02 夜空と炎と砂上の獅子の国

「ジャック、少し歩かないか」

 ジャックはたき火を消して自分のランタンに灯りを灯しました。

 それは象という大きな生き物を模した可愛らしいランタンでその瞳からは天使が零した涙のように、可愛らしく、優しい青い光が灯ります。

「あれ、ジャック、もっと軽くて強く光るやつをやったろ」

 ジャックは歩きながら答えました。

「……高く売れたよ」

「えぇ!?……まぁそうだろうけどな。ハッティーワークスのランタンは世界一ってね」

 ジェイクはそう言うと、焚火の近くに刺したポールに引っかけたフックからランタンを取り外し、ジャックを追いかけました。

「星が綺麗な国だね」

「シリウスには負けるけどな。活気があっていい国さ。砂漠の中にあるからかな、強いよ、人達がさ。施工のスピードや技術は負けないが、この国の石工は凄いぜ」

 オアシスを少し歩くと、砂漠の景色が広がります。そして満点の星空と仄白い砂漠の向こうに、キラキラとした街の灯が見えました。

「……レオニール、通称獅子の国さ」

「獅子の国?随分大きな国みたいだね」

 街の灯は、地上の星空とも言えるほどきらきらと地平線のずっと向こうまで広がっていて、そこにある活気がこちらまで伝わってくるようでした。

「まぁそうさな。国の広さは……。レオニールのが広いかもな。でもハッティーワークスの支店もあるんだぜ。シリウスの一部みたいなもんさね」

「ジェイク、まさか支店を任されるようになったのかい?」

 ジャックは砂の上を歩きながら尋ねました。レオニールの夜の砂は、サクサクとして、少しひんやりとして、歩くと少しだけ埋まって面白い気がしました。

「いんや、さすがに学校があるもんでね。ちょっと長めの休みを取って出向ってやつさ」

 ジェイクもレオニールのひんやりと、さらさらとした砂の上をさくさくと歩きます。

「凄いね、ジェイクもスピカも。スピカは元気かい?」

 ジャックはスピカを思い出していました。

 スピカは小人の女の子で、ジャックにとって星のような友だちでした。ここにスピカがいたら、砂と星空と街の光に感動して、「でもシリウスも凄いのよ」と笑顔で色いろ話すに違いありません。

「オイラもあんまり会っていないんだけどな。スピカもますます忙しそうではあるかな」

「そっか」

 ジャックがシリウスにいた時のスピカも、いろんなことに忙しくしている友だちでした。スピカが美しいシリウスで走り回っている様子を思い出して、ジャックは楽しい気持ちになりました。

「バランじいも元気だよ」

 バランじいは、ジャックがシリウスにいた時の家族のようなおじいさんです。

 ガラスの加工技術を専門としていて、ジェイクの鍛冶屋とは古い付き合いでした。

「バランじいに発注した新しい商品が完成したからこの国に来たのさ」

 ジェイクは夕食前に点けた赤い、激しく燃え盛る炎のような輝きのランタンを再び点けました。それはジェイクとジャックのランタンの青い可愛らしい光と混ざって、謎めいた紫の色が辺りを包んでいます。

「本物の炎みたいだ」

 ジャックは自分のランタンを消して、その炎を眺めました。

「これのプロトタイプをまず支店で皆にみてもらって、それでGOがでたら商品化さ」

 ジェイクも青いランタンを消して、辺りは炎につつまれました。

「オアシスには実験に来たのさ。この光がこの砂漠の国でどんな風に映えるのか」

 ジェイクは心から楽しそうに微笑みました。けれどもその顔はすぐに真面目な顔つきになって、ジェイクは何かに賭けるような顔で語り出しました。

「ジャック、この国はさ……」

 ジャックは炎の瞬きに心を揺らして、ジェイクの言葉を待ちました。

 ジェイクの話は、こんなふうでした。

 この砂漠の国は昔は何もなく、何もない、枯れた砂の大地でした。わずかに残った水路となる川も、今のように水流を湛えてはおらず、人の住めない広陵とした砂一面の国でした。しかしながら、抜けるような青空と、広く広く広がる金色の大地の中で、そこに辿り付いたものは希望を見出し、石を積み、水源を掘り、少しずつ、少しずつ国を広げていったのです。

