05 ショウと砂塵と桜の木

 8年程前、玩具をぎっしり詰めたような箱庭のような街で、ショウは窓から青空を眺めていました。空の下には悠久の時を過ごしたようなアイボリーの四角い建造物が隙間なく敷き詰めたように並び、遥か向こうには、赤い、三角のこの街のシンボルが箱庭に棘が刺さるように映りましたが、空は広く、青く、ほんのり優しいように感じていました。

 部屋の中には優しいハーブの香りと温かいスコーンの香り。お母さんと一緒に作ったスコーンです。

「ショータローッ」

 窓の外からキイロの声がしました。それから、ドアの呼び出しブザーがブーブーと鳴ります。

 ショウはハーブティーが入ったポットにキルトのティーコゼーを被せて、外へ繋がる扉を開けました。

 ショウの部屋は二階に在って、屋根付きの階段の下を見ると、鉄柵の向こうにキイロがいます。

「早く開けてよ、ショウタロザエモーン」

 少し急な階段を慎重に降りると風が入ってきて、ショウの黒いつやつやの髪がふぁさりと風に揺れました。

「遅いよショウタロー」

「ショウタローて誰さ」

 鉄柵の錠を開けると、キイロはいつもの通りに家族のように階段を上がって行きます。

「うーん……流行り?ショウタローって言い易くない?ショゴロダユウのテレテッレのチョウスケさん」

「もう、”ショ”しか合ってないね……言いヅライし」

 ショウもキイロに続いて階段を登ります。

 キイロがドアを開けると、優しいハーブの香りと温かいスコーンの香りがしました。

「うーん。あ、ショウ、ポップコーン買ってきたよ」

「ありがとう」

 受け取りながらショウは丁寧に扉を閉め、扉に鍵をかけました。

 キイロを見ると、すでに靴を脱ぎ、テーブルの横で寛いでいます。

 ショウも靴を揃えて座布団に座りました。

「キイロ、さっきの、初等学校に来ていた劇団のセリフのパロディーだろ」

 キイロはティーコゼーを外し、お母さんが用意してくれたティーカップに注ぎました。

「いい匂いだね」

 キイロは目の上でちょうど良く丁寧に切り揃えられた前髪を揺らしながら、嬉しそうにショウが注ぎ終わるの待っています。ショウから見て、キイロはお茶の香りを楽しんでいるように見えましたが、きっと先日の劇団のセリフの一部を引用してふざけたことはショウには分かっていました。

「カモミールってハーブだ。スコーンもいいよ」

 ショウが勧めると、キイロは嬉しそうにカモミールティーを見つめました。キイロの目の色は青空のような水色で、ショウはそれを気に入っていました。

 キイロはお茶を一口飲むと、おいしい!と笑いました。

 それから二人でほくほくのスコーンを食べて、いつものように玩具のブロックを積んで遊びます。

 数年前、初等学校に入るより前から、ショウはブロックで何かを作ることに子どもながら熱心に取り組んでいました。

 ベースとなる薄くて平らな草原のようなブロックに、箱庭のような街、美しい景色、生き物、様々な冒険を現わして行くのです。

 初めはお菓子を食べたり、外国の映画を見ながら横目に見ていたキイロも、今では一緒に取り組むようになっていましたがキイロはたまにふざけます。

「見て見てショウタロー、鉄壁の城壁」

「ぎょっ、キイロ、それ怖すぎだよ。生首キャッスル……怖すぎだよっ」

 キイロが積み上げたブロックは、おとぎ話に出てくるような美しい城になっていましたが、その城壁には人間を組み立てる時に使うブロックの顔パーツが等間隔に並べられていて、何かの儀式のようです。

