* * *       


「神はここにいたのね……」

 そう呟いた瞬間、エリザベートが顔を真っ赤にして、申し訳なさそうに両手を振る。

「そ、そんな……神だなんて……。お、おこがましいです」

「だってこれ……すごいわ……!」

 レティーツィアは目の前に並んだ品を見つめて、何度目かの感嘆かんたんの息をついた。

 休日――。約束どおり、レティーツィアのタウンハウスにやってきたエリザベートは、レティーツィアの下にも置かぬ歓待かんたいぶりにひとしきりきょうしゅくしていたが、やがておずおずとバッグから大きな手帳型のジュエリーケースを取り出した。

 開いて――言葉を失う。そこには、先日レティーツィアが予想したとおり、世界六国の尊き方々をイメージしたハンドメイドのアクセサリーがズラリと並んでいた。

 そして彼女の手首には、あの組紐と天然石のブレスレットが。

 闇を司る国、アフェーラ。日本と中国を足して二で割ったような文化を持つ国で、民族しょうもまた中国のほうやチャイナドレスと日本のはかまや着物を合わせたような、美しいもの。

 攻略対象の皇子は、ユエ・シュオル・ディ・アフェーラ。アフェーラの古語で月を意味する名前だそうで、夜のように美しい黒髪くろかみに、まるで月の光のような銀色の光彩こうさいが煌めく不思議な黒い瞳をしている。

 無表情でもくだけれど、実は誰よりも暖かくふところが深い方だ。

 レティーツィアはゴクリと息を呑むと、震える指で金色に輝くブレスレットを示した。

「これ、リヒト殿下をイメージしたブレスレットね……?」

「ええ。シュトラールの御方のものは、毎回一番悩むんです。これもすごく悩みました」

 エリザベートが、ブレスレットをケースから取り出して近くで見せてくれる。

「リヒト殿下は華やかでお美しい方ですけれど、殿下ご自身は華美かびなものを好まれません。なので、殿下のように眩しいほど華やかで美しいものをと思ってデザインすると、殿下のご趣味からはどんどん離れていってしまうというか……」

 難しい顔をして、「いえ、私の変なこだわりでしかないんですけど」と肩をすくめる。

「使うのは私なので、殿下のご趣味である必要はないんです。わ、わかってるんですよ?でも、あまりにかいしているのもどうかと思ってしまって……」

「いえ、素晴すばらしいわ」

 金のハーフバングルタイプのブレスレット。細く華奢で、女性の手首を繊細せんさいに彩る。

 エリザベートの言うとおり、リヒトは輝かんばかりにゴージャスな美形だが、たしかに本人は華美を好まない。より実用的でごくシンプルなものを好む。

 ただ、エリザベートの身分でそれを知るのは、とても難しい。

 学園では、制服以外のものは国が用意した美しい一級品を使用している。飾りのない実用重視なものを使うことはできない。

 つまり、学園でのリヒトは、やはりゴージャスでキラキラなのだ。

(どうやって、それを知ったの? この子……)

 すごいとしか言いようがない。

 リングも、イヤリングも、アンクレットも、チャームも、リヒトのイメージのものは、『よい素材を使ってごくシンプルに』を心がけているようだ。

 しかしそれでも、たしかにリヒトをイメージしているとわかる。シンプルながらも光るぜつみょうなデザインだ。

 ヤークートのラシードをイメージしたものは、すべてがアラビアンなデザイン。本人が派手好きなのもあって、赤がよりえるよう金のそうしょくにこだわって作っているのがうかがえる。

 キュアノスのクレメンスをイメージしたものは、素材の透明とうめい感を生かしたものが多い。知的で、落ち着いていて、大人の女性によく似合うだろう。

 ヴェテルのセルヴァをイメージしたものは、白と温かさをコンセプトにしているようだ。ヴェテルが海が凍りつくほど寒い国なのと、セルヴァの優しさを表現しているのだろう。

 エメロードのリアムをイメージしたものは、楚々そそとして清らかでれんなものばかりだ。素材もあえて庶民的なものを厳選して使っているのも、身分問わず誰にでも気安く接する本人の気質に合っている。

 そして――アフェーラ。

「見れば見るほど、てきだわ……」

 黒に見えるダークブルーのホークスアイ。光の加減によって青銀の筋が現れ、煌めく。静かな深い輝きを放つ黒水晶とともに、ユエを表現するにはもってこいの石だ。

 そして日本の――いや、アフェーラの伝統工芸をたくみに組み合わせたデザインは、もう素晴らしいどころの話ではない。

(ああ、本当に素敵……。何時間でも見ていられる。身に着けたいのは、もちろんリヒト殿下のものだけれど、このまま六種ワンセットで飾っておきたい素晴らしさよね……)

 正直、ドストライクだ。これは、なんとしてもしい!

「ま、街を歩いても、六色展開されてる物ってあまりなくて……。尊き方々のイメージの物も、本当に少なくて……。ここは学園島ですよ? 六国の人間が一堂に集まる場所です。そ、それなのに……」

 作品を見られているのが恥ずかしいのか、エリザベートがもじもじしながら言う。

「でも、みなさまは、それを不思議に思われないようなんですよね。だから、私と違って、みなさまは尊き方々をイメージした物や尊き方々のお色の物が欲しくならないのかなって。私だけなのかなって」

「わかるわ……」

 ヲタクとは、『推し』っぽいものを無意識に探してしまう生きもの。

『推し』カラーの物で、身の回りを固めたりするのは、基本中の基本だ。

 イメージグッズは難しいにしても、雑貨の六色展開ぐらいはもっとあってもいいはずだ。

 ヲタク趣味ではなく、単純に自国のカラーの物を欲しがる者も必ずいるはずなのだから。

(あら? でも、それならすぐにでもできるんじゃない?)

 アーレンスマイヤー家が出資している商会のほうで、なんとかならないだろうか?

(そういう商品を仕入れることができたら、『推し』を持つ子が探しやすくなるかも?)

 自国のカラーではない特定の色を集めている――もちろん全員がそうだとは言わないが、ヲタク趣味を持っている子を探す一つの指針にもなるだろう。

「わたくしも思っていたの。少ないわよね? 世界六国の尊き方が集まる学園島なのに。尊き方々をイメージした物は難しくても、六色展開ぐらい……」

「そ、そうなんです!」

 理解を得られたことが嬉しくてたまらないといった様子で、エリザベートが頷く。

 高揚こうようして赤く染まったほおうるんだ瞳が、とても可憐で可愛らしい。

「あまりにないので、その……自分で作るしかなくて……」

「それで、ここまでの物を……すごいわ……!」

 レティーツィアはアクセサリーをケースに戻し、姿勢を正してエリザベートを見つめた。

「あの、エリザベートさん。これ、買い取らせていただけないかしら? も、もしくは、同じものを作っていただくことは可能かしら? もちろん、お代はおはらいするわ!」

「あ、もちろん、材料費さえいただければ、お作りできます。こんなものでよければ」

 エリザベートがこくこくと首を縦に振る。

「……なんですって?」

 しかし喜ぶよりも先に――その聞き捨てならない言葉に、レティーツィアはムッとして眉をひそめた。

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