凶器は透明な優しさ

じょぬ

第1話 憂鬱な休憩時間


「ごめんなさい…あなたとは付き合えない」


これから話すのは


こんな私のことを想ってくれる


大切なあの子の気持ちを断るまでの話だ




「岩倉先輩さっき言われた仕事終わりましたけど次はどうしたらいいですか?」


そう言って、私にその可愛い小顔を向けながら笑顔で聞いてくるのは

先月から私が指導担当をしている、茶髪のショートヘアーがよく似合っている新卒の姫乃香代さんだ


「ありがとう、それじゃあ次はこの業務をやってもらおうかな。一応必要なことはメモに書いてあるフォルダに載ってあるけど分からないことが会ったら聞いてね」

「はいわかりました!」


そう元気に挨拶をして自分の席に戻っていく姿をこっそりと見ながら私も体だけはパソコンに向かい直す。


(あぁ~元気があって可愛いいなんて、私マジでラッキーだったな。本当に自分が女性でよかったよ)


私が勤めている会社は規模はあまり大きくはないものの今年は3名の新しい人が入社してきた。

その中で私が働いている部署には男女1名ずつ入ってきた。


私は入社からまだ5年目と、若手とも中堅とも言えない微妙な位置だった。しかし、女性の指導をするには、同じ女性の方が面倒も少ないと判断されたのか新人の女の子を任されている。


なぜあの子の指導が自分でよかったと喜んでいるのかというと、あの子が可愛いから!という理由もあるかもしれないが、それ以上にもう1人の男の子が影響している。


男の子の名前は田中くんって言うんだけど、この凡庸そうな名字とは一転してその行動には輝くものがある。

この輝きが仕事に発揮されるものならいいけど、主に発揮されるときは休憩時間である


(はぁ~これまでは休憩時間に頭を空っぽにして、スマホをいじっているのが最高の休憩だったのに。

最近の心が休まるときは姫乃さんに指導がてら雑談をしている時ぐらいだよ・・・)


キーンコーンカーンコーン


昔ながらの休憩時間を告げる鐘の音が聞こえた


あぁ~きちゃったよ~


「岩倉先輩!今日はコンビニで新発売のお菓子見つけたので食べましょうよ!」

「あぁ本当おいしそうね」

「でしょでしょ!めっちゃ美味しそうなんでいっしょに食べようと思ってたんですよ!おひとつどうぞ!」

「それじゃあ1つ頂くわね」

「はい!ぜひ頂いてください!」


はぁ~疲れる~~~





どうしてこんな事になってしまったかと言うと、元はと言えば私の痛恨のミスから来ている。


私は休憩時間にはスマホをいじっているんだけど、たまたまその日は甘いものが食べたくなって、チョコを摘みながらボーとしていた。


そうすると田中くんが缶コーヒーを持ちながら私のデスクの前を通りかかった。

その時気まぐれに声をかけてしまったのだ


「田中くんってブラックコーヒー飲めるんだね」

「あっはい。と言いたいんですけど、実はなんだかまぶたが重くて・・・。残りの時間をなんとか乗り切ろうと、こうしてブラックコーヒに頼っているところなんですよ」

「なるほど。確かに今やっている業務って単調で眠くなるよね~」

「まぁあんまり大きな声ではいえないですけど、そうなんですよね・・・」

「それなら困っている若者に、脳のエネルギーを補給するアイテムを渡してあげよう」

「えっいいんですか?」

「良いよこのぐらい。疲れた時には甘いものがいいでしょ?」

「ありがとうございます!とっても嬉しいです!」

「たかがチョコ渡したぐらいで大袈裟な・・・」

「いえ、自分のデスクの周りってみんな休憩時間はタバコ吸いに行っちゃうんですよ。だから業務外だと話があんまりできないんですよね」

「確かに田中くんの周りの人って狙ったかのように喫煙者ね」

「そうなんですよ、だから休憩時間はいつもリフレッシュしきれなくて。やっぱり誰かと話している方が気分転換にもなりますしね」


入ってきたばかりの会社で休憩時間ずっと一人ぼっちっていうのも寂しいわよね・・・まぁ私はそっちの方が楽なんだけど


「そうなんだね」

「はい!あっこのお菓子のお礼はまた持ってきますね」

「いいよそれぐらい」

「いえ自分がお返ししたいだけなので気にしないでください!」

「まぁ田中くんがそうしたいなら別に止めないけど」

「はい!」





あぁ~あの時の自分はなんであんな事をしてしまったんだ!

