きょうがくが背を駆け上がる。レティーツィアは女子生徒のりょうかたを勢いよくつかんだ。

「あ、あなた! お名前は!?」

「えっ!? ええと、エリザベート……エリザベート・アルディと、も、申します……」

 その勢いにおどろき――気圧けおされたように、女子生徒が目をまん丸くして答える。

「お国はどちら? エメロードかしら? それとも……」

「は、はい。エメロードです。ち、父は……貿易商を営んでおります……」

 六元素は地を司る国、エメロード。一年中緑が萌え、花がみだれる美しい国だそうだ。

 ちなみに攻略対象は第二王子のリアム・フランソワ・ド・エメロード。ふわふわと軽いピンクがかった金髪きんぱつに新芽のような明るい緑の瞳をした、女の子のように可愛い王子だ。

 側近のルーファスも優しくて穏やかな優等生タイプのお兄さんで、エメロードの主従は、尊き方々の中でもやしの存在だったりする。

(なるほど。貿易商……!)

 それなら納得もいく。

 レティーツィアは、彼女――エリザベートの手を取ると、両手でしっかりと包み込んだ。

「エリザベートさん。少しお話をうかがえないかしら? もちろん今すぐにとは言いませんわ。お時間がある時で構いませんから、どうかしら?」

「え? え? わ、私の……話……ですか?」

「ええ!」

 エリザベートをまっすぐ見つめて、力強く首を縦に振る。

 そしてそっとエリザベートに身を寄せると、彼女だけに聞こえるようにひっそりささやいた。

「違っていたらごめんなさい。そのブレスレット、アフェーラのユエ殿下をイメージしたものではないかしら?」

 瞬間、とんぼ眼鏡の奥の目が大きく見開かれる。

「えっ!? わ、わかるんですか……!?」

「――もちろん。もしかして、ほかの尊き方々のものもあるのではなくて?」

 エリザベートがレティーツィアを見つめる。

 両手で包み込んだ彼女の手にグッと力がこもった。

「お、お話、させていただきたいです……!」

「っ……! 本当!?」

 レティーツィアはぱぁっと顔を輝かせて、彼女の手を強くにぎり返した。

 そのまるで一斉いっせいに花開いたかのようなはなやかで美しい笑顔に、エリザベートはもちろん、カフェテラスにいた生徒たちは一様に息を呑む。

「よろしければわたくしのタウンハウスに来ていただけないかしら? ご迷惑めいわくでなければ。その……楽しい内緒ないしょばなしをしたいので、学園では……」

「っ……! わ、私のようなものが、いいんですか!?」

「もちろんよ! 明後日あさってのお休みの日にでもいかがかしら?」

「れ、レティーツィアさまさえよろしければ……ぜひ……!」

「~~~~っ! ありがとう! 最高のおもてなしをさせていただくわ!」

 うれしさのあまり叫んでしまって――ハッとする。しまった。衆目がある場所だった。

 顔を赤らめてエリザベートの手を開放すると、彼女もまた少しずかしそうにしながら、「あの……では、貴族専用のカフェテラスにご案内しますね……」と小さな声で言う。

「あ、ありがとう……。お願いいたしますわ」

 コホンとせきをしてうなずくと、レティーツィアはあらためてカフェテラス内を見回した。

「では、みなさま。お騒がせして申し訳ありませんでした」

 胸に手を当てて優雅に一礼して、身をひるがえす。そのまま平静をよそおいながらエリザベートのあとについて歩き出して――レティーツィアはスカートのかげでグッと拳を握った。

(私の目に間違いはない! 絶対に、この子はそうヽヽ!)

『推し』や『性癖』が一致いっちしているかどうかはわからないが、少なくともヲタクと呼んで差しつかえない子であることは間違いないだろう。なにせ、あれほどの高クオリティーな尊き方々のイメージアクセサリーを手作りして、こっそり身に着けているのだから。

(だって、あれは、尊き方々の外見と国のカラーを組み合わせて作ったなんていうレベルじゃないもの……!)

 間違いなく、本人の性格やしゅこうまで理解した上でデザインし、作っている。

 でも、彼女は新興富裕層階級の子だ。尊き方々とふれあう機会など、そうそうない。

 つまり、近しい立場のレティーツィアならばともかく、彼女はつうに過ごしていたら、尊き方々の性格や趣味嗜好をくわしく知ることなど到底とうていできないのだ。

(ってことは、調べたのよ。彼女にできる方法で)

 容易にふれあえる身分ではないからこそ、手を尽くして調べて、調べて、深く知って、そのイメージを形にして、身に着ける。

『推し』に少しでも近づきたくて。

『推し』といつでも一緒にいたくて。

 それはもう立派なヲタクだ。異論は認めない。

(確実に萌え語りはできる子だ! やった……!)

 まずは一人目の同志さま、GET! 

 レティーツィアは内心ガッツポーズをしながら、先を行くエリザベートを見つめた。

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