「よう、リヒト! みょうなのにからまれていたな!」

 校舎に足をれた瞬間、元気な声が響く。

 いろいろと考え込んでいたレティーツィアはビクッと肩を震わせ、慌てて顔を上げた。

「……ラシード……」

「あそこまで常識がないと、いっそ清々すがすがしいな!」

 うんざりした様子で眉を寄せたリヒトの肩を、燃える炎のように赤くクセのある短髪たんぱつに、同じく情熱的な赤い瞳の男が叩く。

 ラシード・ムスタファ・アブドゥル=スレイマン・ヤークート。

 六元素は火を司る国――ヤークートの第一王子だ。

 赤がポイントで入った純白の制服が、かっしょくの肌によくえる。元気いっぱいで、勝ち気で、育ちのよさゆえに少し我儘だけれど、そのぶんだけうつわが大きい、ヤークートの太陽だ。

 そのすぐ後ろにひかえている、同じく褐色の肌に赤いするどい目。栗色くりいろの短髪にしんのターバンを略巻きしている青年は、アーシム。ラシードの従者だ。

 イザークとは違って本当に人がよく、明るく、社交的。いわゆる『わんこ属性』だ。

 だが、敵に対してはどうもうおおかみの顔を見せる。

「災難だったな。レティーツィアじょう

「っ……も、もったいないお言葉ですわ。ラシード殿下」

「ん? どうしたどうした、真っ赤になって。オレに会えたのがそんなに嬉しかったか?はははっ! いヤツめ!」

 その屈託くったくない笑顔に、きゅんと胸が締めつけられる。尊さに震えていると、「リヒトで物足りなくなったらいつでも言え。レティーツィア嬢。すぐ後宮に部屋を用意しよう」と悪戯いたずらっぽいウインクまでおいしてくれる。

(あぁっ! ラシード殿下……! 今日も、なんて理想的な『受け』っ……!)

 どうが激しくなり過ぎて声も出せずにいると、その後ろでアーシムが「殿下。おたわむれが過ぎますよ」と眉をひそめた。

「何が戯れだ。オレは本気だ」

「余計悪いです。それに、『後宮に部屋を』だなんて。レティーツィアさまはリヒト殿どのきさきとなられる方ですよ? 失礼でしょう。じょうだんでも、そこは『妻に』ではないですか?」

「ははっ。馬鹿言え、アーシム。冗談でも『妻に』などと言ってみろ。オレの身が危ない。およそ現実味のない『後宮に部屋を』だから許されているんだ。そうだろう? リヒト」

「……なんのことだ」

 リヒトが表情を一切変えることなく、ラシードの意味深な視線をサラリとかわす。

 そんな二人のやりとりを、しかしレティーツィアは眉を寄せたままのアーシムに夢中でまったく聞いていなかった。

(ご、ごめんなさい! 私なんかがあんなお言葉をたまわってしまって! そうですよねっ!ラシード殿下はあなたのものですものねっ!)

 前世では、キャラクターの関係性にも激しく萌えるタイプだったため、キャラクターとして大好きな『推し』と、関係性がたまらなく好きな『推しカップルCP』が別ということがかなりの高確率で起こっていた。

 例にれず『六恋』も『推し』と『同性BL愛の推しCP』と『異性NL愛の推しCP』が存在していた。

 何を隠そう、ヤークートの主従こそ、その『BLの推しCP』だった。

(ああ! この不用意な発言で、今夜ラシード殿下はお仕置きを受けるに違いない……!っていうか、お仕置きを受けてください! 夜、二人きりになったたん、主従が逆転して、アーシムが嫉妬から狼の顔を曝け出して、ラシード殿下を責め立てたりしたら、もう!)

 ああ、たまらない。レティーツィアは真っ赤になった顔を両手で多い、小さく呟いた。

「と、尊い……!」

 アーシムのがお顔一つで、妄想がたぎる。それだけで、今日も幸せだ!

「たしかに、少し妙でしたね。王族に対する礼儀をご存じないとは」

 その声に、妄想の世界に旅立っていたレティーツィアはハッとして視線を戻した。

「特別に二年からの編入を許されたような人物が。そんなことありえるのでしょうか?」

 どこまでも清々しい春の朝の空のような髪が、ふわりと揺れる。

「クレメンスか」

 水を司る国――キュアノスの皇子、クレメンス・フォレミオン・リド・キュアノス。

 火を司るヤークートのラシード王子とは対照的におっとりもの静かで、とてもりょ深い。

 髪と同じ色の瞳はいつも穏やかで優しく、森の中の静かな泉のような皇子だ。

「ごきげんよう。レティーツィア嬢」

「ご機嫌麗しゅう存じます。クレメンス殿下」

 優雅に一礼し、レティーツィアはクレメンスの後ろにたたずむむ人物へと視線を向けた。

(ああ、レアさまっ……! そして、アレクっ……!)

 しら藍色あいいろの美しいロングヘアが印象的な美女――レア・アナスタシア・カミルス。

 きとおるような透明とうめい感のある肌に桜色の唇。彼女の清らかさを表しているかのように、身体のほとんどは限りなく白に近い淡い色。白藍の長いまつかげを落とす瞳だけが、深い海の底のようなプルシアン・ブルー。

 立場はほぼレティーツィアと同じ。キュアノスの公爵令嬢でクレメンス皇子の婚約者だ。

 そして――クレメンスとレアの後ろに控えるのは、アレクシス・ネストル。

 クレメンスの騎士きしで、ラシードが『実直のじん化』と揶揄やゆするほど、主人第一でお役目第一。真面目で堅物かたぶつ、融通が利かず、わたり下手。なんとも不器用。

 ただそれだけに、信頼しんらいは厚い。

 実はキュアノスの攻略対象は、皇子のクレメンスではなく、このアレクシスだ。

(ああっ……! 『NLの推しCP』……!)

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