その翌日から田中くんは休憩時間はほとんど私のデスクにきてお菓子を置いていく。


流石にお菓子だけ置いて、とっとと席に戻れなんて言えるはずもないし・・・

休憩時間にリフレッシュができないと嘆いた新人くんが、わざわざ私のところまで話にきているのに放っておくのも私の性格上無理だし。

まったりと頭の活動率を0の状態にしていたいよ~。


「岩倉先輩・・・」

「うん、どうした?さっきの業務で分からない部分でもあった?」

「えっと・・・まぁそうです。ここの数値なんですけど、どうしてこの結果になるのかわかんなくて」


珍しく悩ましげな表情の姫乃さんがはっきりしない感じで質問してきた。

いつもははっきりといい笑顔なのに、なにか悩みでもあるんだろうか?

とりあえず質問に答えなきゃ。


「あぁここかぁ~。これ作った人が面倒になって説明を省略しちゃったんだな。この数値はねここのデータとここのデータを比較して・・・」

「なるほどそう言う計算方法だったんですね」

「そうなの、本当に姫乃さんは理解が早いわね」

「いえいえそんな事ありませんよ」


ふふっちょっと照れた顔も可愛い~


「・・・・・・」

「うん?どうしたの?まだどっか分からないことあるのかな?」

「分からない事・・・はい、ちょっと聞いてもいいですか?」

「うん私に答えられる事ならなんでもいいわよ」

「本当になんでもいいんですか?」

「えっまぁいいけど?」

「・・・それじゃあ聞きたいんですけど」


そういって姫乃さんは、先ほどまでの業務の質問をしていた時の距離からもう一歩近づいてきた。

そうして俯きながらふるえるような小声できいてきたのだ


「岩倉先輩って田中くんのことどう思っていますか?」


・・・・・・うん?どう思っている?どう思っている!?

これはもしや恋の悩みというやつではないのだろうか!


いままでこんな会話なんてほとんどしてこなかったから、脳の回路が停止している。

しかもこれは、姫乃さんが私に嫉妬しているという流れではないのだろうか!

これはまずい!この可愛い後輩から嫌われるなんてことは耐えられない。


「最近は休憩時間はいっつも田中くんと話してますよね?しかも、お菓子の渡し合いなんかもしてすっごい仲良しですよね?先輩って確かにお菓子食べてましたけど毎日食べるほどじゃなかったですよね?やっぱり田中くんと話す口実が欲しいからなんですか?たしか田中くんに話しかけたのは岩倉先輩からでしたよね?入社した時から田中くんのこと狙ってたんですか?どうなんですか岩倉先輩?やっぱり田中くんのことが好きなんですか?」


後輩からのあらぬ疑いにパニックになっていると、さらにパニックを加速させる怒濤の質問がやってきた

これはまずい今後の先輩後輩関係に悪影響を与えてしまう!なんとか誤解を解かねば!


「いやちょっとまって姫乃さん。大丈夫だから安心して?確かに田中くんは可愛い後輩の1人だけど恋愛感情は全くないよ?」

「本当ですか?」

「本当本当!信じて!ねっ?」

「でも・・・」


唇をぐっとつむってこっちを見る姿に胸がくるしくなる

こんな顔をさせているのが自分だなんて・・・


「田中くんには絶対に言って欲しくないんだけど、私ってあんまり男性と話すのがあんまり得意じゃないの。だから、休憩時間中ずっと話すのは結構シンドイのよ。むしろ最近の私の休憩って姫乃さんとの仕事中の雑談してるときだもん」


話をするにつれて姫乃さんの顔から緊張が取れてきたと思ったら最後らへんになるとまた顔が硬直した

どうしたのだろう?本心だけど自分の好きな人と話すのがシンドイって言うのは不味かっただろうか?

