03 ジャックと風砂と音楽の都

 オアシスのキャンプを畳んで、ジェイクとジャックは翌日、レオニールの街に向かいました。

 音楽の国なんて、楽しそうです。

 ジャックはこれまで、色いろな街や国で、音楽を聴いたり、歌を聴いたりしましたが、音楽が好きでした。

 金色の砂の上を歩いて行くと段々と石造りの家々が現れてきて、その家々に暮らす住人たちは、ほとんどが人間のようでしたが、ジェイクのような小人族や、そのほかの生き物も何人か見かけました。どの人も楽しそうで、なんだか活気があるようでした。

 砂の小道を石の牛車が進みます。

「あれはバッファローさ」

 ジェイクが教えてくれました。ジェイクとジャックは建物がたくさん並んだ、街が栄えていそうな方向に向かって歩いて行きます。

 その街の入口に着くと、ジャックは石造りの石板の前で立ち止まりました。

 そこには、黒炭で書いたような文字で、こう書かれています。


 砂と音楽の都 レオニール


その石板の角には、美しい猫のような生き物が描かれていました。猫のように見えて、虎のようでもあって、顔周りに立派な毛が生えていました。猫の王様みたいだとジャックは思いました。

「誰かが書いたんだ」

 少し触れて見ると、ジャックの黒い肉球に、黒檀がついたようでしたが黒いので目立ちませんでした。

「流行りの炎の獅子のイラストだ、誰かが書いたんだ」

「凄いね……獅子っていうのは、猫なのかい?」

 ジェイクはジャックの姿を上から下まで眺めて言いました。

「うーん、そうなのかもな、獅子はライオンのことだって聞いたけど。言われてみれば猫なのかもしれないな。オイラも本物は見たことがないけど、顔の周りに立て髪っていう、立派な長い毛が生えていて、顔や体は猫みたいかもしれない。昔は草原の地帯に住んでいたらしいけど、今は空想上の生き物さ」

「どうして空想上の生き物が流行っているんだい?」

 ジャックは不思議に思いました。

 炎の虎や、炎の猫ではいけないのでしょうか。

「ライオンは、かつて大地の王者、百獣の王と呼ばれていたのさ。今流行りの音楽家の楽曲も、心を圧倒し、惹きつけ、動かす主となる音楽家らしくて……たしかに凄いよ、生で聞いたことはないけど、資料は調べたけど、圧倒されるっていうか、やらなきゃって気持ちになる」

「へぇ……ジェイクもファンなのか」

「ファンっていうか、シリウスの音楽もいいけど、別格っていうかさ。いや、違うな、でもなんていうかうまく言えないけど。猫もいいけど、炎を感じるというか……まぁジャックも聴いてみろよ。この国に入ったら、探さなくても聞くことになるさ」

 その通り、砂と音楽の都レオニールの中心に近づくと、色々な広場に人が集まり、そこでは音楽が奏でられているのでした。

 小さな広場では、少しの笛と打楽器、大きい広場ではたくさんの笛や打楽器や、ハープのような楽器や、見たこともない楽曲もたくさんあり、どの広場でも、拍手喝采を贈りたくなるような心が動く音楽が奏でられています。

 道のわきに並んだ街灯にも、風で揺れるとキラキラの音が鳴る石の楽器がかけられて、それは等間隔に道の端の方まで続いて、広場の音楽に彩りを添えています。

 広場に立ち並ぶお店や、市場の活気と相まって、お祭りのようなハーモニーです。

 こんなに心が動く音楽で溢れた国は、ジャックは初めてでした。

 わくわくを抑えられない気持ちで、ジャックはいろいろなところを見ながら歩きました。石造りの建物や家や、お店が並んだ風の通る砂の通りを抜けると、砂で覆われた広々とした広場になっている場所にでて、その奥の方の建物の入口に、ジャックは見たことがあるような大きなガラス細工を発見しました。

「あれはぞうだよ」

 ジャックはそれに向けて歩きました。

 近づいてみると、それは大きな大きな、ガラスでできた象でした。

 ジャックの何倍の大きさか言い表せられないくらい大きなガラス出来た動物は、四本の足で、地面に大きく、立派に立ち、顔のような部分の側面には、大きな大きなハスの葉のようなものが垂れ下がり、顔の中心のような部分には、太いホースのような長いものがぶらんと垂れています。

