13 旅、冒険、また冒険
キャンプ二日目の朝、ジャックが目覚めるとスピカはすでに起きていて、外で体操をしていました。
「朝、毎日走っているから、運動したくなっちゃって」
スピカは手足をぐーんと伸ばして、ストレッチに励みます。
ジャックは液体のように器用にテントからするりと抜け出て、真似して手足をぐーんと伸ばしました。
「僕はまだチョット眠いや。けどそろそろ朝ご飯の支度をしよう」
「手伝うわ」
「いいよ、毎日やっているから。そうだスピカ、あの木までだったら、走ってきてもいいよ」
ジャックはここから見える、少し離れたところにある背の高い木を指し示しました。昨日の夜、念のためテントの周りに生き物の足跡がないか、変わったニオイはないか、ジャックは確認しましたが、この辺りには危険そうな生き物はいないようでした。
「本当に?じゃあ走ってくるわ」
嬉しそうにそう言って、スピカはランニング、ジャックは朝食づくりを楽しみ、それから二人で食事をしました。
「今日はこの森を抜けて、山を越えて、谷を越えるから、しっかり食べよう」
「オーケージャック」
食事を終えるとすぐに二人は旅を続けます。
しばらくは昨日のような、緑豊かな素敵な風景が続きました。
しかし、だんだんと、様子が変わってきています。
「ジャック、だんだんと、動物がいなくなってきたわね」
「そうだね、植物も減ってきたなぁ。赤茶けた岩が多くなってきたよ。歩きにくいから気をつけよう」
「わかったわ」
やがて進んでいくと、さらに植物はなくなって、まわりは赤茶けた岩ばかりです。
「こういう場所は、大きな怖い鳥がいるんだ。身を隠す場所がないから……スピカ、これを」
「なぁに」
ジャックは荷物の中から薄い円盤のようなものを取り出しました。
「鳥よけさ。これで太陽の光を反射させながら歩くんだ。あと、バランじいのランプも点けて行こう。あっスピカ!」
ジャックはスピカに飛び掛かりました。
スピカはわけが分からずに、受け取ろうとした円盤を落としてしまいましたが空中でジャックが身を返し、スピカを抱えるようにして地面に滑り込んだので痛くありませんでした。
「ニャアッ」
代わりにジャックの叫び声が赤茶けた岩場に響きます。
「ジャック!」
「だ、大丈夫、驚いたりするとつい出ちゃうんだ。それより囲まれてる……!!」
ジャックはスピカを立たせると素早く剣を抜きました。
大きな怪鳥の群れに取り囲まれています。
「スピカ落ち着いて。彼らは様子を見ているから、今のうちにバランじいのランプを点けてみよう」
スピカは息をひそめて、言われたとおりにバランじいのランプを点けてみました。
昼間なので、光は強くありませんが、赤い光が二人をつつみます。
「ジャック……どう!?」
ジャックはヒゲを全方向にピンと張り、怪鳥たちの様子を見ています。
「……うん、効いてるみたい。近づいてくる感じはしないね」
ジャックはスピカの手を引き、ゆっくりと動きます。
怪鳥の一羽がジャックたちを避けるように、チョンチョンと後ずさりました。
ゆっくりゆっくり、ジャックはスピカの手を引いて進みます。
「スピカ、彼らは頭がいいんだ。バランじいのランプに害がないって学習すると、一気に襲いかかってくるから、なるべく光を揺らしたりして、彼らを警戒させながら進もう」
スピカはなるべく息をとめて、言われたとおりにランプを揺らし続けました。
やっと怪鳥の姿は一羽も見えなくなりましたが、道は、さらに岩だらけになり、ぴょんぴょんと岩に飛び乗っていくジャックとは反対に、スピカは岩から落ちないようにするのがやっとでした。
少し先の方でジャンプしていたジャックが戻ってきて、スピカに言います。
「スピカ、この辺りは岩が脆いところが多くて、もう少し頑張ったら頑丈な岩があるから、そこで休憩にしよう。ゆっくりで大丈夫だから、両手、両足で慎重に進むんだ」
「わかったわ、ジャック」
スピカは気持ちを奮い立たせました。
スピカは学校の体育は得意ですが、ロッククライミングは初めてでした。
それでもスピカが足を踏み外しそうになると、ジャックが素早く、やわらかい背中をクッションにして支えてくれたり、ジャックの小さい肉球は思いのほか掴みやすく、スピカはなんとか進むことができたのでした。
「ジャック、私戻ったらロッククライミングも勉強することにするわ……」
「え?……スピカ!!!」
スピカの前を行くジャックのヒゲが再びぶわっと広がったと思った次の瞬間、ジャックは岩場にスピカを挟むようにして、素早く剣を抜きました。
「ジャック!?」
スピカが慎重に振り返ると、見渡す限り、恐ろしい顔をしたジャッカルたちがこちらを見て低い唸り声を上げています。
スピカはベルトにひっかけたバランじいのランプを揺らしました。
「だめだスピカ。もしも……いや、僕が合図したら、目を閉じて」
ジャックは体中の毛を逆立てました。
「わかった」
スピカは短く答えて、岩に身をぴったりとくっつけます。
ジャックは静かにスピカから離れて、ジャッカルたちの方へ進んでいきます。
ひと際大きなジャッカルの前にジャックは進み、毛を静かに落ち着かせました。
そして。
「殺したくない!去れ!!!!!!」
聞いたことがないような恐ろしく大きな声で、ジャックが叫びました。
ジャックの瞳は大きなジャッカルの瞳をまっすぐに捉えています。
大きなジャッカルは困惑したように、後ずさり、そして唸り声を漏らしました。
「我々は……」
ジャックは身じろぎもせずに、大きなジャッカルを見つめ続けます。
「この地に住む者。寝床を荒らしたのはそちらだ」
「承知、だが僕たちはここを通らねばならない」
「その光が嫌な感じがするのだ……。消してはくれまいか」
大きなジャッカルは、他のジャッカルに何かを合図しました。
ジャックたちを取り囲んでいたジャッカルは散り散りにどこかへ走って行きます。
ジャックは剣を構えたまま、話しました。
「本当に、すみません。このような場所にあなたたちがいることは気づいていました。すぐにいなくなります。スピカ、消さなくて大丈夫だ。本当に、ごめんなさい」
ジャックは大きなジャッカルから目を離すことなく、ゆっくりとスピカに近づきました。
「スピカ、さっきみたいに慎重に、あと6メートルほど登ったらロッククライミングは終わりだから。行こう」
「うん」
スピカは自分が震えていることに気が付きましたが、ジャックにわからないように、懸命に両手を、足を、岩にかけました。
後ろにはずっとジャックの温かい気配を感じます。
頑丈な岩場にたどりついてスピカは持ち物のお水を飲みましたが、ジャックの瞳は岩場の下のほうを見つめたままでした。
「スピカ、水は飲んだね。バランじいのランプを離さないで。揺らしながら歩くんだ」
「うん」
そして景色は岩場から、だんだんと植物が増えてきて、そしてまた、歩きやすい綺麗な森に入りました。
いつのまにかジャックは剣を鞘におさめていて、いつもの温かい雰囲気のジャックのような感じがしました。
スピカは涙がこぼれそうになり、けれども懸命に歩きました。
ジャック、ごめんね。ごめんね……。
そんな言葉が何度も胸の奥に浮かんで、けれども歩くのをやめるわけにはいかないのです。
二日目のキャンプ地点に着くころには、二人は無口でへとへとになり、けれども精いっぱいの笑顔でおやすみを言い合うと、どろのように眠ったのでした。
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