第23話 早まる鼓動

滝谷さんと別れた後は、姫乃ちゃんと二人で酔い覚ましがてら歩いて帰ることにした。


歩き始めの頃は足取りも不確かで、意味のない事を姫乃ちゃんに話しかけていたが、飲み屋から結構歩いて家までもう少しの距離になると、私の酔いも大分覚めてきた。


「この間とは逆の立ち場になったね」


この間二人で飲みに来た時には姫乃ちゃんが酔っ払いで、私がそれを心配する立場だった。

でも今は、私が酔っ払いで姫乃ちゃんが私を心配する立場に変わっている。


あれから二人の関係もだいぶ変わったなぁ。

そう思いながら姫乃ちゃんに気さくに話しかける。


なのに、姫乃ちゃんからはいつものような返事が返ってこない。

ほんのり頬はピンク色に染まってはいるけど、さっきの私のようにそこまで酔っ払っているわけではなさそうだ。


なのに、さっき私と再開した時のような不安そうな顔をしている。


今日は綾と二人で飲みに行ったはずだけど、それと関係しているのかも。


「綾とどんな話をしたの?」


姫乃ちゃんが不安そうにしている理由が知りたくて、さっきまでどんな事を二人が話していたのかを聞いてみる。

だと言うのに、姫乃ちゃんから返って来た言葉は予想外なものだった。


「和泉さんが思う、紗希先輩の幸せな将来について話をされました。」


はぁ?なにそれ。

私は困惑する。二人で話し合う内容がまさかの私についてで、しかもその内容が私の幸せな将来についてとは。


まぁ確かに、綾がわざわざ時間をとって話をしようとした時点で、私が関係するのかなとは思ったけど、内容が思いがけないものだった。


と言うか、綾が私の将来について真剣に考えていることに驚いた。

いつも私の事を心配してくれているけど、まさかそこまで考えてくれているとは思わなかった。


「それって詳しくいうと、どんな内容になるの?」


綾が考える私の幸せな将来とは一体どんなものなのか、とっても興味がある。

絶対に本人に聞いても教えてくれないもんね。


「和泉さんに、『あくまで私の主観だから絶対に紗季には言わないで』って言われているんですけど、どうします?

聞きます?」


う〜ん、綾が言って欲しくないって思っている事を聞き出すのは憚られるなぁ。

でもすっごい気になるのも確かだ。


「ちょっとだけ、話の要約だけ教えてくれる?」


綾には悪いけどちょとだけならいいよね?


姫乃ちゃんは、少し考えた後に1文で話をまとめてくれた。


「えっと、要は紗希先輩を悲しませるようなことはするなっていう話でした。」


結局よくわからない。

でも綾が本当に私のことを考えてくれているのは感じるからよしとしましょうか。


「そっか…」


綾の優しに思わず目元が緩んでしまう。


「それにしても紗希先輩」


先ほどまでの態度とは打って変わり。

わざとのように、平坦な声をした姫乃ちゃんが真っ直ぐに私の目を見ながら話しかけてくる。


「あれだけ泥酔しないでくださいって言ったのに、なんであそこまで酔っ払っていたんですか?」


うっ、姫乃ちゃんには迷惑かけてないし、私は悪いことはしていないはずだ。

ただ、少しだけ飲みすぎて、意識がどこかに行きそうになっていただけである。


でも、姫乃ちゃんのこの突き刺すような視線を受けると、悪いのは私なのかという気がしてくる。

そのせいで、思わず言い訳めいた事を呟いてしまう。


「でもしょうがないんだよ…。仕事以外の場で滝谷さんと喋ったことないから何話せばいいのかわかんなくて…」


そう、しょうがなかったの!

私の会話のネタが滝谷さんと合う気がしなかったから、お酒の力を借りるしかなかったの!