 そして、後ろに回り込むと、体の大きさに似合わないような、かわいらしい、小さな、筆のようなしっぽがお尻にちょこんと付いているのです。

 ジャックはまた、正面に走っていって、そのガラス細工をしげしげと眺めました。

「ようこそ、ハッティーワークス、レオニール支店へ」

 後ろから声がして振り返ると、ジェイクがこちらを見て立っています。

「旅の方、ランタンを買うなら、世界で一番のガラス工房、ハッティワークスしかないと思うよ」

「懐かしいね」

 これは、シリウスという美しい国で、ジェイクとジャックが初めて出会った時のやりとりでした。

「裏口に回ろう」

 ジェイクは巨大なガラス細工の後ろにある建物の入口から少し離れた小さな通路を指さしました。

「象の柄のランタンもこっちでも作っているが……ジャックは気に入りがあるみたいだからな。まぁ落ち着いたら店も見てみろよ。炎の獅子のランタンもあるしな」

「そうだね。でも高そうだ」

「まぁな。でも小さいサイズのものあるんだぜ」

 ジェイクは嬉しそうに笑いました。

「まいど、親方の最高傑作さ。これはヒットするぜ」

「そういえば、昨日の夜、光が動いているように見えたけど、どうやって動いているんだい?」

 ジャックは思い出して尋ねました。

 たしかに昨日、ジェイクの付けたランタンから夜の闇に映し出された猫……ライオンは、夜空を背にして、嘶くように、動いたのです。こんなランタンは見たことがありません。

「レーザーみたいな光は見たことがあるけど、どういう仕組みなんだい?あぁ、オーロラみたいなもの?どうやって光らせているんだい?」

「さすがジャック。ブランじいのところで働いていただけあるな。ほとんど正解さ。オーロラのような光を生み出すしくみを使ってる。ホログラムやつさ」

「ホログラム?」

「そう、中に特殊な縞模様の書かれたガラス板が組み込まれてあって、それに特別な光を当てると立体映像が空間に映し出されるんだ。縞模様の板は複数組み込まれてあって、スイッチを起動すると獅子が動く仕組みさ。高いやつはな。小さいやつはシンプルな動きになるが、それはそれでキュートだぜ!」

「へぇ」

 ジャックは思い出していました。

 ジャックがシリウスにいた時に、たしかにハッティーワークスの人々とブランじいは、光が空間で曲がるようなランタンを作ったり、オーロラのような光を作ったり、レーザーのような光を作ったりしていました。ですが、ジャックがシリウスを旅立ってから、まだ一年は経っていないと思いますが、技術は更に進歩しているのです。

「ねぇジェイク、象も動くのかい?」

「そうだよな。象はまだだけどさ、これがヒットして、資金を蓄えることができたら……ハッティーワークスのシンボルの象も、動かしてみたいよな。シリウスは夜が長いから、きっと楽しい光景になる」

「いいね。そしたら是非ひとつ手に入れようと思うよ」

「サンキュー!だけど高いぜ〜。そういやジャック、シリウスにいた時はブランじいのとこで働いてたけどさ、旅の間はどうやって暮らしてるんだ?」

 ジャックはじっと空を見つめました。

「基本は川にいるからね。特には。だけどたまに兵隊の手伝いをして、お金をもらうこともあったかな」

「そういや、ジャック、強かったもんな」

 ジェイクはジャックの背中に背負った剣に視線を向けました。

 ジャックは昔から剣を使っていたので、普通の猫や人間より、少し強かったのです。

「ジャック、飛行機に興味を持っていたろ。飛行機に乗るにはパスポートが必要で、パスポートを取るには仕事がなくちゃ。レオニールは大きい国だし、兵士の職業の登録をしたらどうだ?

