12 旅のしおりともちもの
ジャックとの約束の時間よりずいぶん前に、スピカはお城の門の前に立っていました。
スピカにとって初めての旅は、仲良しのジニアに話したとおり楽しみなものでもある以上に、絶対に失敗できないものでした。
朝ご飯が終わったばかりのまだ早い時間でしたが、事件のせいで辺りはまだ薄暗く、けれども空気は温かくしんと澄んで、スピカの灯したランタンのほんの小さな光が優しくスピカを包みます。
跳ね橋の向こう側の大好きな街の景色も今は、薄闇の中に見えませんが、家々のほのかな灯りがおぼろ月のように温かく感じます。
「こんな状況でも、みんな、元気に過ごしているんだわ」
スピカは気持ちを元気にして、跳ね橋の向こうにジャックのランタンが現れるのを待ちます。お城のランタンの光は弱くなっているので、跳ね橋に慣れたスピカが迎えにいかなくては。
「スピカ、お待たせ」
「きゃっ」
突然声をかけられてスピカは驚きました。ジャックの姿がどこにもないからです。
「ジャック、どこ?」
スピカはきょろきょろと辺りを見回しました。
「あぁごめん」
ジャックは爪を光らせます。
「あ、居た。驚いた、ワープしてきたの?」
「歩いてきたよ。あ、そうか。猫はこのくらいの明るさがあれば大丈夫なんだ」
「そうだったの」
ジャックはチョッキのポケットから、ジェイクに貰った懐中時計型の小さなランタンに光を灯しました。
「でもこれで歩きやすくなるかな」
その光は二人の行く手を照らすに十分な光でした。
「わ、こんなに小さいのにすごいわ」
「すごく小さい天使の涙でもたくさん光るようにしてあるんだ。行こう」
二人はお城の一室で持ち物の最終チェックを行います。
「ジャックこれの使い方はこうよね」
「そう、これはね……」
テント、寝袋、たき火台、もの置き台、コッヘル、そしてランタン。ジャックはその一つ一つを最終確認し、スピカと共に荷造りしてゆきます。
「ジャック、小さくまとめるのは任せて、そういうのは得意よ」
「本当だね。僕がやるより小さくなったかもしれない」
「素質あるかしら。思ったより軽いのね」
スピカは二つにまとめたうちの一つを背負いました。
「旅が長くなるにつれて、だんだんとね。でも本当に必要なものは家の鍵と食べ物に交換できる何かがあればね」
ジャックも荷物を背負います。
「その二つだけなの?」
「うん。あとはなんとかなるもんさ。行こう」
部屋を出ようとすると、そこには王様が立っていました。
「準備は万全かい、ジャック君、この度はありがとう」
「王様。はい、いろいろ準備してくださって、ありがとうございます」
「大切な国民と、大事な娘と娘の友人のためだからね。足りないものがあったら言いなさい」
「ありがとうございます、けど、もう大丈夫です」
「そうか。あ、そうだすまない、これも持っていってくれるかい。気休めだが」
王様はジャックに、スピカと同じ笛をあげました。
「お父さん、ジャックはもう持っているのよ。この間パトロールクラブの名誉隊員になったの」
「これはねスピカ、この国の最初の天使の涙が埋め込んである特別な笛なんだよ。もう光らないが、シリウスの加護がありますように」
「これってそうだったの?薄い灰色の石が、私の笛の中にだけ間違って入ってしまったんだと思ってた。ひっかいても取れないのよ。けど、最初の石だと思ってみると、綺麗ね」
「知らなかったなんて、もっと勉強しなさい、スピカ、帰ったらね」
「約束するわ。帰ったら、もっと勉強して、シリウスの発展に尽くします」
「算数も?」
「もう、ジャックったら」
三人の笑い声が部屋に響きます。
「王様、失礼します」
「大臣、すぐに行く」
王様は真剣な顔つきでお城の大臣の呼びかけに応えて、それからスピカとジャックに言いました。
