08 ジャックとスピカと湖の思い出
「ジェイク、ごめん、ちょっといってくる」
そう言うと、ジャックは人混みをかきわけ、城の門に向かって走りました。
たくさんの人の波をするすると縫うように、ジャックは進みます。
あれは確かに、スピカの姿でした。
この町のことを最初に話してくれたのは、スピカでした。
この国の人々のこと、美しい景色、楽しいこと、それから今見た景色を、ジャックはスピカに話したいと思い、走りました。
とってもいい国だね。
そういう風に言ったら、スピカはどんな顔をするでしょう。
門に着くと残念なことに、扉が閉ざされていました。ジャックは門番のような係の人に、言います。
「すみません、中に友だちが……ここを通してくれませんか?」
門番は驚いたように言いました。
「なんと、通りたいとな……しかし、いつもは誰でも入れる城だが、今はパレード隊が中にいるからなぁ」
「だめですか?」
「夢の世界を壊すわけにはいかないのだよ。明日ならいいんだが……」
「なるほど……そうですか……」
裏の舞台を見てはいけないような気がして、ジャックはあきらめようとしました。その時です。門の隙間から、小さな影が飛び出しました。
「ジャック」
それは青い瞳の小さな小人、スピカでした。
「ジャック、まだ町にいたのね、会えてよかった」
駆け出そうとしたスピカを門番が止めます。
「これこれスピちゃん、衣装のまま飛び出しちゃだめだよ」
「はっ」
スピカは気づいたように、自分の衣装をくるくると見て、キュロットの上に着けた、ひらひらとした妖精のスカートをぺりぺりとはがしました。
「これでいつものスピカよ。いいでしょ、ジョンさん」
「まぁいいだろう」
「ジャック、こっちよ」
スピカとジャックは、中庭の空き地に移動しました。
「ここは、私の遊び場だったの。ほら、あっちに砂場があるわ。あそこの土管に座りましょう」
スピカは走りました。
土管は、三本横に積んであって、腰かけるのに丁度よい様子でした。
ジャックはスピカの隣に座ります。
「ふぅ、落ち着いたわ」
土管のベンチからは、中庭が見渡せます。
ゆっくりと帰路に着く人々もいれば、まだ中庭の景色を見ている人もいます。
ランタンの輝きが、綺麗です。
「とっても綺麗だね……」
「ありがとう、自慢の景色よ」
スピカは嬉しそうに言いました。
その顔を見て、ジャックは思い出しました。
「スピカ、お姫様だったんだね」
「そうよ、私のお父さんが王様をしてるから。けど私は普通の子どもと同じよ」
「へぇ、けど、すごい人気だったよ。歌もすごかった。楽しい気持ちになったよ」
「ありがとう。学校で選ばれたのよ。毎年、建国記念祭には、上級学年の中から一人、パレードで国の歌を歌うことになっているの」
「国の歌か……いいね。少し、覚えちゃったよ」
ジャックはさっきの歌を少し歌いました。スピカは驚いたように、目を開きました。
「素敵!ジャックがいたら、歌い手はジャックだったかも」
スピカは笑いました。
二人は土管の上で、国の歌を歌います。気持ちの良い風が流れて行きます。
「スピカ、ここにいたのね」
「ジニア」
スピカは土管からぴょんと降りて、ジニアに駆け寄りました。
「ジニア、祭りの演出、最高だったわ、あの流れる天使の涙の光たち。その中を進むのは本当に素敵だった。色とりどりで、夢みたいよ」
「ありがとう。けどあれはほとんど、バランじいの発明だわ。すごいのよ。新しく発明したガラスに光を通すと、屈折するのよ。そう、まるで、雨のように。一番大きなガラスは、光がすい星のようになるわ」
「それ知ってるよ」
ジャックも土管を飛び降りました。
「本番の楽しみっていってたけど、僕も手伝ったんです。あれだったんだ」
「スピカ、彼は?」
「僕はジャックです。バラン氏のところで、世話になっています」