 ふいに、石笛の素晴らしい音色が鳴り響き、大歓声が起きました。

 広場では大きくて強くて、優しいガラス象が、青灰色に透き通る美しい体で、ゆうゆうと砂の上に佇み、ジェイクとジャックを見下ろしているのでした。


✳︎✳︎✳︎


 ジェイクとジャックは裏口から入ることにして、ぞうの足元を進みました。ぞうの爪に、ジャックの姿が映り、ジャックの瞳が反射してきらきらと光ります。

 裏口につくと、ガラスで出来た小さな看板があって、タイルのきれいな文字で、ハッティワークスへようこそ、入り口はあちらと書いてありました。

 入口を見ると、楽しげな人々の姿が目に入りましたが、ジェイクとジャックは、そのまま細い通路を抜け、小さな扉の鍵を開けて、敷地の中庭に出ました。

 そこには象のガラス細工や、象の柄が施されたランタンもありましたが、獅子の細工や、獅子の柄の品物が多いように感じました。

「この国では、ライオンが愛されているのかもしれないな」

 ジャックはそう思いました。

 広い敷地をいろいろ歩いているうちに、ジャックはそう言えば、ハッティーワークスの裏側を見るのは初めてだと思いました。

 中にはたくさんの職人がいて、真剣に持てる技術を発揮していたり、広場に集まってパイプをふかしたりしていました。

「よぅジェイク!その黒いのはなんだ」

 休憩している一団が、ジェイクとジャックに声をかけました。

「ジャックです。ジェイクの友だちです」

「今日から少し泊まるんだ。いいだろ?」

 ジャックは丁寧にお辞儀をしました。

「あぁ、構わねぇだろ。おぉ、うちのランタンを持ってるじゃねぇか、いいやつだ」

 一団はジャックがリュックに引っ掛けた象のランタンを見てヒュウ、というような声をあげました。

「実験は成功したぜ!あとで話し合いだ!!ジャック、こっちだ」

 ジェイクは一団の一人とパチンと手を合わせてから、ジャックを呼びました。

「こっちに宿舎があって、屋根裏が空いてる。そこを使えよ」

「ありがとう」

 ハッティーワークスレオニール視点の宿舎は、石造りの6階建てでした。

 もしかすると、シリウスの本社はもっと大きいのかもしれないなと思いながら、ジャックはジェイクに続いて石の宿舎に入りました。

 中はひんやり涼しく、過ごしやすい温度で、長い廊下の左右には、沢山の扉があります。

 宿舎の真ん中には、石の階段があって、ジェイクとジャックはペタペタと階段を上がりました。

 踊り場には美しいガラスのランタンがあり、階ごとにテーマが違うようでした。

 一番上まで上がると、さらに小さな木の梯子があって、そこを登ると小さな部屋がありました。

 その部屋は洞窟のようにひんやりとしていましたが、窓を開けると乾いた暖かい風が入ってきて、明るく過ごしやすい気持ちがしました。

「丁度ここの下が、オイラの部屋さ、何か必要なものがあったら言ってくれ。あ、夕飯はみんなと食べようぜ。宿舎のマニラさんの飯は結構うまいぜ」

 ジャックは石のベッドの上に、リュックの中身をいくつか置きました。これで少し身軽になりました。

「結構入るんだな、そのリュック」

 ジェイクは感心したように言ってから、窓の外を指差しました。

「結構綺麗な国だろ。ホラ、あれが公会堂だ。天辺に石の鐘があるだろ。あそこで炎の獅子のコンサートがある。しばらくいるなら、行けるかもな」

 ジャックも窓から外を眺めました。

 改めて、金色の砂に囲まれた美しい国です。風に砂が舞い、落ちついた灰色の世界に金色の魔法がかかったような、幻想的な景色です。

「いい国だね」

「だな」

 ジェイクはハシゴのところに行き、扉を開きました。

「夕飯は19時だ。じゃあまた後でな」


✳︎✳︎✳︎


 ジャックは、情報を集めることにしましたが、この国の人々はみんな活気があり、ジャックに興味しんしんでした。飛行機に乗りたいジャックは早速傭兵登録をしようと思いましたが、レオニールで傭兵になるには剣の技術だけではなく、読み書きのテストもあるそうです。