「それなら、どうして二人で飲む事をokしちゃったんですか?」


「でも度々お誘いされたから断りきれなくてね…」


あそこまで執拗にお誘いを受けることがなかったから、どうやって断ったらいいのかわからなかった。

それに、会社と会社の付き合いもあるから下手な断り方もできないし。


「今までどうやって男性からのお誘いを断っていたんですか?それとも、まさか全部okしていたんですか!?」


「そんなわけないよ!大学時代は綾とほとんど一緒にいたからか誘われることはなかったの。社会人になって初めてだよ…」


私の言葉に、姫乃ちゃんは小さく頷く。


「なるほど、和泉さんがストッパー役をしていたって事ですね」


そうなのかなぁ?

単純に私に興味がある人がいなかっただけだと思うんだけど。

大学時代の私って、交友関係はめっちゃ狭くて、綾と数人の友人としか話してなかったんだよね。


だから、大学生になったら彼氏とかできるのかな?

ってちょっとドキドキしていたのに、綾との大学生活を満喫していたら気づいたら卒業していた。

まぁ綾って言う大切な友人ができたからいいんだけどね。


それでも最近は、このままだと一生彼氏もできないまま私の生涯が終了しそうな予感がして来ている。

だから、もしかしたら気が合うかもっていう可能性にかけて、滝谷さんと飲むことを承諾してみた。


まぁ実際には話が合う以前の問題だったけどね。

慣れないことはするもんじゃないね。


「でも、滝谷さんが私を狙っていたかどうかは分からないでしょ?」


そう言うと、姫乃ちゃんの目線に鋭さが増した。

えっ私何か間違ったことを言ってないよね?


「あぁ確かに和泉さんの言った通りですね」


どうしてここで綾の名前が出てくるんだろう?


私は不思議そうに姫乃ちゃんの事を見る。


「和泉さんが言ってたんですよ。大学時代の紗希先輩も男性にモテてたのに、それに全く気づいてなかったって」


えっうそ!だって全然声とかかけられたりもしなかったよ?

綾が男の人から声をかけられているのはよく見たけど、私には全然だったもん。


「えっ嘘だぁ。それなら私に声をかけてくる人もいたはずでしょ?」


「紗希先輩を紹介して欲しいって相談は何度もされたみたいですよ?でも、紗希先輩に気になる男性がいるのか聞いても、いないって答えられたから紹介しなかったそうです」


思い起こせば、綾にそんなことを聞かれた気がする。

あぁ、あの時に彼氏というものを一度は作ってみたいと言っておけばよかったのかぁ。


私が残念がっていると、姫乃ちゃんがジト目で私の事を見つめてくる。


「そんなに彼氏が欲しかったんですか」


「まぁ一度も誰かと付き合ったことがないっていのもなんか嫌じゃん?」


私も人並みに、幸せな家庭というやつを憧れている時期もあったのですよ。

正直今はすでに諦めていますが。


「だからって、今回みたいにノーガードな姿を、よく知らない男性の前で見せるのはどうかと思いますけどね!」


姫乃ちゃんが何やらお怒りのようである。

でも、私からしたらちゃんとガードは固めていると思うのだが、


「ノーガードではないよぉ。さっきもタクシーで家に帰ってお別れのはずだったもん」


「ふぅ〜ん。そんな事よく言えますね?」


あれっ何かまずい事を言ったのでしょうか?

