第2話 初めてのサシ飲み 前編

私が姫乃さんの指導をすることになった日に交換して以来使うことのなかった連絡先を、遂に使う機会がやってきた。


姫乃さんと飲みに行くだなんて他の人に知られたらせっかくのサシ飲みがおじゃんになってしまう。

断っているようだがちょくちょく男性上司に飲みや食事に誘われているのは知っている。

これまではプライベートにまで突っ込むのもヤボだったからなにもしてこなかったけど、

田中くんに好意を持っていると分かった今は、他の男性にわざわざチャンスをあげる必要もないのだろう。これからは姫乃さんが困らないようにそれとなくブロックしてあげなくては!


なのでお店までは一緒に会社を出ずに、今日行くお店の前で直接待ち合わせをする事にした。


「お待たせ姫乃さん。ごめんね遅くなって」

「いえいえ!私もついさっききた所なんで大丈夫ですよ」

「そういってもらえると助かる~。帰ろうとしたタイミングで来週の月曜の仕事の件で上司から質問されて遅れちゃったんだよ。本当にゴメンね」

「いえいえ私もちょっとした用事をすましていた所なので」


ちょっとした用事とは一体何だろう?店の中に入り、店員さんに席まで案内される間に姫乃さんの事をみていると先程とどこか雰囲気が違うことに気付く。


「・・・う~ん?あれっもしかしてメイク直した?」

「あっはいちょっとだけ。崩れてる部分をささっと簡単にですが」

「そんな事ないよ~いつもの可愛い顔がもっと可愛くなってるもん」


すごいな~。私ならプライベートで気楽に飲もう?っていわれたら絶対にメイクなんかなおさないよ。むしろメイクを落とさなかった自分が偉いまである。


「もうっ!そんな事いいからなに飲みますか!」


ふむ・・・これは照れているのでは?可愛いなんて言い慣れてそうなのにピュアだなぁ~。こんな風な反応を返されたらもっといじりたくなっちゃうじゃない。


「そんなに照れちゃってどうしたの?照れた可愛い顔を見せつけたいの?」

「っっっ!!もうまだお酒飲んでませんよね!先輩のそのテンションには素面では付いていけそうにないので早くお店に入りましょう」

「は~い。わかりました~」


あんまりいじって嫌われたくもないからこの辺にしとこう。それにしても会社ではいじったりしなかったからわからなかったけど、姫乃さんって実はいじられキャラなのでは?

今日のサシ飲みでは作戦会議もしっかりとしないといけないけど、姫乃さんの可愛さも堪能させてもらうとしよう。



「姫乃さんは最初はなに飲むの?」

「えっと、ちょっとメニュー見て決めていいですか?」

「勿論いいよ。はいコレここのメニューね」


ここのお店はお酒のメニューも多彩だからきっと姫乃さんの好きなお酒もあるはずだ


「ありがとうございます。ちなみに岩倉先輩はなに飲みますか」

「私は最初の一杯はビール一択ね!」


ちょっとおじさんくさいけど、ヤッパリ最初の一杯はコレね!喉を炭酸が通り抜ける感触と独特の苦味がクセになるのよね。


「それじゃあ私もビールにしますね」

「無理に合わせなくても、会社の飲み会じゃないんだから最初から甘いお酒でもいいのよ?ほらここのお店って梅酒の種類も豊富だよ?


