第14話 姫乃ちゃんとの宅飲み

姫乃ちゃんに言われた通りに安全に気をつけて、自分の家に早く帰りたいという気持ちをなんとか制御しながら帰る。


自分の家がまじかに迫ると、いつもと様子が違うことに気づいた。


玄関のライトが付いている


それだけのことなのに私の心が早くも騒ぎ出している。

いつ以来だろう、誰かが待ってくれている自分の家に帰るのは。


そうして、カバンの中からキーケースを取り出し鍵を開けて、中からも光が溢れてくる玄関のドアを開ける。

すると、姫乃ちゃんがすぐにこちら気づいて走って私を出迎えてくれる。


「紗希先輩、お帰りなさい!」


姫乃ちゃんが、なんてことない風に言ってくれる。

最後にこの言葉を聴いたのはいつだろう。

たったこれだけのことで今日あった嫌なことも気にならなくなる。


私の心が温かい気持ちで覆われているのを感じる。

予想以上に遅くなったから姫乃ちゃんも待ち疲れたかもしれない。


「ただいま、遅くなってごめんね?」


そんな私の言葉に姫乃ちゃんが、私の疲れて固くなった心を1つ1つ解いていくような優しい声で話してくれる。


「全然気にしないでいいですよ?時間があったおかげで美味しい料理をいっぱい作れたので。温め直すから座って待っててくださいね」


「ありがとう」


姫乃ちゃんに釣られて気付けば優しい声色で返事をしていた。


なんだかホームドラマの家族みたいでなんだかむず痒い気持ちがする。

だけどずっとこの雰囲気に浸っていたい気持ちにもなる。

なんだか不思議だな。


私は子供みたいにテーブルの前に座って、姫乃ちゃんが料理を温め直す後ろ姿を、期待に満ちた目で追っていた。

今日の料理は酒のつまみということだったが、一体どんな料理が出てくるんだろう。

料理を温めながら姫乃ちゃんが聞いてくる。


「沙希先輩はビールで良いんですよね?」

「うん、ビールがいいな」

「ふふっ当てちゃいました」


そんな些細なことでも喜んでくれる。


それにしても、姫乃ちゃんとプライベートで仲良くなり始めたのは、ほんの1週間前なんだよね。

それなのに、私のことをすごい勢いで知られていく実感がある。

でも、全然嫌な気持ちにならないしどんどん知ってほしいっていう気にもなる


なんでだろう?