姫乃ちゃんの声が怒りに震えているように聞こえる。


「滝谷さんに腰に手を回されて、何か言われても頷くだけの状態だった紗希先輩がよくノーガードじゃないって言えましたね?」


姫乃ちゃんの言葉でさっきの私の状態を思い返してみる。

詳細には思い出せないけど、今いった姫乃ちゃんの言ったことは確かにあっている気がする…


「でも、滝谷さんが私の事を狙っているかはわからないじゃん?」


「…もしかして滝谷さんに狙ってて欲しかったんですか?」


先ほどまでの態度と一転して、不安そうな顔をしてくる。

どうしてそんあ顔をするのかは分からないけど、とりあえず私の本心を話しておく。


「いや全く。正直滝谷さんに興味は湧かなかったなぁ」


緊張していたのか、ふぅ〜と息を吐く姫乃ちゃん。

そして、先程の怒りも戻って来た姫乃ちゃんが、私に言い聞かせるように尋ねる。


「なら余計に隙のあるところは見せる必要はなかったですよね?」


「まぁそうかもしれないけど…。まぁ大丈夫だって、滝谷さんが私に興味があったかなんて分からないし」


私の言葉に姫乃ちゃんの表情は明らかに納得していないようだった。


そして、尚も私は悪くないって主張したところで、私の家に到着した。


それじゃあと言って、姫乃ちゃんと別れようとしたが、


「ちょっとだけ紗希先輩の家に上がって行ってもいいですか?」


そう言って私の腰に手を回してくる姫乃ちゃん。

いつもは可愛い後輩という感じなのに、なぜか今は高圧的に私に話しかけてくる。


普段とは異なる雰囲気の彼女に困惑する。


「ほら、行きますよ」


そう言って、何も返事をしない私に構わずに、家のドアまで腰を押されて連れていかれる。


姫乃ちゃんの突然の変化に、思考が停止した状態で家の鍵を開けて、姫乃ちゃんと二人で我が家に帰る。

歩き疲れてソファに座り込んで、そばに立っている姫乃ちゃんを見上げながら尋ねる


「どうしたの姫乃ちゃん?」


先ほどから様子がおかしい姫乃ちゃんに不安になる。

すると姫乃ちゃんが切羽詰まった声色で囁くように、でも思いを叫ぶように私に言う


「そうやって隙を見せるから…」


そう言いながらソファに座っている私をそっと押し倒し、姫乃ちゃんが私の上に覆い被さってくる。

突然の出来事に頭が追いついてこない。


「えっどうしたの?姫乃ちゃん」


今おこっていることが理解できなくて、いつもの料理教室の時のように姫乃ちゃんに質問する。


「まだ分からないんですか?紗希先輩があまりにも隙だらけだから襲われているんですよ?」


えっどうして?

そんな顔をしている私の気持ちを感じ取ったのか、姫乃ちゃんが私に向かって囁いてくる。


「こんなに細い足をして」


そう言って、姫乃ちゃんの指先が私の足先から、ふくらはぎ、太ももをそっと撫でる。


「こんなに綺麗な曲線のお尻をして」


そうして次は私のお尻を優しく触れ。


「こんなにくびれたお腹をして」


私のお腹を手のひらが通り抜ける。


「こんなに豊満な胸でアピールをされて」


私の胸部をそっと撫でて。


「こんなに綺麗なお顔をしたあなたに話しかけられたら…」


私の頬に手を添えられる。


「誰だって襲いたくなるでしょ?」


そうして姫乃ちゃんの顔が私に近づいてくる。


私はいつもと全く違う姫乃ちゃんに驚き、ただ呆然とみていた。


私と姫乃ちゃんとの距離があと数センチとなった時に再び姫乃ちゃんが囁いてきた。


「ほらっ紗希先輩。ヤダって言わないと私と、キスしちゃいますよ」


そう言われて、我に返った私はできる限り大きな声で、なのにとても小さな声で、


「っやだ…!」


私にそう言われた姫乃ちゃんは、自分から言わせたくせにとても傷ついた表情を見せる。

思わずゴメンと言いそうになる私に向かって、


「ほらっこうやって隙を見せると危ない目にあっちゃうでしょ?だから今度からは気をつけてくださいね?」


私の事を見ずに早口でそう言い切った姫乃ちゃんは、それではと言って私の家から帰っていった。



胸の鼓動が速くなった私を置いて。

**************

作者より みんなへ

いつも応援してくれてありがとう。

執筆中に挫けそうになるとき

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