10 避難とリミット、王様の決定
お城では慌ただしく色いろな人が動き回っていました。
それでも、何人かの兵士や、お城で働く何人かは、水蒸気観測塔から避難してきたジャックらを優しく誘導してくれるのでした。
避難所には塔から来たジャックら以外の人もいるようで、皆、不安そうな表情でした。一体何が起こっているのか……。
しばらくして、避難所に王様が現れました。
王様はスピカの姿を確認すると、少し安堵したように、仮設の檀上に上がり、優しい笑顔で言いました。
今回の事件で、すぐに生活が危険にさらされるようなことはないので、ひとまず家に帰っても大丈夫であると。
しかし王様の話が、この度の件により、もしかすると夜が長くなるかもしれない。ということに言い及ぶと、人々は再び顔を曇らせました。
「城の総力を挙げて、対策にあたっています。もともと夜が長いシリウスにとって、夜が長くなることによる流通への影響もごくわずかです。しかし、谷の水蒸気の状況がまた変わるかもしれません。谷地区の方は、警備隊招集の笛をけして離さず、何かあればすぐに吹くこと。そして、観測塔の鐘の音がなったらすみやかに避難するようにお願いします」
次の日は王様が言っていたとおり、朝になっても外が暗いままでした。窓の外を見ると、朝だというのに家々の窓からは優しいランタンの光が漏れ出て、町全体が優しい光に包まれています。
「こういうのも楽しいね。綺麗だ」
ジャックはエプロンのひもを結びながら窓の外の世界を眺めていました。
「そうじゃな……しかし」
バランじいは険しい顔をしています。
「バランじい?」
「ジャック、食事が終わったら城に行こう」
「え、店は」
「今日は休みにする。それからジャック、このランタンにだけ灯りをつけて、店の灯りをすべて消してくれ」
バランじいのただならぬ様子に、ジャックは言われた通りにしました。
バランじいから渡されたランタンは、とても小さなもので、店の灯りを消してしまうと、自分たちの周り以外はほとんど見えなくなりました。
「ジャック、悪いが、この荷物を運ぶのを手伝ってくれ、さあ、城に行こう」
ジャックはバランじいから、たくさんの紙の束を受け取りました。
お城に着くと、昨日に増して、バタバタと人が歩き回っています。ただ一つ違うことは、お城の灯りも最小限になっているようで、かなり薄暗いことでした。
「ジャック、こっちじゃ」
人々の間を縫って、バランじいとジャックは進みます。
やがて、向こうのほうから、何やら言い争う声が聞こえました。
「いけません、王様」
「お父さん、どこにいくの?」
「お待ちください王様、王様がいなくては、国民が困ります」
「指揮は大臣に任せてある。あまり時間がないのだ。このままではこの国の灯りは……」
「やはり、光が失われつつあるのですな」
大きな部屋に辿り着いたバランは、開口一番、王様を見据えて言いました。
「バラン殿……」
王様は驚いた様子で、こちらを見つめています。
「どういうこと?」
ジャックが尋ねると王様は悔しそうに俯きました。
「ジャック、荷物を貸しておくれ」
ジャックは言われたとおり、バランじいに紙の束を渡しました。
「王様、わしは、長年天使の涙の光の変調について研究しておる」
バランじいは紙の束から何やら探しています。
「同時に、天使の涙そのものについてもじゃ。光の色、強さ、光る時間、そして、精製速度と年間精製量……」
バランじいは一枚の紙を、王様に渡しました。
「もたんのじゃろ、これ以上夜が長くなってしまえば」
「そうよ、昨日までの夜の長さでも、天使の涙の供給量はぎりぎりだった……」
応えたのはジニアでした。
「すごい、私以上に細かい資料だわ」
紙を受け取り、ジニアは淡々と言葉を紡いでいます。
「さすがバランさんね。察するに、天使の涙の供給が尽きてしまう日もわかっているんじゃないかしら」
「もって半年……」
「その通りよ。でもそれは今日の夜の長さが続いた場合の話。谷が壊れて、更に水蒸気が上がってくるようになれば、或いは……」
ジニアは口をつぐみました。
「……光がなければ、私たちは暮らせない……」
スピカの呟きに、いつもの弾むような楽しさはありませんでした。
「おとう……いえ、王様、私が王様の代わりに、隣国へ立ちます」
「スピカ……何を……」
王様は動揺しました。
「隣国……まさか、あれは伝説じゃないのか」
「伝説なんかじゃないわ、バランじい。去年、隣の国に査察にいった大臣が、服に光るものをつけて帰国したの」
ジニアがスピカの前に出るようにして言います。
「あれは間違いなく星屑草でした。特殊な鉱石に宿り、星のような輝きの恒星反応を持つ幻の草。宿り木となる鉱石がなかったために、星屑草は三日で絶えてしまったけれど、培養石があればこの国でも培養できるかもしれない。王様、私が隣国に行きます。このような事態を予測できなかった責任を取らせてほしいんです」
「バカな!ジニアさん、あれは自然災害だ。それに君が研究をすすめなければ、誰がこれからの光を作るんだ」
「そうよジニア、あなたはダメ、もちろんお父様も。お父様がいなかったら、誰が国の指揮をとるの?あたしが行くわ」
「駄目に決まってるっ」
王様は声を荒げました。
「スピカ、お前は外の世界をわかっていない……、前に兵団で旅に出た時とはわけが違うんだ。兵士はみんな、谷の監視や、これからの作業で出払っている。国の外には危険な場所も、恐ろしい動物だっているんだ。お前を危険な目に遭わせるわけがないだろう」
「でもおと……王様、この国の誰かが行くことになるのよ」
「……」
「兵団は連れていけなくても、一人くらいはいいんでしょう?マイクを連れて行くわ、国一番の兵士を連れていけば安心でしょう」
「しかし、姫様…うっ」
マイクと呼ばれた兵士は、黒い風のようなものに一瞬のうちに倒され、床に転がりました。
「ジャック……!!!」
マイクの後ろに、剣を手にしたジャックの姿がありました。
「みねうちです。僕も行きます」
マイクはすぐに起き上り、頭を振っています。
「昔に習ったんです。9年間、旅だけをしています。僕もスピカと一緒に行きます」
王様は苦々しい顔で言いました。
「……わかった。ただし、準備を万全にしてからだ。出発は、三日後だ」
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