* * *        


「ごきげんよう。みなさま」

 唇に微笑みをたたえて、颯爽さっそうと歩く。白い制服のすそが、ヒラリとゆうに揺れる。

「レティーツィアさまよ」

「ああ、今日もお美しい……!」

「本当に素敵な方……。あこがれるわ……」

 六聖エテルネ学園は、身分によって制服が違う。

 女子生徒だと、庶民・中流階級はいブラウンのジャケットにスカート。スカートたけは膝下。新興富裕層はキャラメル色のジャケットに、同じ色でミモレ丈のスカート。貴族はベージュのワンピース。

 そして選ばれし者は、純白に国の色のポイントが入った、ロングワンピースだ。

 もちろん、レティーツィアがまとう制服は、純白に光の国・シュトラール皇国の色である金がポイントであしらわれた美しいものだ。

 色のついた制服を纏う生徒たちの羨望せんぼうまなしの中を、りんと顔を上げて歩く。

 歩く姿は百合ゆりの花――まさにそれを体現する優雅さだが、内心ではあせをかいていた。

(き、昨日まで、この手放しのしょうさんに平然とできていたなんて……)

 昨日までと同じように振るうことは難なくできるけれど、前世の記憶に裏打ちされた新しい視点と思考を手に入れたからだろうか? すべてが昨日までとは違うように感じる。

 いったいどういうメンタルをしていたのだろう。自分で自分が信じられない。

(ひぃ、ずかしい。言うほど完璧かんぺきではないんです。いえ、昨日までのレティーツィアは非の打ちどころがなかったかもしれないけれど、今は違うんです! アラサーのヲタ女の記憶が同居しちゃってるんです! ごめんなさい!)

 できることならば、誰の目も届かないところに、今すぐ隠れてしまいたい。

 そんな自分を必死に押しとどめていると、背後で大きなざわめきが起こる。

 レティーツィアはハッと身を震わせて、ばやく後ろを振り返った。

「ッ……!」

 ドキンと心臓が大きくねる。

 視線の先で、純白のマントがひるがえる。レティーツィアは数歩下がって、姿勢を正した。

 リヒトの姿そのものが、まさに輝きシュトラールだ。風に揺れる髪は陽光にキラキラときらめいて、じんも揺らぐことなく前を見据みすえる光に満ちた眼差しも、見る者を圧倒する。

 六元素は光を司る国の第一皇子に相応しい、絶対的なカリスマ。

(ああ、なんて神作画! 今日も一分のすきもなくお美しい! 完璧が服着て歩いてる! どうしよう! 尊いっ! ヤバイっ! 無理っ! 無理みが過ぎるっ……!)

 心の中でサイリウムをぶんぶん振り回していると、リヒトがレティーツィアに気づいて足を止める。

 レティーツィアは片手を胸に当て、もう片方の手でスカートを軽く持ち上げた。

「レティーツィアか」

「ごげんうるわしゅう、リヒト殿下」

 リヒトは表情を一切変えることなく、小さくうなずく。

「教室までご一緒いっしょしてもよろしいでしょうか?」

「好きにしたらいい」

「ありがとうございます」

 レティーツィアは再度頭を下げて、それからリヒトにピッタリと付き従っている忠実なぼくへと視線を移した。

「ごきげんよう。イザーク」

「ご機嫌麗しく存じます。レティーツィアさま」

 シュトラール皇国第一皇子リヒト・ジュリアス・シュトラール殿下の従者、イザーク・リード。ふわふわと軽いライトブラウンの髪に同じ色の穏やかなひとみをした、じゅうな印象の好青年。リヒトと同じ、レティーツィアの一つ上の三年生だ。

(ただ、柔らかいのは外見とイメージだけだけれど……)

 実はごく近しい者しか知らないが、彼はちょうぜつ腹黒の好青年詐欺さぎ男だ。ひどく計算高く、目的のためには手段を選ばない。そして、敵と認識にんしきした者にはどこまでも冷酷になれる。

(まぁ、皇子の側近はそれぐらいのほうがたよりになるのかもしれないけれど……)

 しかし、だからこそ――実際レティーツィアをい詰めるのは、この男なのだ。

 彼はヒロインに恋をしたリヒトのため、レティーツィアのヒロインに対する忠告を辱めに、叱責を虐めにと変換へんかんしてしまった。入念に、しゅうとうに、狡猾こうかつに、レティーツィアが『そんなことはしておりません』と一言で否定できないよう、実際にあったことと揺るぎない事実だけを材料に印象操作をたくみに行って、まったくありもしない罪を積み上げたのだ。

 悪役令嬢レティーツィアに同情させることなく、リヒトとヒロインのハッピーエンドにきゅんきゅんさせるのだから、そのシナリオのしゅういつさとイザークのはんじゃないレベルの悪党っぷりには舌を巻いたものだった。

「…………」

 破滅を回避するためには、この男は一番警戒けいかいすべき者だ。

 かつな言動は、すべて罪に作り変えられてしまう。

(気をつけなくては……)

 再び歩き出したリヒトの後ろを、一礼してイザークとともについてゆく。

「まぁ、ごらんになって。シュトラールの御方よ」

「リヒト殿下……なんて麗しい……」

 遠巻きに、女子生徒たちの黄色い声が聞こえる。

 それが自分のことのようにほこらしくて、レティーツィアは思わず唇を綻ばせた。

(っ……! そうよね! わかる! わかるよ!)

 全力で同意しながら、その後ろ姿を見つめる。

(あまりに罪深い顔のよさ! 本当に麗し過ぎてされそう! ヤバい!)

 美しいだけではない。立ち居振る舞いすべてが、皇子たるげんに満ちている。

 将来、国を、民を背負う者としての自覚がそうさせているのだと思うと、胸が熱くなる。

 レティーツィアへの返事はそっけなかったけれど、またそれがいい。

 王ともなれば、直答を許されるのは一部の限られた者だけになる。それほど、君主たる者の声や言葉は尊いものなのだ。皇子の今でも、しんでしかるべきものだと思う。

(動いて話す『推し』! 待って、無理! それだけで尊いっ……!)

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