「助手を雇ったって言ってたけど、あなただったのね、初めまして。バラン氏はこのまつりの功労者だわ」
「ありがとうございます」
ジャックは誇らしい気持ちになったのでした。
「ジャーック」
ジェイクが向こう側で叫んでいます。
「急に走り出して、こんなところにいたのかよ。あれ、スピカとジニアさん」
「あらジェイク、こんばんわ。空飛ぶガラスの象、素敵だったわ」
スピカが叫びました。
「うん、すごかったわ。ハッティ親方は、最高の仕事師よ」
「こんばんわジニアさん、ありがとうございます。へへっ」
ジェイクも誇らしげです。
「うん、すごかったよ。ごめん、急に走り出して。友だちを見つけたから」
「友だちって、スピカのことか」
「うん。随分会わなかったから、居場所を聞こうと思ってさ」
「なんだ、おいらおんなじ学校だぜ。聞いてくれればよかったのに」
「二人も友だちなのね、それに、ジャックがバランじいのところにいたなんて。世界って狭いわ」
スピカは笑いました。
「あぁ、そうだ、おいら行かなきゃ。片づけがあるんだ」
「私たちも行かなきゃだわ。スピカ、衣装を片づけないと」
「そうね」
「じゃあおいらは行くよ。ジャック、また店で。スピカ、学校でな。ジニアさん、さようなら、新しいランタンをお作りの際はハッティワークスをどうぞ」
「あはは、ありがとう」
「ほいじゃな」
ジェイクは手を振りながら、ハッティワークスの広場へと駆けて行きました。
「スピカ、私も戻るわよ」
「ま、待って。ジャック」
スピカはジャックの前に立ち、ジャックを青い瞳で見つめました。
「ジャック、夜は忙しい?」
「忙しくないよ。今日はお店休みなんだ。バランじいは、一仕事終えたら飲みに行くって言ってたし、僕はのんびりさ」
「まぁ!飲みすぎないといいけど」
「そうだね」
ジャックは笑いました。バランじいは、たまに飲みに行くと、町の人に囲まれて楽しくなってしまい、飲みすぎてマーサに怒られているのです。
「まぁ、お祭りだものね。あ、違う、そうじゃなかった。ジャック、もし大丈夫だったら、一時間後くらいに、湖に行かない?まつりの夜は、ちょっと素敵なのよ」
「いいよ」
「良かった。それじゃ、あとでね」
そう言うとスピカはくるりと向きを変え、お城の入口に向かって走りました。
「ち、ちょっとスピカ、待ってよ。それじゃあ、ジャックさん、また。バランじいによろしく伝えてね」
ジニアもそう言うと、向きを変えました。
それからジャックは時間までお祭りを見て回ることにしました。
いたるところに、色とりどりのランタンが飾られ、夢のようです。
この色んな色たちのほとんどが、バランじいの研究の成果によるものだと思うと、ジャックはなんだかまた、誇らしい気持ちになるのでした。
「ジェイクもこんな気持ちなのかもしれないな」
それから、ハッティワークスのある広場まで歩いて行くと、そこにはたくさんの屋台が色とりどりのランタンに彩られ、観覧車とメリーゴーランドが光りながら回転し、楽団の美しい音楽が奏でられています。
そしてさっき見た、ガラスの象の気球が、ハッティワークスのまわりにふわふわと浮かんでいます。
広場にて、人々は弾ける笑顔でキャンディを買ったり、一口ピザを食べたり、こんぺいとうすくいをたのしんでいます。
ジャックもこんぺいとうすくいに挑戦してみましたが、最初はなかなか難しく、となりでやっていた男の子に教わって、たくさんとれるようになりました。
こんぺいとうは、紐のついた透明のふくろに入れてもらい、中身がきらきらと光って綺麗です。
それからハッティワークスを覗くと、片づけを終えたのか、ジェイクが楽しそうに売り子をしています。
ジェイクに相談して買った品は、不思議とその人が必要としていて、そして、その人と相性がいいものが多いと評判で、大人も子どもお姉さんも、ハッティ―ワークスで買う時は、ジェイクに品選びを相談します。