不安な気持ちで姫乃さんのことをじっと見つめていると


「良かった・・・」


姫乃さんの体から力がフッと抜けるのを感じて、思わず私も顔が綻んでしまった


「本当に田中くんのことは興味なかったんですね」

「そうだよ、信じてもらって本当にほっとしたよ。私は姫乃さんの恋の邪魔は絶対にしないからね?むしろ協力するから!」

「・・・本当ですか?」

「うん本当だよ!こんなに可愛い後輩のためならなんだって頑張っちゃうよ」


姫乃さんからの疑いが晴れたおかげで心が軽くなった

そのため恋愛の経験もないくせについ口が滑ってしまった


「まぁ私に手伝えることなんてなんにもないかもしれないけどね」


苦笑をしながら答える。

あぶないあぶない。またしも自ら墓穴を掘って自分の経験不足を露呈するところだった。こういっとけば、この会話もうやむやに・・・


「じゃあ手伝ってもらってもいいですか?」


有耶無耶にならないだと!まぁ田中くんとの愛の架け橋を頑張ってやるか・・・

それにこんな恋する乙女な表情で頼まれたら断れないよね。

ていうかこんな表情をしたこの子の頼みを断る奴がいたら私がぶん殴ってやる。


「うん、できることならなんでも協力してあげる」

「やった!」


姫乃さんの小さなガッツポーズとその笑顔なんかみせられたら頑張るしかないよね。


「それじゃあ何をしてあげたらいいかな?二人で一緒に飲む機会でもセッティングしようか」

「えっ本当ですか!いつでも良いですよ!今日でも良いですよ!どこに行きましょうか!」


すこし食い気味に話している姫乃さん、本当に好きなんだなって微笑ましくなってしまった。


「それじゃあ田中くんの予定を聞いてきめよっか」

「えっ田中くん?」

「そりゃ田中くんの予定も聞かないとダメでしょ?」

「・・・あぁ~そうですよね、そうなりますよね・・・」


どうしたのだろう?いつもの理解の早い姫乃さんなら当然分かりそうなものなのに?

やっぱり恋は盲目というか判断能力が落ちてしまうのだろうか?


「そうですね・・・取りあえずはまだ田中くんとの飲みはいいです。今は作戦会議のために岩倉先輩と飲みに行きたいです」


なるほど、恋愛経験がない私には思いつかなかったが、作戦会議をするものなのか。

仕事の上でも事前準備が大事というのは身にしみてわかっているので、恋愛でも事前準備が大事なのだろう。


「うん良いよ。それじゃあいつにする?私はわりと暇しているから姫乃さんが大丈夫な日がわかったらまた教えてね?」


すると姫乃さんはちょっとモジモジしながら上目遣いで私を見てきた

なにこれあざとい!だけど可愛いから許しちゃう!


「もしよければで良いんですけど・・・今日とか大丈夫ですか?」


そうか、そんなに早く作戦会議をしたかったのか。そうだよね好きな人と進展できるかもしれないんだもんね、そりゃすぐにでも進めたいよね。


「もちろん良いよ」

「本当ですか?週末だし予定とかありませんでしたか?」

「大丈夫、大丈夫!家に帰ってもお酒飲みながら動画を見てるだけだから」


これは本当だ私のアフターファイブはYouTubeとお酒で成り立っている。


「良かった、気を使わせちゃったのかと心配になっちゃって・・・」

「そんなに気を使わなくても良いのに。会社にいる間は流石に適度な距離感は必要だけど、プライベートのことならわりと気にしないよ?」

「そうなんですか?」

「むしろ堅苦しいのは苦手だよ。今までユルユルの上下関係しか体験した事ないんだ。だから姫乃さんの前では頑張って先輩面してたの」

「えっ意外でした!他の上司の方にもかなり丁寧な会話をされていたのであんまりフランクに接したら嫌がられるのかと思ってました」


確かに姫乃さんにも上司の人にも硬い対応をしていたけど、それは自分の地の部分を見せたらもっとちゃんとしろと怒られそうだからなんだよなぁ。


「そんな事ないよ。プライベートでまで硬い会話なんかされたら余計疲れちゃうよ。でもまぁ、姫乃さんなら怒られることもないし良いかなって。・・・もちろん幻滅されない程度でゆるくするつもりではいるけど、姫乃さんは上下関係がユルユルな人って苦手?」


もしも苦手と言われてしまったら即行で外面を被り直さなければいけない。

あぁ~でもかなり地の部分を見せちゃったしな~もう手遅れかも・・・


「他の上司の方にプライベートまで突っ込まれるのは嫌ですけど、岩倉先輩なら大丈夫ですよ?」

「えっ本当?よかった~~~。それじゃあプライベートではユルユルな私でお送りするね」

「はい、今夜の飲み会を楽しみにしてますね!」


この感じなら肩肘張らずにまったりとお酒が飲めそうだ。

あっ、でも作戦会議があるんだった。どうしよう私の恋愛経験値は0なのだが・・・

言っておくべきだろうか?でもなぁわざわざ「私って恋愛したことないの!」っていうのもな~


「それじゃあ業務に戻りますね。教えていただいてありがとうございました!」


そういってステップしそうな足取りで綺麗なショートヘアをなびかせながら自分の席に戻っていく姫乃さん。

自分の席に戻ってチラッとこっちを見てきたので目があってしまったので笑顔でアイコンタクトしてみた。


とっても可愛い笑顔でやり返してくれた


やばい可愛い!あぁ可愛い!よかったぁ~誤解が解けてあのまま自分が田中くんをって勘違いされたままだとしたら・・・

この笑顔が悲しみの表情になっていたのかと思うと本当に誤解が解けてよかったと思う。


休憩時間の田中くんの行動はまったく解決はしていないけど、こんなに可愛い姫乃さんに好意を寄せられたら、すぐにでも仲良くなるに決まっている!


こうして私は田中くんの件は解決した気になり、可愛い後輩との初めてのサシのみにウキウキしながら定時までノンビリと仕事を片付けて言った

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