 けれども、どこまでも続く乾いた大地の中で、時に心が乾いてしまうこともありました。

 そんな時に、工夫したのが、砂に埋もれた岩や石を加工して、楽器を作ること。

 砂の大地の下には楽器を作るのにぴったりな乾いた岩や石がたくさんありましたし、水源の近くを掘ると、カンカンと綺麗な音のなる石がたくさん採れたのです。

 金色の砂の国では綺麗な音のなる打楽器や、美しい音色の石笛が作られ、その技術はどんどん進化していき、古くなった打楽器や石笛を元にして新しい打楽器や石笛をつくる技術も発明され、人々は、乾いた砂の中に美しい音楽を見出し、心豊かに暮らせるようになりました。

 そして、人々はある時、気づいたのです。たくさんの楽器や石笛が作られ、使われ、人々の心が豊かになっていくことで、国に力が宿るということに。

 砂漠の国は乾いていて、初めはけして豊かとは言えなかった国でしたが、美しい音楽は人の心を超えて、人に、国に力を与え、小さな集まりは、いつのまにか驚くほどの力となっていたのです。

 乾いた大地に必要だったのは、美しい何かだったのかもしれません。

 人々は、国を広げていきながら、たくさんの音楽を作りました。そして、何年もそれを続けていた間に、いつの間にか、人や、技術や、美しい音楽が集まり、レオニールは大きくなっていったのでした。

 そしていつしか、美しい音楽を求めて、他国からもたくさんの人が訪れるようになたのです。

 音楽を求め、たくさんの人々が集まり、熱い炎が燃えるように国は栄え、乾いた砂の大地の生活も、心までも、どんどん豊かなものになっていきました。

これを素晴らしいことだと感じた人々は、決めました。

 心の音楽を絶やさないようにと。

「ここは砂と石と音楽の国なのさ」

 ジェイクの顔は、いつものどこか憎めない笑顔に戻っていました。

「活気のある商売人魂が燃える国さ」

「音楽か……シリウスの祭りの音楽も凄かったように思うけど」

「残念ながら、ここの石笛も入ってきてるし、シリウスの国歌もレオニール出身の作曲家が編曲してるのさ」

「そうだったんだ」

 ジェイクはランタンの突起に何かをしたようです。

 辺りに炎が燃え上がり、それは大きな炎の猫のようでした。

「わっ猫かい?」

 その炎の猫は、満点の星空を打ち消すような美しさで、夜空に大きく猛々しく燃え上がり、この世界の支配者のような射貫くような眼光で、こちらを見下ろしていました。

「ランタンの技術はシリウスが世界一なのさ」

 その猫は遥かに広がる夜空からジャックを見据えて、それから夜空に向けて嘶くように口を動かしました。

「レオニールで今一番人気がある音楽家は、炎の獅子という異名があるのさ。そこでこのランタンさ」

 ジェイクの得意げな顔を見て、ジャックは感嘆の声を漏らしました。

「ランタンの光が動くなんて。幻みたいだ」

「苦労したさ。だけど流行ると思うぜ」

 ジェイクはランタンの灯りを消しました。

 辺りが暗くなり、空には満点の星空、向こうのほうにはきらきらとした街の灯りが輝いています。

「ジャック、あれだ」

 ジェイクは夜空を指さしたようでした。

 その先を見ると、ゆっくりとした流れ星がごうごうと音を立てて夜空を横切っていきます。

「シリウスで気球を見ただろ、あれよりも早くて、鉄でできた鳥のようなものだ。飛行機って言って」

 その流れ星は空をゆっくりと横切っていって、レオニールの街の灯の向こうへ消えていきました。

「飛行機……」

 新しいことをたくさん聞いて、ジャックの心は炎のように揺れていました。

 ジェイクはきっとあれに乗ってこの国へ来たのかもしれません。

「ジャック。明日さ、ハッティーの支店に来いよ。さっきのは特大サイズだけど、小さい獅子のランタンも作ったし、ここで会ったのも縁だ。旅の拠点に泊めてやるからさ。いい国だぜ」

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