカを見かけないことです。
「失敗したな。友だちになったんだったら、すぐに居場所を聞くべきだった」
ジャックは目玉焼きをひっくり返しながら思います。けれども、目玉焼きのおいしい香りを嗅いでいるとすぐに、前向きな気持ちになれるのでした。
「まぁいつか会えるだろう」
それからさらにひと月たって、最近町は、そぞろに活気づいています。
今朝一番に、たそがれ雑貨店に入って来たジェイクは言います。
「よお、ジャック、来週の祭りはどうするんだ?」
「まつり?」
「建国記念日の祭りだよ。たぶん、バランじいは城のイベントに駆りだされるから、店は休みだぜ」
「聞いてないけど、それで町が最近華やいでいるんだ」
「おう、どの店もここぞとばかりにいろんな催しをやるし、広場には屋台もでるぜ」
「楽しそうだね」
「楽しいさ。ハッティも大売出しをやるから来いよ。ランタン、まだ買ってないんだろ」
「うん……でも……」
「なんだ、まさかバランじいのやつを買うつもりなのかよ」
「いや、それはないよ。だってバランじいのは、ほら……。えっと、お金が足りるかなぁと思ってさ」
「足りるさ。いい商品ばかり、年に一度のかなりの大特価だぜ。それとさ、夕方のパレードだけど、ハッティがちょっとしたことをやるぜ。おいら店番は夕方までだから、一緒に行こうぜ」
「パレード?」
「おう、城の中庭でやるんだ。すごいぜ」
ジャックは、そういえばお城に行ったことがないことに気付きました。
「城か……。遠くからは見たことあるけど、きれいなお城だよね」
「ハッティが補修してんだぜ、へへっ。まぁ設計は違うけどな。でもまぁ、見ておいて損はないよ」
「オーケー、行こう」
「そうこなくっちゃ」
お祭り当日はジェイクの言うように、ジャックの仕事は休みでした。バランじいに前日に言われましたが、すでにジャックは夕方の散歩の時間に情報を集め、行きたいお店や場所を考えていました。
その中には、もちろんハッティワークスも含まれています。
「まず、マーサさんの病院に行って、バザーを見る。新しいチョッキが買えるといいけど。それから、パン屋に寄って、建国まんじゅうと、クロワッサンを買うんだ。それから役所に行って、天使の涙と、パンプキンスープをもらって、川沿いでランチにしよう。それから、ランタン探しだ。ジェイクには悪いけど、二つ三つお店を見てからハッティに行こう。ちゃんと比べなくてはね。できれば最後に、広場のジェラート屋でアニバーサリージェラートを食べなくっちゃ」
ジャックは計画どおりにすいすいと町を回りました。
マーサの病院内に開かれたバザーでは、小人のおばあさんが手作りした素敵なチョッキを買えましたし、活気づいているパン屋では、建国まんじゅうと出来立てのクロワッサンを買い、市役所では、天使の涙と(これは記念日用に特別に配布するもののようで、いつものものより光が強いそうです)無料で配っているあたたかいパンプキンスープをもらい、川辺で気持ちの良いランチをしました。
それから、立ち並ぶランタンのお店を覗いては、その美しさに感動し、いろいろと迷ったジャックでしたが、やはりジャックが気になっているのは、ぞうのランタンでした。
結局、ジャックはランタンのお店を十軒も覗きましたが、最後にはハッティ―ワークスに向かい、おまつりの飾りで彩られた広場を通り過ぎ、宝箱の中に入り込んだようなハッティーワークスのお店に入り込み、小さな、ぞうの形をした、ガラスのランタンを買いました。
それは小さくても、ちょっとやそっとのことでは壊れなさそうなほど頑丈にできていて、それでいて優しい姿をしていました。
ジャックはお店からでると、さっそく天使の涙をぞうのランタンに入れて、ふぅと息を吹きかけます。
すると、小さなガラスのぞうが、青い優しい光で光り出し、とても心が落ち着くのでした。
「あぁ!これにしてよかったよ」
そうこうしていると、辺りが暗くなってきたのをジャックは感じました。時計をみると、そろそろ、ジェイクと待ち合わせの時間です。
約束のとおり、二人は広場で待ち合わせて、お城の中庭へと行きました。
中はすごい人でしたが、おまつりの雰囲気に、なんだかわくわくしてしまいます。
辺りはもう真っ暗になっていましたが、中庭を丸く囲うように点々と輝くランプと、城の外壁に配置された青く輝くランプが星のように綺麗です。それに人々は手に一つずつ自分のランタンを持っていて、その光が、星の海のように、中庭で揺れていました。
ジャックもさっき買った、ぞうの形の小さなランタンに光を点しました。青い光がやさしくジャックを包みます。
「お、ジャック、お目が高いねぇ。そりゃ、うちで一番頑丈なガラスでできたやつだから、活動的なお前さんにはぴったりだよ」
