悪役令嬢は『萌え』を浴びるほど摂取したい!

烏丸紫明/ビーズログ文庫

序章


「申し開きがあるのであれば、聞こう。レティーツィア・フォン・アーレンスマイヤー」

 低く、甘く、色香にあふれた――しかし同時に背筋が寒くなるほどのげんに満ちた声が、ピンと張りつめた空気をふるわせる。

 レティーツィアはゆっくりと顔を上げた。

 黄金のそうしょくせいちょうこくほどこされた純白の壁。六元素を表す六つの国のもんしょうがデザインされた大理石のゆか。整然と並ぶはくの柱に、豪奢ごうしゃなシャンデリア。優美な曲線をえがく高いてんじょうは、息をむほどらしいフレスコ画で彩られている。

 王宮のそれとまったくそんしょくない、美しい大ホール。

 その正面――奥。あざやかなビロードのじゅうたんかれた大階段の中腹に、その人はいた。

「っ……殿でん……」

 シュトラール皇国第一皇子――リヒト・ジュリアス・シュトラール。

 太陽を思わせる、かがやかんばかりの金色のひとみ。強い意志にいろどられた視線は力強く、しかしどこか甘く、切なげだ。

 しく引きまったほおに、まっすぐ通った鼻筋。うすく形のよいくちびる。スラリとした長身で、細身でありながらも男らしく精悍せいかんたい

 ゾクゾクするほどの色香に満ちたしょうぼうに一分のすきもないスタイル、美しい立ち姿。それだけではない。さすがは一国の皇子。そのたぐいまれなるカリスマ性には感嘆かんたんのため息しか出てこない。

 仕草、いの一つ一つに、きょうれつきつけられる。せられる――。

「……っ……」

 ゴクリと息を呑んだレティーツィアに、リヒトが目を細める。

「何をだまっている? 異論も反論もないということか? レティーツィア。それならば、彼女に言うべきことがあるのではないか?」

 リヒトがかたわらに立つ女性のかたを、そっとやさしくき寄せた。

「……あ、あの、レティーツィアさま……」

 ギリリとおくみ締めたレティーツィアを、女性がづかわしげに見つめる。

 マリナ・グレイフォード。とろりとしたつやのあるチョコレート色のロングヘアに、同じ色の大きな瞳。ふっくらとした頬も、いろの小さな唇も、なんともわいらしい。

 がらで、きゃしゃ。かすかに震える手も、色を失ったはだも、ひどく不安そうなうれいに満ちた表情も、男性の欲を大いにげきする。

 そんなマリナを強く抱き、リヒトは一言も発しないレティーツィアをにらみつけた。

「あれだけのことをしておいて、マリナに謝罪の一つもないのかと言っている!」

 金の双眸そうぼうが、れついかりに燃え上がる。

「答えよ! レティーツィア・フォン・アーレンスマイヤー!」

「……っ……」

 その鮮やかな激情は彼をさらに輝かせる。自分をまっすぐに見据みすえる凶暴きょうぼうな金色の瞳に、レティーツィアはブルリと身体からだを震わせた。

(ああ……リヒトさま……)

 まだ皇太子という立場でありながら、見る者を圧倒あっとうする――支配者たる絶対的な威厳。

 それを目の前にして、口にできることなど何があろう。今さら言葉をくしたところで、レティーツィアを待ち受ける『結果』は変わりはしない。

 今のレティーツィアに唯一ゆいいつできることは、すべてを受け入れることだけだ。

(リヒトさま……リヒトさま……)

 そっと目を閉じ、レティーツィアはまるでくずちるようにその場にひざをついた。

(ああ、本当に……なんて……) 

 そして、両手で顔をおおい――胸をげる激情に全身を震わせたのだった。

(なんて、作画かおがいい――!!)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る