ジャックの象のランタンも、ジェイクのお墨付きをもらったのできっと自分と相性がいいはずです。
強くて、優しい象。そして、その体から、優しい日の青空のような、天使の涙の青い光が包み込むように光るランタン。
ジャックはこれをすごく気に入りました。
バランじいの色の発明が組み込まれておらず、後になってバランじいが少しがっかりしましたが、たくさんある色をみて、それでもそれを選んだなら、それがお前さんの色だからいい。象はわしも好きだよ。と言ったので、ジャックはますますこのランタンを気にいることになるのでした。
たくさんのお客さんに囲まれるジェイクの邪魔をしないよう、こっそりと店内を見回すと、やっぱり宝石箱の中に入りこんだように、きれいです。
さっきまではなかった小さなガラスの気球が売り出されており、ジャックはそれもいつかほしいと思いました。
そうこうするうちに、もうすぐ湖に行く時間です。
ジャックは店を出て、広場を出て、湖に向かいました。
だんだんと人がまばらになり、けれどもランタンの光は、今日はどこまでも続いていました。それぞれの家や、木や、道の端のところに、ぽつぽつとランタンの光が飾られ、きれいです。
湖に続く森の入口も、きれいなアーチが飾られています。
それをくぐり、点々と置かれたランタンを目印に、ジャックは進みます。
湖に着きました。
スピカはまだいないようです。
ジャックは初めてこの国に訪れた時のように湖のふちに立ち、爪に力を込めました。
「ジャック」
振り返ると、スピカです。
「また、魚を捕まえるの?」
「違うよ、最初に来た日のこと、思い出していたんだ。そういえばここで魚をつかまえたなぁって」
「そうね、おいしかった」
「あはは」
二人は笑って、それから並んで座りました。
「今日はすごいね、どこもかしこも、光だらけだ」
「まつりだもの。あ、もうすぐだわ、ジャック。湖の中を見ていて」
「うん」
ジャックは湖を覗きました。すると、湖の中から光が湧き上がり、湖全体にきらきらと光ってはじけて綺麗です。
「これは、魔法の湖なの?」
ジャックは目を丸くしました。
「違うわ、ジャック、これはね、夜七時から、お城で、光を打ち上げるんだけど……花火みたいなものよ。火は使っていないけれど。それが水蒸気に反射して、それが湖に反射して、こんな風にキラキラと映るのよ。あ、ほらまた光るわ」
「うわぁ、魔法みたいだね」
「でしょう?あっ」
スピカは声を上げました。
「でもジャックは光の打ち上げを見たことなかったわね。そっちのほうが良かったかしら」
「いや、こっちのほうがいいよ、本当に魔法のようだもの」
「良かった。私もこっちのほうが好きなの。ただ、向こうは音楽もあるんだけどね……」
「歌えばいいさ」
「そうね」
二人は、湖に広がって行く光の粒を見つめながら、楽しく歌って過ごしました。
「あぁきれいだった」
魔法のような光の打ち上げは終わり、二人は、今見た景色の感想を言い合います。
それからジャックは、この国での楽しかったこと、素敵だったことをスピカにたくさん話しました。
それからスピカは、ジニアの研究のこと、学校のこと、パトロールクラブのことを話しました。
「パトロールクラブ?」
「そうよ、とてもやりがいがあって、そして楽しい仕事よ」
「素敵だね」
「ジャックもやってみる?隊員は多いほうがいいから、歓迎されると思うわ」
「勇気と、得意なことか……どうかな」
「あら、ジャックは旅をしているし、勇気があるわ。ほかの人にはない、素敵な爪も持っているじゃない」
「ありがとう。じゃあ、お店が早く終わった日に、一緒に行こうかな」
「行きましょうよ、だいたい、学校が終わった頃、広場周辺にいるわ。来れるときに来て」
ジャックとスピカは握手を交わしました。
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