レアのそばに付き従うアレクシスの姿に、胸がきゅ~んと締めつけられる。

 実は二人はきょうだい。まだ身分や政治を理解する前の幼いころに将来をちかい合った仲だ。

 身体が弱く、ほとんど外に出ることができなかったレアに、アレクシスは毎日花を届け、はげまし続けた。きっと、よくなるよ。僕がついてるからがんろう、と――。

『頑張って病気を治したら、レアをおよめさんにしてくれる?』

『もちろん。ずっと傍にいるよ。世界一幸せにしてあげる。だから、頑張って』

 だが大人になるにつれ、幼き日の約束はしょせん夢物語であったのだと知ることになる。

 アレクシスにはレアにりあうだけの身分がなく、レアもまた公爵家というしがらみを背負う身。

 すべてを裏切り、捨てて――恋に飛び込むことなどできなかった。

 アレクシスルートではレアが主人公のライバルとなるわけだけれど、レアはクレメンス皇子の婚約者。そもそもアレクシスと恋仲こいなかになることが許される立場ではない。

 つまり、どのエンドをむかえても、アレクシスとレアが結ばれることは絶対にないのだ。

(っ……! 切ないっ……!)

 それでもアレクシスは、レアの傍にいるのだ。クレメンスの騎士として。クレメンスの婚約者であるレアを守っているのだ。本当の自分の心を、押し殺して。

 真面目で堅物な男の――禁断の恋。

 必死に自分を律しながらクレメンスとレアのために尽くす姿は、涙なしには見られない。

(ああ、もう……! 二人が並んでいるだけで、泣いてしまいそう……!)

 胸が痛いほど熱くなって、レティーツィアはグッと奥歯を噛み締めた。

 アレクシスがレアへのおもいに決着をつけ、ヒロインと新しい恋をすることができたとしても、それはレアの救いにはならない。レアとアレクシスが結ばれるルートはない。どう足掻あがいてもレアは国のため、公爵家のため、クレメンスのもとにとつぐのだ。

 それが悲しくて、切なくて、つらくて、やるせなくて『二人は自分が幸せにする!』と、前世では二次創作に励んだ。レアとアレクシスが幸せになる物語をとにかく書いて書いて書きまくったのだけれど。

(ああ、レアさま……! アレク……!)

 この世界でも、二人のために尽くしたい。二人を幸せにしてあげたい。

 そのために――いったい自分に何ができるだろう。

(考えなくては……! 二人のためにできることを……!)

 二人の姿に胸を震わせながら決意を新たにしていると、レアがレティーツィアの前まで来て、気遣わしげに瞳を揺らした。

「見ておりましたわ。レティーツィアさま、どうかお気になさいませんよう……」

「え……?」

 なんのことかと目を見開き、だがすぐにマリナに冷たくあしらわれたことだと気づいて、レティーツィアは唇を綻ばせて、首を横に振った。

「ああ、大丈夫ですわ。レアさま。わたくし、全然気にしていません」

 実際、驚いたけれど傷ついてはいない。不快に思ってすらいない。ゲームのシナリオを大きく裏切る展開に、これからどうすればとほうに暮れてはいるけれど、それだけだ。

「編入したてでただでさえ心細いでしょうに、彼女には『前代未聞の』なんて形容詞がついてますもの。前日に優しくしてくださった方にすがりたくなるのも、当然のことかと」

「……まぁ……」

「きっと、ゆうがない状態だったのだと思いますわ。ですから、少々礼を欠いたぐらい、どうってことはありません。お気遣いありがとうございます」

 にっこり笑うと、レアが「なんてお優しい……」と頬を染める。

「わたくしだったら、泣いてしまっていたかもしれませんわ」

「あら、それをおっしゃるならわたくしも、自分相手だったから寛容かんようなのですわ。マリナさんがレアさまにあの態度を取っていたら、きっとれっのごとく怒っていましたわ」

 レアの細くて柔らかい白い手をそっと両手で包み込んで、目を細める。

「レアさまを傷つけることは、たとえクレメンス殿下でも許しません」

 レティーツィアの男前発言に、レアが嬉しそうに――少し照れくさそうに微笑む。

「これはこれは、気をつけないといけませんね。レアを泣かせたら、レティーツィア嬢にけっとうを申し込まれてしまいそうです」

「水のとレティーツィア嬢の対決だったら、普通にレティーツィア嬢が勝ちそうだな」

 ラシードがからかうように笑って、クレメンスの胸をトンと叩く。

(ああ、視界が幸せ……!)

 レティーツィアはブルリと身を震わせると、そっと両手で口もとを覆った。

『推し』と、『BLの推しCP』と『NLの推しCP』が勢ぞろいしているなんて。

 高貴な方々は、ただ歩いているだけで美しい。後ろ姿ですら、輝かんばかりだ。

(ああ、私……本当に『六恋』の世界にいるんだ……)

 画面の外からながめることしかできなかった――憧れ続けた世界。その空気を吸っている。『推し』たちと同じように。

 こんなに素晴らしいことが、ほかにあるだろうか。

 ギュウッと、両手を胸の前で握り合わせる。

 やはり、願いは一つだ。『推し』――理想のキャラクターの幸福な人生を見届けたい。

『BLの推しCP』の二人をつぶさに観察し、それをもとに妄想を繰り広げたい。

『NLの推しCP』の二人のために現実でもできることはすべてするけれど、力およばない時はせめて、二次創作の中だけでも二人を幸せにしたい。

 要するに――『推し』たちを思う存分愛でていたい! それだけだ!

(そのために、このポジションは絶対に失えない……!)

 公爵令嬢の『身分』と『財力』はもちろんのこと、この『推したちとの良好な関係』も、絶対に失うわけにはいかない。

(そうよ。せっかくこの世界に転生できたのだもの。最高の萌えを思う存分堪能たんのうできるのだもの。破滅なんてしている場合じゃない!)

 リヒトにはヒロインと幸せになってもらって、自分は破滅することなく円満婚約解消!

 公爵令嬢のまま、ほかの『推し』たちの幸せも全力でサポートする!

 やってみせる。どんなに困難だろうと『推し』たちのためならば!

「……っ……」

 レティーツィアは決意も新たに、尊い方々の背中を見つめた。

 どうやら、シナリオどおりには進んでいないようだけれど――。

『推し』たちの幸せのために。

 幸せになった『推し』たちを愛で続けるために。

 最高の『萌え』を死ぬまできょうじゅし続けるために。


「目指せ、破滅回避」


 そして、(自分にとっての)大団円。

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