 ジャックは簡単な文字や見たことのある文字でしたら読み書きができましたが、きちんと出来るかというと、知らない文字もたくさんありました。

 ジャックはさっそく読み書きの学校に行くことにしました。

 レオニールでは、外国から来た人々のための読み書きの学校があるそうなのです。

 学校は古い石造りの堂々とした建物でした。

 入口には白いライオンの石像が置かれ、その瞳は天を仰いでいます。

 中には、大きな看板で案内が書いてありましたが、受付の快活なお姉さんが、三階に行くといいと教えてくれたので、ジャックはてくてくと三階への階段をあがりました。

 三階にはいくつか部屋があって、ジャックはお姉さんに教わった階段を上がってすぐの部屋に入りました。

 そこには、石の小さな机と椅子がたくさん並んでいて、そこには何人かの色々な国の人々が座っていました。ジャックは他の人々に比べると背が低いと思ったので、一番前の、窓際の席に座りました。

 ジャックの後にも、何人かの人々が入ってきて、部屋はやがていっぱいになりました。

 隣に座ったのは、黒い長い髪の、茶色の瞳の男の子のようでした。その髪の色は、なんだかジャックの毛の色と似ていたので、ジャックは不思議な親近感を感じたのでした。

「それは、炎の獅子かい?」

 少年の耳たぶに、獅子が駆けるような印を見つけて、ジャックは言いました。

 少年は少し驚いたようにジャックを見つめて、言いました。

「違うよ、これは痣なんだ。昔からあって」

「ほぅ」

「そう見えるかい?」

 ジャックは少年の耳を見つめました。

 それは、やはり、小さなライオンに見えました。

「見えるね」

 少年は嬉しそうに笑ったようでした。

 少年は見たところ、レオニールの人々と、少し違う地域の子どもに見えました。学校にいるということは、外国の子どもなのかもしれません。綺麗な真っ白いシャツを着て、綺麗な色の若草色の長ズボンを履いていました。

 青いバックの中には、本や紙や色いろなものが入っています。

 そのうちに、ベルの音が鳴り、読み書きの先生が入ってきたのでした。

 先生はみんなを見ながら言いました。

「こんにちは。私はロイグと言います。気軽にロイと読んでください。レオニールへようこそ。皆さんは仕事や、旅行や、様々な目的で、この国に来ていると思います。ぜひ楽しんでください」

 生徒の一人が拍手をして、他のみんなも拍手をしました。

「ありがとう、では確認のため、出席をとります。……アーサーさん、カイトさん……」

 ジャックの次に呼ばれた隣の席の黒髪の少年は「ショウ」という名前ということがわかりました。

「ハイ」

 ショウは不思議に透き通る声で、しっかりと返事をしました。

「では始めましょう。みなさんまず、自分の名前と、住んでいる都市、年齢を配られた紙に書いてください。書き方がわからない人は、手をあげて」

 ジャックは困りました。

 実は、ジャックは、自分がいつどこで生まれたのか、知らなかったのです。ジャックは正直に書いてみることにしました。

「ジャック。年齢、不明。14歳くらい。住んでいるところ、ハッティーワークスレオニール支店(でも住んでいるわけではなく、泊まっています。旅をしています」

「ではそれを、グループに分かれて発表し合います」

 グループに分かれて発表し合う中で、ショウはヨクトという外国の都市に住んでいること、レオニールにはジェイクと同じように、仕事で来ていることがわかりました。

 黒猫のジャックは他の皆んなから色いろな質問を受け、旅をしていることを話しました。

 なかなか楽しいクラスのようです。

「皆さん、今日はクラスの説明と自己紹介になりますのでこの辺で。明日からよろしくお願いします」

 ロイ先生の合図で、みんなは席に戻り、ベルが鳴りクラスが終了しました。

 ジャックとショウは、なんとなく一緒に部屋を出ることになり、さっき聞けなかったことやいくつかのことを話しなながら階段を降りました。

 外に出ると、大分日も傾いていて、入り口の白いすべすべのライオンがピンク色に染まっています。

「ジャック、いいタイミングだね?」

 なんのことかわからず、ジャックはショウの視線の先を見ました。

 ここからは、公会堂の鐘が見えました。景色が金から赤に変わっていくと共に、なぜか懐かしいような鮮烈な赤がジャックを包みました。して鐘の音が鳴ります。

 響き合うようにどこからともなく鳴り響く笛の音。

 赤く染まる街に、家々の灯りがぽつぽつと灯り始めます。赤と光の世界になってゆきます。

 ジャックは、涙が出そうだと思ったのでした。

 

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