きょうがくが、全身をつらぬいた。

 淡くもはなやかなピンクブロンドに、サファイアのごとき碧眼へきがんはだは抜けるように白く、ひどくなめらかで、ふっくらとした桜色の唇はれん

「……う、そ……」

 そこには、見たこともない華やかな美人が映っていた。いや――見たことは、ある。

「レティーツィア・フォン・アーレンスマイヤー……」

大人気乙女おとめゲーム『六聖のFORELSKET~フォレルスケット語れないほど幸福なこいちている~』のキャラクターだ。

「ど、どうして……」

 鏡の中の美女が、白い指でほおでる。今――自分がしたように。

「わ、私……私は……」

 レティーツィアは、両手で顔をおおった。

「っ……わたくしは……」

 混迷こんめいきわめる思考に引きずられるかのように、ものすごい勢いで映像がのうに流れ出す。

 スーツや制服姿の人がギュウギュウ詰めになった満員電車。スタイリッシュな高層ビル群が空をせまくしている。無機質なデスクがズラリと並ぶオフィスでは、キーボードをたたく音だけがひびく。

 同じ音に満たされた八畳の見慣れた部屋。まんやアニメ、ゲームのグッズであふれた机。SNSを表示したスマホ。テレビから流れるアニメをBGMに、パソコンで作業をする。

(これ、は……?)

 同時に、まったく違うおくも溢れ出す。

 光の楽園と呼ばれるシュトラール王国。花と緑にいろどられた、アーレンスマイヤーこうしゃくてい。美しく整えられたお気に入りの薔薇園。そこで楽しむアフタヌーンティー。

 お母さまからいただいた真珠しんじゅ色のバイオリン――ニコロ・アマティ。とてもやわらかくてつやがあるやさしい音色が大好きだった。

「わ、たくし……は……」

 たくさんの同志さまでひしめき合う、同人イベント会場。アフターで呑むお酒の味。

 はじめて王宮のお茶会に招かれた時の、高揚こうよう感。そして幸福感。目にするものすべてが豪奢ごうしゃで美しく、圧倒あっとうされた。

「私……わたくし……は……」

『六聖のFORELSKET~語れないほど幸福な恋に堕ちている~』、つうしょう『六恋』の続編制作決定の報。公開されたトレーラーの素晴らしさ。うれしくて、それ以上に感動して、思わずなみだした。

 リヒト皇子殿でんにはじめてお会いした時のことは、忘れることができない。八歳にして、他の追従を許さぬカリスマ性。眩いばかりのぼう。その一挙一動にりょうされた。

 ボーナスを手に、数多あまたの『推し』を手にするためにいどむ――同人誌即売会イベント

 十歳の誕生日に、お父さまからいただいた白毛のうま。大切な相棒。

 近くのカフェのほうじ茶ラテは、仕事や原稿げんこうつかれた時のマストアイテム。

 リヒト皇子殿下と同じ、六聖エテルネ学園の制服と金の紋章。

 そして――もうスピードでせまり来るトラックのヘッドライト。

「ッ……!」

 レティーツィアは思わず目をつぶり、くずちるようにその場にひざをついた。

(そうか……。きっと、『私』は死んだんだ……)

 唐突とうとつ途切とぎれて、それ以降の記憶が一切ないのだ。そう考えるのが自然だろう。

 そして――あざやかに広がる、『レティーツィア』としての記憶。

「……なるほど。理解したわ」

 ゆっくりと目を開き、つぶやく。

 ここは、乙女ゲームの世界。つまり、自分は異世界転生したということだ。

(これは、漫画でもラノベでもSNSでも同人誌でもめちゃくちゃ見た。『乙女ゲームの世界に転生』だ……!)

 今の自分は『六恋』のキャラクター――レティーツィア・フォン・アーレンスマイヤー公爵令嬢。シュトラール皇国第一皇子リヒト・ジュリアス・シュトラールのこうりゃくルートで登場する、ヒロインの恋のライバルで、悪役令嬢だ。

 レティーツィアは大きく一つ深呼吸をすると、ゆっくりと立ち上がった。

 そして、かたにかかったかみを指で軽くはらうと、ひどく困惑こんわくしてしまっている様子のじょのケイトににっこりとほほみかけた。

おどろかせてしまってごめんなさい。みっともないところを見せてしまったわね。ケイト。夢見が悪くて、少し混乱してしまったの」

「……そうでございましたか。もうお加減のほうはよろしいのですか?」

「悪くないわ。今朝のベッド・ティーは何かしら?」

 ベッドへ戻ってふかふかのマットレスにこしけると、ケイトがホッとあんの息をつく。

「今朝は、カルディナ社のダージリンをご用意しました」

 淡い緑のスワッグ模様が美しいティーカップに、ケイトが見事な手つきで紅茶を注ぐ。

(落ち着いて……)

 まだ手が細かく震えている。それを知られないよう気をつけながら、レティーツィアは紅茶を受け取った。

突然とつぜん『私』の記憶が戻って、一時的に混乱してしまっただけで、『わたくし』の記憶が無くなったわけじゃない)

 レティーツィアとして生きてきた記憶やつちかってきた知識は、何一つ失われていない。

だいじょう……。落ち着いて……思い出して……)

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