「やっぱりぞうのが欲しくてね。安くなってたから良かったよ」
ジェイクは嬉しそうに笑い、それから自分のランタンを掲げました。ジェイクのランタンは
「あぁ、本当にきれいだ……」
光の海の中で、ジャックは溜息をつきました。
「うん」
ジェイクも、言葉がでないようでした。
周りの人々も、ひそやかに、この景色を見ているようでした。
「色いろな色が重なって、オーロラの中にいるようだよ」
「オーロラって、オイラ見たことないんだよな。空に浮かぶカーテンみたいなやつで、こんなふうにきれいなんだろう?」
「うん、こんなふうに、色んな色がかさなり合って、そして夜の空の上に、静かに美しく揺れているんだ。いや、でも違うかもしれない。これは静かだけど、あったかくって、星の光に似ているよ。ほら、あれなんて、月みたいだ。星の海の中にいるみたいだ」
「夜空に昇って星の近くを泳いでみたら、たしかにこんなふうかもしれない。なんてな」
「そうだね……。だけど不思議だ。色が重なりあえば重なりあうほど、黒に近い色になるんだって思っていたけど、違う種類の色がたくさん集まっている場所は、元の色に近い青い色になるんだ」
「色が同じ強さで、九つ以上重なるとああなるのさ、あぁジャック、そろそろかもしれないぞ」
やがて、お城の青い光が消えたのが合図です。
「ジャック、ランタンを消すんだ」
ジャックは言われた通り、ランタンの蓋を開け、布をかぶせてランタンの光を消しました。
やがてあたりは真っ暗になります。
やさしい音楽がゆったりと流れはじめます。
お城の青い光が、だんだんと、輝きだします。
そしてトランペットのファンファーレと共に、お城のてっぺんに青いすい星のようにひとすじに煌めく光が流れました。眩しい美しい光に、人々は歓声を上げます。
そして辺りが一気に明るくなり、城の様子が浮かびあがりました。
城の壁にはレンガの間のそこかしこにガラスのタイルが填められ、宝石で出来ているように、綺麗でした。城の背後からは、すい星のシャワーのように青い光が降り注いでいます。なんて美しいのでしょう。
やがて、青い光が、緑に、黄色に、赤に変わり、ピンクに。音楽も、さらにリズミカルに、楽しい気持ちにさせるのでした。
やがて、一つの歌が聞こえます。
どこかで聞いたような、楽しくて、明るくて、優しい声。やがて、人々もその声に合わせて歌いだします。
シンプルなメロディーはすぐに耳に溶けていきます。ジャックも一緒に歌いました。
それからお城の中から、パレードの山車が次々に現れて、ジャックたちの前を過ぎて聞きます。
お城の背後からは、流れ星のような細かな光が、次々と中庭に降り注ぎ、ジャックたちの体をキラキラとつつみます。
そしてひときわ大きい山車が現れました。
ガラスでできた、青いランプです。
ランプの中には妖精が舞い、周りには、青い風が魔法のように渦巻いています。
そして、ランプの上から上空に向けて、レーザー光線のように光が放たれました。天を仰ぎます。
大歓声と共に天に現れたのは、ガラスの気球です。
次々と現れる美しい気球は、ガラスの町シリウスの真っ暗な夜空を絵画のように彩って行きます。
気球はそれぞれの美しい色に発光しながら、ゆらゆらと夜空を彩ります。
夢のような世界です。
音楽はやがて、楽しいリズムから美しい調べに変わっていきます。そして、あの歌声。
人々はハミングをしながら、パレードの行方を見守ります。
美しい、美しいガラスの山車が、海の中を渡る船のように、中庭を進んでいきます。
そして、だんだんと光はゆるやかになり、やがて、色は消えてゆき、城の城壁から、中庭へと、爽やかな日の澄んだ青空のような天使の涙の青い光が灯ります。
誰からともなく、ランタンから天使の涙を取り出し、ふうと息を吹きかけます。
中庭が澄んだ青に染まっていきます。
そして音楽がやみ。
歌声だけが、辺りに響きます。
どこか楽し気で、ハッピーで、優しい声。
小さな山車が現れました。
城と、山と、湖と。
湖の上には、ちんまりとした妖精が浮かんでいます。
「スピカ」
思わずジャックは叫びました。
「姫様」
「スピカ姫」
人々は口々にスピカに声をかけ、スピカは湖の山車の上で、歌いながらみんなに手をふります。
そしてスピカの歌が終わりました。
ふたたびトランペットが華やかに鳴り響き、音楽が中庭を包みます。
光のシャワー、雨、レーザービームが美しく中庭をつつみます。
盛大な音と光の世界の中を妖精に扮したスピカは進み、そして、中庭を一周し、また城に戻っていったのでした。
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