04 星とランプと役割

 淡い、可愛らしい蜜柑のような橙色の光の中に、星のマークがゆらゆらと揺れていました。

 いつか見たことのあるような、星のしるし。ジャックはそれに触ろうとして腕を伸ばそうとしますが、体が動きません。

 圧迫感というよりは、何か柔らかいものに体が包まれて、うまく身動きができないのでした。

「ううーん」

 どうやら声は出るようです。

「起きたか」

 声がした方を見ると、小人のおじいさんがこちらを見ています。その横で、星のマークがついたランタンが、橙色の光を放ち、ゆらゆらと揺れていました。

「ここは……」

 ジャックはぼうっとしながらも、周りをさぐろうとしました。

 どうやらジャックは、ふかふかの毛布にくるまれて、眠っていたようでした。

「わしの家じゃよ。どうだ、起きれるか」

 ジャックはおじいさんに支えられるように、体を起こしました。すると、頭に痛みが走ります。

「痛てて……」

「おお、すまん、大丈夫か」

 ジャックは頭を押さえ、体を起こしました。頭以外は大丈夫のようでしたし、勢いよく体を動かさなければ、痛みもないようでした。

「大丈夫です。あの、これは一体……」

 ジャックが寝ていたのは、大きなソファーのようでした。

 ふかふかの毛布はいい匂いがします。

「あら、目を覚ましたのね」

 おじいさんの後ろから、頭に三角巾をつけた、かわいらしい小人の女の人が現れました。

「こんばんは、ジャックさん。私はマーサ。これでも医者なのよ。小人専門だけど。どう?頭は痛む?」

「少し。でも大丈夫みたいです」

「良かった。こぶになっているだけだと思うけど、痛かったりしたら、言ってね。さて」

 マーサはエプロンを外しながら言いました。

「しばらくは無理しないほうが治りが早いと思うんだけど、ジャックさん、あなた家はどこかしら」

「あの、どうして僕のこと……」

「あぁ、ごめんなさい。住民カードを見させてもらったの。この辺では見ない顔だから。荷物はそこよ。全部あるかしら」

 ジャックはソファーの下に荷物があることを確認しました。全部ありました。

「はい、あります。あの、すみません、寝せていただいて」

「いいのよ。それで、少し治ったら、そこのじいさんが家まで送るからね」

「すみません、何から何まで……。ところで、僕はどうしてここに」

「そこの暴漢に殴られたのよ。虫取り網でね」

 ジャックはおじいさんを見ました。

「ぼ、暴漢とはなんじゃい。ちょっと間違えただけじゃて」

「研究のことしか考えてないからこんなことになるのよ。ごめんね、ジャックさん。もしも警備隊に突き出すなら、私も一緒にいくから」

「待て待てい!悪気はなかったんじゃ。まさか猫とは……」

 おじいさんは、心からすまなそうに、慌てふためき、部屋をうろうろと歩きだしました。歩き回るおじいさんの回りをよく見ると、部屋は、星のマークがついた、個性的な形のランプや、道具で溢れています。あの星を、ジャックは知っていました。この間友達になったスピカが持っていたランタンについていた星のマークです。

 ジャックは好奇心から、おじいさんに尋ねました。

「あの、研究ってなんですか?」

「なんと、よくぞ聞いてくれた!」

 慌てふためいていたおじいさんは、しゃんとジャックに向き直ります。

「あら、聞いてあげなくてもいいのよ、ジャックさん。本当この人はおっちょこちょいなんだから」

 マーサがおじいさんの言葉を遮ると、おじいさんは困ったような憤慨したような、ぐぬぬ、という唸り声をあげました。

「一応、そこのじいさん、国の研究員だから身元はちゃんとしてるのよ、怪しそうかもしれないけど。でも何かあったら言ってね。私ははす向かいの病院に住んでるから。痛くなった時も」

 マーサはてきぱきと荷物を整え、帰り支度をしながら続けます。

「それから、口に合うかわからないけど、スープが下にあるから。栄養をとると治りが早いからね。バランちゃん、できるわよね、書いておいたから」

「……もちろんだとも」

 マーサに応えたおじいさんの声は、どことなく頼りなげです。

「もし、こぶが熱を持ったら、冷やしてあげること。それも書いておいたから……。あぁ、ジャックさん、ごめんね、この人おっちょこちょいだから、もし困ったことがあったら、病院にきてくださいね」

