06 ショウとパウダーチェリーと笛

「この国には、サクラが咲いていますが、世界には同じように、サクラが桜咲いている国があります。私が以前働いていた学校にも咲いていました。離れた国で、同じ花が咲いているのは不思議なことですね。なぜでしょうか。皆さんも考えてみてくださいね」

 ツキノヒの朝は、校長先生の全校集会から始まります。

 学校に通うのは、一週間のうち、ツキノヒ、ヒノヒ、ミズノヒ、キノヒ、キンノヒの週五日、残りの二日、ツチノヒ、ソラノヒはお休みです。

 今日はツキノヒ。今日から新しい一週間が始まります。

 子どもたちは、カラフルなグリーンベルトの小さな校庭にきちんと並び、先週赴任してきた校長先生の話を聞いていました。

 一番小さな学年のショウのクラスは、校長先生の話を、一際熱心に聞いていました。

 それは、クラスの一員であるショウが、最近サクラのことばかり気にしていたからです。

「ねぇショウ、さっきさ、校長先生サクラの話をしてたね」

 春生まれのゴマが、校舎の階段を登りながらショウに話しかけました。

「なんでショウはサクラが好きなんだっけ?」

 冬生まれのオリーブが元気に階段を駆けて行き、ゴマに並びます。

 優しいゴマと元気なオリーブは、ショウのクラスのラッキー女子でした。

「レオニールの炎の獅子の新曲がサクラの歌だからだよ」

 後ろからキイロが答えます。

 ショウは、まぁね、と続けて、指で顎を挟んで考えました。

「レオニールにはサクラは生えていないんだけど、たぶん、炎の獅子が旅をした時にどこかでサクラを見たんだと思うよ」

「ヨクトのサクラだったらいいのにね!」

 オリーブが元気に言います。

 ブロックを積み上げたような狭くて小さな校舎の一角には、春になると一本のサクラが咲きます。

 それが、階段の踊り場の窓からちょうど見えていました。

 朽ちていってしまいそうなアイボリーの建物たちを背景にしたピンク色のサクラが、灰の中の希望のように、優しく優しく太陽を浴びて、ピンク色の雪のようにはらはらと降り積もっているのです。

「たぶん……違うと思う。炎の獅子はヨクトには来たことないんじゃないかな。この小さな島国に彼が来たら、もっと、ヨクトの景色がわかるような旋律が楽曲に現れると思うんだよ」

「センリツ?」

 ゴマとオリーブはきょとんとしています。

「メロディーのこと!中等学年になったら習うと思うけどね」

 ショウに変わってキイロが答えます。キイロは家族の都合でいろんな国に行っているためか、いろいろな言葉を知っていました。

 普段、キイロにいろんな話をしているショウは、他の皆んなにも音楽のことを同じように色々話すのですが、みんなわからなくても聞いてくれますし、キイロがいると助かるのでした。

「あのさ、ショウ、じゃあそれはどこのサクラなのかな」

「なんで離れた国に、同じサクラが咲くの?」

 ゴマとオリーブの疑問に、ショウとキイロは顔を見合わせます。時計を見ると、授業が始まるまで、まだ少しの時間があるようです。

「図書室に行こう」


***


 学校の図書室は教室三つくらいの広さがあって、古い木で作られた棚に、歴史の本、偉い人の本、冒険の本、探偵の本、科学の本、図鑑、たくさんの本がありました。

 もちろん、音楽の本もあります。

 ですが今日は、植物の本や百科事典を棚から探して、みんなでサクラのことを探します。

「あった」

 一番に見つけたのはショウでした。

「サクラの分布図、これじゃないかな」

 そこには国ごとのサクラの分布図が書かれており、ショウはあることに気づきました。

「緯度が同じなんだ」

 そこに書かれていた世界地図のサクラ分布図には共通点があって、ショウの住むヨクトと緯度が同じ地域にサクラが育っているようでした。

 その日のうちに、子どもたちは連れ立って、何故全く別の国で同じようにサクラが咲くのか、校長室に答えを言いに行きました。

 すると、校長にたくさん褒めてもらうことが出来ましたが、ショウだけはあることを考え続けていたのです。


***


 その日の放課後、ショウはキイロと少し遊んでから、一人になってゆっくりと炎の獅子の新譜を楽しみました。

 ショウの細長い家に、サクラの風味の優しいメロディーが広がります。

「炎の獅子は、ヨクトには来ていない」

 ショウはなんとなく、そう思っていました。

 ヨクトのサクラは、朽ちかけたアイボリーの箱庭の中のほんのりとしたサクラです。なので、もし、炎の獅子がヨクトに来たなら、崩れそうな空間の中にしんしんと降り積もるような優しさがメロディーに現れているはず。けれど、この音楽は、優しい緑の田園の風景の中に、雄大に立っている桜を思わせるようなメロディーなのです。

「どの国のサクラなんだろう」

 ショウは座布団に寝転がって、天井を見つめます。

 部屋の中に聞いたことのない、旅の終着地のようなサクラを思わせる、雄大で限りなく美しいメロディーが響いています。

 ここには、自分と、音楽しかありません。

 ショウは先日ブロックで作ったサクラに視線を向けました。

 花のピンクは、儚さと強さを現している。そう思いました。

 いつか会うんだ。……会いに行く。

 ショウは自分の机の引き出しから、小さな石でできた笛を取り出しました。

 音楽に合わせて石笛を吹いてみると、美しさと寂しさが心をぎゅっとします。

 儚くも力強さを感じる春のような音楽に身を委ねながら、ショウはそんな風に思っていたのでした。

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