姫乃ちゃんの母性にやられているのかもしれないなぁ。



次々と温められた料理が、テーブルの上に並べられていく。

料理の品数に驚いた。

てっきりメイン1品にちょっとつまめるものが1〜2品かと思っていた。


目の前に湯気を出しながら、私を食べてって訴えかけてくる料理たちは総勢5人


1人目は、キラキラと光る光沢と深みのある甘辛そうな色が食欲をすすめてくる

豚の角煮


2人目は、カリカリに焼かれることで普段の姿からは1味違った食感を与えてくれる

カリカリチーズ焼き


3人目は、そのままの姿だととっつきにくいけど、上空から魔法のソースをかければ虜になる

シーザーサラダドレッシング


4人目は、普段は白いお顔で震えてる、今は衣で覆われたよ

揚げ出し豆腐


5人目は、やっぱり君が王道だよね、居酒屋に行けば君に会いたくなるよ

だし巻き卵



「すごいね姫乃ちゃん、よくこんだけ作ったね」

「紗希先輩が遅くなるかもって言ったので、それじゃあいっぱい料理を用意して待ってあげたら喜んでくれるかなっと思って。ちょっと張り切りすぎました」

「ううん、すごく嬉しい!というかこんな料理が毎週食べられるならもうお店に行く必要ないよ!」

「もう!まだ食べてもないんですから、そこまでハードルあげられると困ります」


そう言いながらも、私の目には満更でもなさそうな顔で、喜びを隠しきれていない姫乃ちゃんの姿が見える。


そうして、姫乃ちゃんが座ったらすぐさまビールを開けて姫乃ちゃんの持っている酎ハイにコツンと合わせる。


「かんぱーい。姫乃ちゃん料理ありがとう」

「かんぱーい。紗希先輩お疲れ様です」


ゴクゴクゴクッぷはぁ〜〜〜

美味しい!今週の頑張りもこの1杯で報われる気がする。


「それでは、姫乃ちゃんの手料理食べさせていただきます!」

「はい、どうぞ召し上がってください」


そうして、期待に胸を膨らませながら箸を取った。


まずはビールによく合いそうな君に決めた!


「豚の角煮とっても美味しいよぉ〜」


見た目の美味しさは決してカモフラージュではなかった。

しっかりと甘辛いタレの味が肉の中にしっかりと染み込んでいる。

それなのに、豚の柔らかさを損なうことなくプルルンとした食感を伝えてくれる。


「我ながら上手にできたと思いました。あと、紗希先輩の家に圧力鍋があって驚きましたよ。まぁそのおかげで大幅な時短になって助かりましたけど」


あぁ〜確か料理を始めようと思ったときに、鍋として使えるなら圧力鍋にしとけばいいかってあんまり考えずに買ったんだよね。

開封の儀を済ませてから、出番は今日までなかったけど。


それ以降も私は、料理を次々と食べて美味しい美味しいとありきたりな言葉を姫乃ちゃんに送る。


でも、そんな私を嬉しそうに見つめてくる。そんな顔をされたら食べにくいってのに、まぁ美味しいので今日は文句は言わないでおいてあげましょう。


それにしても、こんなに美味しい料理を食べられるだなんて幸せだな

姫乃ちゃんのお母さんが、将来の旦那さんをゲットするために料理を教えたんだろうけど、


「男を掴むなら胃袋を掴めって格言があるけど、こんだけ美味しかったら確かに多くの男性が捕まりそうだね」

「先輩の胃袋は掴むことができましたか?」


笑みの中にどこか真剣な雰囲気を纏いながら姫乃ちゃんが聞いてくる。


「もうがっしりと掴まれちゃったよ。私の場合は、姫乃ちゃんがいつかお嫁に行くなんて嫌だぁって泣き叫ぶ姉の気持ちになるだろうけど」


「ふふっ、それじゃあ先輩がお嫁に行ってもいいって言う相手ができるまでは」


そう言うと、姫乃ちゃんがテーブルの向こう側から乗り出してきながら手を伸ばしてきて、


「先輩の胃袋を掴み続けてあげますね」


そう言いながら私のお腹のあたりを優しく撫でてくる。

いつものほんわかとした姫乃ちゃんとは違い、どこか妖艶な表情にドキドキしてしまう。


私のお腹を撫でる姫乃ちゃんの手に、私の手を重ねながら忠告しておく。


「そんなこと言っていいの?私のチェックは意外と厳しいよ。そうなると、ずっと相手が見つからないかもしれないけど」

「ふふっ、その時はその時です」


私の言葉に全く気にしている様子がない姫乃ちゃん。


流石に撫で飽きたのか、しばらくするとまたいつも通りの優しい雰囲気の姫乃ちゃんが帰ってきた。


その後は残りの料理を食べながらありきたりな話をした。

どこの家族でも毎日行われるような平凡でだけどちょっと優しい空気。


それにしても、この空気感をまさか会社の後輩に作ってもらうことになるとは思わなかったな。

まぁ今の感じはなかなか悪くないと思うから文句もないけどね。


それに、


どうせ私が、誰かとこういう食卓を作ることなんてあり得ないだろう。

だから、今だけは浸らせてもらってもバチは当たらないはずだ。


だって、美味しい料理とそれを作ってくれる優しくて可愛らしい人。

私が小さい頃に夢見た場所が今はここにあるんだから。

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