ティーカップを口に運びながら、必死に頭の中を整理する。

 乙女ゲーム『六恋』は、世界を揺るがす恋をするという異世界・学園ファンタジー。

 この世界には六つの国があり、それぞれが世界を構成する六元素――光・やみ・地・火・風・水をつかさどっている。

 六つの国を簡単な地図に書くと六芒星ろくぼうせいの形をしていて、手をつないで輪を作るかのように並ぶ六つの大陸の外には外海そとうみが、内には内湖うちうみが広がる。そして、内湖の中央には『学園島』と呼ばれる、一つの島全体をしきとするきょだいな学園、六聖エテルネ学園がある。

 それは六つのどこの国にも属さない――しかし、この世界のために設けられているもの。

 選ばれし者――六つの国の君主となるべき者はもちろんのこと、政治にかかわってゆく者やたみを導く立場に立つ者は、六聖エテルネ学園で学ぶことが義務づけられている。

 学園には、厳しい試験を突破とっぱした貴族・新興富裕層ブルジョア・中流階級・庶民しょみんも通っている。

 つまり選ばれし者たちは、将来国を治めるために、三年間――学園という社会の縮図の中で、他国を背負うべき者たちと交流を深めながら、世界の仕組みを学ぶのだ。

 主人公プレイヤーは、何者かの意思によって選ばれ、二年の春に学園に転入してくる。

 そこで、一年間を過ごす中で、六つの国の皇子やその側近たちと素敵な恋をするという内容になっている。

 主人公の行動選択せんたくや攻略対象との親密度によって変わる、マルチエンディング方式。

 そして、攻略対象は六名。続編は、十名になるという話だった。

 ほかの乙女ゲームと違うところは、攻略対象が六つの国の皇子や側近たちということで、相手によって生活習慣から何から何まで違うからか、脇役わきやくの数もかなり多く、ライバルの悪役令嬢も攻略対象の数だけいる。

 レティーツィアは、シュトラール皇国第一皇子・リヒト・ジュリアス・シュトラールの攻略ルートで登場する。リヒト殿下の婚約こんやく者だ。

 つまり、ゆくゆくはシュトラール皇国の皇后となる――まごうことなき選ばれし者。

 ゲームの印象で言うと、外見は悪役令嬢の様式美と言ってもいい縦ロールだが、性格はいわゆる悪役令嬢といった、傲慢ごうまんで高飛車な我儘わがまま放題とはほどとおい。プライドはエベレスト級だが、規律や身分に厳しく、伝統や礼節を何より重んじるかたくるしい性格をしている。

 そのあたりの融通ゆうづうかないため、身分のわくから外れた主人公の行動にきょ反応を示し、主人公を激しく叱責しっせきしたり、さらには身分の壁を超えてリヒト皇子殿下と親しくなるのを認められず、近づいてゆく二人の仲を引きこうとしたりする。

(だから、悪役かと言われると……どうかなぁという感じなんだけれど……)

 レティーツィア自身に、誰かをいじめたり、あざけったり、さげすんで喜ぶしゅはまったくない。

 過去を思い出しても、気に入らないことに対していやがらせや暴力で報復したこともない。

 堅苦しいところは、たしかにあるだろう。ものごころついた時には、公爵令嬢として、リヒト皇子殿下の婚約者候補として、常に『相応ふさわしくあること』を求められていたから。

(そう……。候補ヽヽ。最初は、婚約者候補の一人でしかなかったから……)

 婚約者の座を勝ち取るため、とにかく自分をみがくことに必死だったのも、それに拍車はくしゃをかけたのではないか。誰よりも美しく、気高く、かしこく、正しい――非の打ちどころのない公爵令嬢であることを常に心がけていたから。

 両親の期待に応えるため、国王両陛下とリヒト殿下に認めてもらうために。

 それを、他者ヒロインにも求めてしまったのは、ちがっていたかもしれないが――。

「…………」

 そうやって、自分を客観視できるようになったのは、前世の記憶がよみがえったからだろう。

 今の自分は、前世の『私』――漫画・ライトノベル・アニメ・乙女ゲームが大好きで、日々同人活動にいそしむかくれヲタ(アラサー・かれなし)とは全然違う。年齢ねんれいも、性格も、立場も、生きる世界さえも。共通点などないに等しい。

 それだけ違えば当然、ものごとのとらえ方や考え方が重なることはない。

 そんな――前世の記憶が戻る前の自分とはまったく異なる視点とゲームにかんする記憶、とりわけシナリオについての知識が得られたのは、不幸中の幸いと言えるだろう。

 そして、記憶が戻ったタイミングもよかったように思う。これ以上はないというほど。

 ゲームのシナリオどおりにいけば、悪役令嬢ライバルに転生してしまった自分を待ち受けるのは、『めつ』だ。

 リヒト皇子のルートにおいてレティーツィアは、ヒロインを何度もはずかしめ、虐めたとして、リヒトら卒業生を見送るパーティの場で断罪されることになる。

 そして、その場で婚約破棄はきもうわたされたうえ、隣国りんごくとの国境近くの修道院へと送られ、『生涯ながのお預け』というばつあたえられてしまう。『生涯のお預け』とは、簡単に言うと、しょうがい軟禁なんきんされるということだ。つまり、死ぬまで修道院から出られない。

「……っ……」

 レティーツィアはおくめ、ギュウッと両手をにぎり合わせた。

(今は二年の春、新学期がはじまったところ。ゲームでは開始直後――まだ物語ぶん前のタイミングだもの。今なら、まだどうとでもなる)

 すべての運命が決まるのは三月――リヒトの卒業の時。ほぼまるっと一年の時間がある。

 それはやっぱり、とてつもなく大きい。

(このアドバンテージをうまくかして、絶対にかいしなくちゃ……!)

 この先に待ち受けている――破滅を。

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