「ジャック君、スピカ、すまない。私は私のやるべきことに心を尽くすよ。君たちにも期待している。どうか無事で」
「はい」
「はい」
ジャックとスピカは同時に言いました。
王様はにっこり笑って、大臣と共に部屋を出て行きます。
「ジャック、旅について教えてもらったことは、全部このメモにまとめたわ」
スピカは手のひらにおさまるくらいの大きさの小さなメモ帳をしっかりとガウチョのポケットに入れブーツの入り口とガウチョの裾を紐できゅっとまとめました。
「スピカ、旅のしおりに絵も描いた?気を楽に、深呼吸して行こう」
「オーケー!」
そして二人はシリウスの町から国境へ向けて進みます。いつもよりずいぶん遅い時間に水蒸気が晴れてきて、やっと太陽が顔を出しました。
国の外れは、ガラスの塀で囲まれており、とても美しい光景です。
「ハッティの技よ。これもね」
「だと思った、とてもきれいだ」
ジャックは少し立ち止まりました。
「夜になると、ほら、あそこの上のところに光が灯るのよ」
スピカも横に並びます。
「それはきれいだろうね、見てみたいな」
「見ましょうよ、ジャック。光のカーテンのように、ここからあっちのほうまで本当にきれいなの。光のカーテンのようにね」
「素敵だね。案内はお願いしてもいい?」
「もちろんよジャック、任せて」
「ありがとう。……よし、スピカ、ここからは僕が案内役だ」
二人は、ガラスの壁が途切れているところにたどり着きました。
「行こう」
二人は国を出ました。
「あ、ジャック、あれはなんて鳥かしら不思議な色」
前進しながら、早速スピカは疑問が沸き上がり、ジャックに尋ねます。
それは炎が美しく燃えているような、太陽のような、赤と橙の間のような色。見ていると勇気が湧きます。
「あれは僕もみたことないや」
「きっと幸運の鳥だわ」
「幸運の鳥といえば、青い色と思ってた」
「青とは限らないわ。あれは幸運の鳥よ」
「そんな気もしてくるね」
「きっとそうよ。ありがとう、幸運の鳥」
「幸運の鳥か……」
二人が手を振ると、鳥は大空に羽ばたいていきました。
温かくなるような朱色が青い空を彩り、ますます綺麗です。
「綺麗ね……」
「うん」
「ねえジャック、世界にはあんな風に、見たことのない綺麗なものや珍しいものが、たくさんあるのね」
「……そうだね、ずいぶん長く旅をしてきたと思っていたけれど、まだまだ知らないことばかりだ」
「旅もいいわね。ねぇジャック、ジャックが今まで見てきたものの中で、一番綺麗だったものはなに?」
「そうだなぁ……オーロラかな」
「オーロラ?」
「うん、ここよりも北の空気の寒い地方で見えるんだ。オーロラはね、夜空にかけられた自然が造った光のカーテンなんだ。でも誰かが造ったものなら、シリウスの光が一番かもしれない」
「あら!でも私、オーロラという名前を憶えておくわ」
「スピカもきっと好きだと思うよ」
「私もそう思う。ねえ、じゃあ一番恐ろしかったことはなに?」
「そうだなぁ……。旅に出たばかりのころ、道に迷ってしまったことかな。あの頃は爪が光るってことを知らなくてさ。暗闇の中、大きな森で迷ってしまったことが怖かったかなぁ……」
「それは怖いわね。それに、爪が光ることを知らなかったなんて」
美しい森の風景から、緑豊かな草原の風景に変わり、そして小川を飛び越え、景色はどんどん変わって行きます。
やがて夜になり、二人は穏やかな森の中でテントを張り、夕ご飯を食べて眠りました。
バランじいの赤い光は幸運の鳥の羽の色のように綺麗で、二人の眠りを優しく包みました。
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