「この顔がさ、全部監視カメラになっていて、侵入者が入れないようにするんだ」

「……誰も侵入しないよ、そんな城」

 ショウはため息をつきましたが、キイロは楽しそうでした。

「少し休憩にしよう」

 ショウはキイロが持ってきたポップコーンを皿に空けて、テーブルの上に散らばったブロックの間に置きました。

 ポップコーンはさくさくと気持ちの良い食感で、少し苦いようないい匂いがして、後味が少しだけ甘い、おいしいポップコーンでした。

 窓の外から、警備隊の電気馬車のサイレンの音が入ってきましたがその音はすぐに遠ざかっていきました。

「これは、シナモン?お茶入れてくる」

 ショウの家は細長い作りになっていたので、ショウの部屋、家族や友だちと過ごす部屋、キッチンが縦に繋がっているので、お茶を入れながらでも話をすることができるのでした。

「うん、そう。レオニールで買ってきた」

 料理はまだ、お母さんがいる時にしかやらせてもらえませんでしたが、お湯だけは沸かしていいことになっています。

「レオニール!」

 ショウはコンロの火だけはしっかりと止めて、瞬間移動のようにキイロの正面に座り、テーブルに手をつきました。

「ショウ、お茶は?」

「レオニール……レオニールって言ったのかい」

「そうだけど。ねぇショウ、このシナモンポップコーンおいしいね」

「おいしいけど、いつ?いついったんだい?この間の春休みかい?もしかして……」

 キイロは真っ白い綺麗なシャツの下から手帳くらいの大きさのプラスチックのケースを取り出しました。

「……ずっとお腹に入れていたのかい!」

 ショウは笑いました。

 透明なプラスチックの中の紙には、美しい青空の色を背景に、桜の花びらが描かれています。裏返すと、プラスチックの隅の方に控えめに、ライオンの赤い刻印がありました。

「キイロ……!」

 ショウの部屋には、同じライオンの刻印のケースや、壁紙、ライオンのオブジェが並んでいます。ケースの中身は、丸いキラキラとした円盤です。ここには音楽が記録してあって、再生機にかけることによって、記録された音楽を楽しむことができるのです。お父さんの都合でレオニールに行っていたキイロが買ってきてくれたのでした。

「手に入らないかと思ってた……お、お茶入れてくるよ」

 ショウは先ほど蹴とばしてしまった踏み台をコンロの下に丁寧に置いて、改めてお湯を沸かし始めました。

 やかんからシュンシュンと蒸気が気持ちよく沸き立つ音が、窓の外の自動火消し車の警笛の音に合わさり、そして警笛は去って行きました。

 お湯が沸いたのを確認してからショウはコンロの火を止めて、棚に並べられたたくさんのハーブやお茶の中から、若草色の筒を取り出しました。中身を急須に入れて、丁寧にやかんの中のお湯を注ぐと、桜とお茶のいい香りに包まれます。

 可愛らしいふたをことんと被せて、少し急須を揺らしてから、二つの湯飲みに変わりばんこに注いでいきます。

「いいにおいだねー!」

 テーブルのほうからキイロの声がしました。

 湯飲みを小さなお盆に乗せて両手でしっかりと運ぶ間も、ショウを柔らかい桜の香りが包みます。

 ショウは丁寧に湯飲みをテーブルに置いて、それからお茶を口に含みました。

 涙がじんわり滲むような、お風呂につかったときのような、それでいて青空の下にいるような、そんなふうに思いました。

 キイロもほぅ、と長い息を吐いています。窓からは選挙候補者の乗った電気馬車が拡声器の声を四方に振りまいているのが聞こえました。

「ショウは何作ってるの?」

 キイロは真剣な顔で、ショウの作った箱庭を夏の大空のような瞳で見つめました。

 その先には、アイボリーのいびつなブロックで囲まれた廃墟のような街の中に、一本の桜の木が立っています。

「夢」

 ショウは大きく息を吸い込みました。

 そうしてみると、窓の外から入ってきた埃のような風が、甘苦く優しい桜の香りにふんわりとかき消されたのでした。

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