「大丈夫じゃて!」

 おじいさんは、マーサの背中をぐいぐい押しました。

「ち、ちょっと、じゃあ、ジャックさん、明日の朝また様子を見に来るから」

「わかりました、ありがとう」

 ジャックがそう言った時には、マーサの姿は扉の向こうに消えていました。

 少しおかしくなって、ふふっ、と笑っているとおじいさんが戻ってきて言いました。

「まったく、お節介なやつじゃ」

「奥さんですか?」

「ち、違うわい、マーサは、マーサは医者であって、イテっ」

 おじいさんが手をぶんぶん振り回したので、周りのランタンがぶつかって揺れ、光がゆらゆらと揺れるのが綺麗です。

「綺麗ですね」

「お、おぉ、そうじゃな、そうじゃろう」

 おじいさんが回りのランタンの揺れを押さえると、元の通り、静かな橙色の光が、優しく部屋を照らします。

「バラン……さん、僕怪我したみたいで、お医者さんを呼んでくださってありがとうございます」

「バランじいでいいよ。だいだいはそう呼ぶからのう」

 バランじいは遠くを見るように、続けました。

「マーサの言った通り、原因はわしじゃから。申し訳ない。痛むか?」

「頭を振ったり、押したりすると少し。でも大丈夫です」

「そうか、すまんの。新しい光が見えた気がして、無我夢中になってしまって……その……悪かったよ。虫か、鉱石か。わしは、天使の涙の光の変調について研究しておってな」

「そうなんですね」

「そら、そこのランタンを開けてみるといい」

 ジャックはソファーの横にあるランタンの蓋に爪をかけ、パカッと開けました。

「あっ」

 辺りがふんわりと、深い森の中にいるような緑の色に包まれます。

 ジャックはそっとランタンの中を覗きました。そこには、青く光る粒が優しい光を放っています。

「ランタンのガラスに加工がしてあってな、そのガラスを通すと、天使の涙の光が、薄い橙色になるようになっておる。この部屋のは全部細工してある。ほっこりあったかい気がするじゃろ」

 ジャックはフタを空けたり閉めたりしました。開けると、石の青い光と橙色の部屋の光が混ざり、濃い緑の光が生まれ、閉めると、橙色の光に包まれます。

「天使の涙……不思議な石ですね」

「この国の宝だよ。わしは天使の涙を、いろいろな色に変える研究をしているんじゃ。今点けているのは橙色だけど、いろいろあるんじゃ」

「素敵ですね。けど、もともとの青い光も充分綺麗だけど……。新聞もちゃんと読めますし」

「まぁ……そうじゃな。もちろん、青もいい。目にもいい。だがな、暮らしの中には、色が必要じゃ。色んな色があって、そこから好きな色を選んで暮らすのがいいような気がしないか」

 ジャックは、今まで暮らしてきた日々の、色んな色を思い出していました。雨上がりにかかる虹、昼と夜の間の太陽の光、夜の闇の中に輝くオーロラ。色は確かに、ジャックの心を温かく、豊かにしていました。バランじいは続けます。

「じゃから、日々、わしは色のサンプルを集めているんじゃがの、ほとんど趣味じゃが。それで昨日、見たことないような光を見つけて、急いで捕まえようと虫取り網を持って走ったんじゃが……、間違ってお前さんにぶつけてしまったんじゃ、すまん」

 バランじいはすまなそうに、しゅんとしました。

「その光はこれですか?」

 ジャックは爪に力を込めました。辺りが黄金の朝日のような色に包まれます。

「は、はわわ!」

 バランじいは驚いて、ふたたび周りのランタンを揺らしました。

「おぉ、なんということじゃ、光の正体は君だったのか」

 バランじいは、興奮気味に言います。

「それは、光を強くしたり、弱くしたりはできるのかね」

「できますよ」

 ジャックがさらに力を込めると、橙色の光は金色の光に飲み込まれ、部屋全体が黄金に包まれたのでした。

「おぉ……これは……。ジ、ジャック君、君は住民カードを持っていたね。もしかして、この国でしばらく暮らすのかね」

「はい、ランタンを買いたくて、市場で魚を売りながら、しばらく暮らすつもりです」

「いやいや、市場は、いろいろ面倒じゃ、どうじゃね?ジャック君、わしにその爪の光を研究させてくれないか?謝礼は払うし、むろん、痛いことはせんよ。三食、寝床つきじゃ」

「えっ」

 ジャックは困惑しました。

「別に見せるのは構いませんが、謝礼なんて。そうだ、何かこちらでお手伝いできることはないですか?」

「ふむ、では、研究の助手として、どうだろう?あとわしは雑貨屋をやってるから、店番などしてくれれば助かるよ」

「それならば」

 ジャックは爪をしまい、二人はがっちりと握手をしたのでした。

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