確か姫乃さんの歓迎会の2次会では、梅酒とか甘い系の物を飲んでいたはずだ。

だから甘いお酒の種類が豊富なこのお店を選んでみたのだ


「あっ本当だ。確かに梅酒の種類がいっぱいありますね。でもどうして私が梅酒を好きなの知ってるんですか?」


姫乃さんが本当に不思議そうな顔でこっちを見ていた


「そんな不思議な事じゃないよ。姫乃さんの歓迎会の2次会で姫乃さんって梅酒とか甘いお酒を中心に飲んでたでしょ?」

「そういえばそうかも?でも岩倉先輩って2次会の時は遠くの席で飲んでて私の方には近寄ってくれませんでしたよね?」


2次会の時のことを思い出した姫乃さんはちょっと不服そうな表情でこっちを見てきた。

あの時は会社では四六時中一緒にいる私と、歓迎会の席でも一緒にいるのは姫乃さんの息が詰まるかな?って思ってあえて離れて飲んでいたのだ。

まぁ流石に指導している子が酔い潰れたりしないか心配でちょっくちょく様子は伺ってはいたが。

しかし姫乃さんのこの様子をみると、2次会でも一緒の席を御所望のようであった。


「いやぁ~私以外の人とも話したいかなって思ってあえて近づかなかったんだ」

「・・・そんな気を使わなくても良かったのに」


ちょっと拗ねた雰囲気を見せる姫乃さん。

思わずゴメンねと言いつつ頭を撫でてあげたい衝動をぐっと堪えた。


「まぁ次は一緒の席で飲もうね?とりあえず飲み物は梅酒にする?」

「・・・いえ私もビールにします」


そういってすぐさま姫乃さんは、席に備え付けのボタンを押して店員さんを呼び出した


「御注文はお決まりでしょうか?」

「はい、ビール2つお願いします」

「はいわかりました。ご飯のご注文はお飲み物を持ってきたときにまた伺いますね」


そして少し経つと、私たちの目の前には2つのビールが並んでいる。

食べ物はなにが食べたいのか姫乃さんに聴くと、私がいつもお店で頼むものが食べたいと言われた。

それならばと、玉子焼き、チャンジャ、刺身、漬物を頼んだ。

・・・我ながらオヤジくさいラインナップだ。やっぱり姫乃さんみたいな可愛い子が食べそうな、おしゃれなものを頼むべきだったかと若干後悔する。


「ねぇよかったのビールで?それに食べ物も私の食べたいもので?遠慮せずに頼んだらよかったのに」

「いえビールがよかったんです。・・・岩倉先輩の好きなものが知りたかったので」


そう言う姫乃さんはニッコリと、とっても嬉しそうである


「私の好きなもの?そんなのが知りたかったの?」

「そんなものじゃありません。だって岩倉先輩って会社では自分のプライベートな事って全然話してくれないじゃないですか」


確かに会社では自分のプライベートな部分は極力出さないようにしている。

年齢も5歳差なので私の私生活に興味もないだろうし、上司の面白くもない話をわざわざ聞かさないようにしていた。


でもこんなふうに嬉しそうにしてくれるならもっと私のことを話してもよかったのかなと思ってしまう。


「ふ~ん。まぁいいや、とりあえず乾杯しよ!もう私の喉がビールをよこせと叫んでいるんだよ」

「ふふっそうですね。それでは」

「「乾杯~」」


そうして私はジョッキのビールをゴクゴクとビールを求めていた喉へ流し込んでいく。

あまりにもビールを求めていたせいで、ビールの7割ほどを飲んだところでようやく口を話して思わず


「ぷはぁ~美味いよ~」


今日の仕事も終わったと心から幸せの声をあげてしまった。


「はい、とっても美味しいですね」


こちらを笑顔でじっと見つめる姫乃さんはビールの3割ほどをゆっくりと飲んだみたいだ


「ビールを飲む姿をじっと見られると恥ずかしいんだけど。それにこんなオジサンな声を上げているし」

「オジサンな声なんかじゃないですよ!それに美味しそうに飲んでいる先輩の姿をみると私まで幸せな気持ちになるんで辞められません!」

「そんな堂々と言われるとやめろと言いにくいんだけど?」

「はいやめませんから諦めてグイグイ飲んじゃってください!」


そう言われるとあんまり気にしてもしょうがないかぁと言う気になってきた。

まぁ今更取り繕ってもしょうがないしね。


徐々にやってくる食べ物をつまみながら、残りのビールも一気に飲み込み、次は焼酎のロックをすぐさま注文した。


「岩倉先輩って本当にお酒が好きなんですね」


姫乃さんが、こちらを先ほどと同じいい笑顔で見つめながら言ってきた。

確かにいつもは家に帰ったらお酒を飲むけど、ここまで美味しくはない。


「まぁほどほどに好きだけど今日は特に美味しいかな?」

「やっぱりお店でのむお酒は美味しいですよね」


またいじってやろうと、ニヤリと笑いそうになるの顔を抑えつつ。


「それもあるけど・・・やっぱり姫乃さんみたいな可愛い子と飲めると余計に美味しく感じちゃうんだよね」


まぁ嘘ではないか、1人で飲むよりも気の知れた人と飲む方が美味しいのは確かだ。まぁ1人は気楽で好きだし会社の上司と飲みになんて行きたくはないけど。

でもわざわざ言ったかいはあったようで、姫乃さんはまだ少ししかビールを飲んでないにもかかわらず顔を赤くしている。


「もう、もう!なんてこと言うんですか!なんで今日はそんなに攻めてくるんですか!」


そういって姫乃さんは残りのビールを一気に飲み切ってしまった


「けふっ」

「大丈夫?」


私の飲み終わりと異なりとっても可愛らしい声とともにビールジョッキが机に置かれた


「このぐらい大丈夫です。先輩はさっきは、どの焼酎頼みましたっけ?」

「えっ焼酎にするの?甘いお酒じゃ無くてもいいの?」

「良いんです!今日は先輩の好きなものをとことん味あおうと思っているんです」

「でも焼酎飲んだことあるの?」

「・・・ないですけど。ダメですか?」


ちょっと不安そうな声で聞いてくるもんだから対処におえない。こんな声を出されたらダメだなんて言えるわけないじゃない


「ううん大丈夫だよ、好きに頼んでね?もし苦手だったら私が代わりに飲んであげるから遠慮しないでね?」

「いえいえちゃんと自分で飲むから大丈夫です」

「・・・無理して飲まなくて良いんだからね?」

「わかってますよ」


そういって姫乃さんは私と同じ焼酎のロックを店員さんに頼んでいる。

その嬉しそうな横顔をみるともうダメだ・・・際限なく甘やかしたくなってくる。

あぁ~頭を撫で撫でしたいよぉ~でもそんなことをいっぱしのレディにするだなんてダメだよなぁり


「・・・?どうしました岩倉先輩」

「ううん、なんでもないよ」

「そうですか?」


私の撫で撫でしたい欲求を押さえつけていると不審に思われてしまったようだ。

あぁ~でも姫乃さんのキョトン顔も良いなぁ。


「姫乃さんって家ではお酒飲んだりするの?」

「家ではあんまり飲まないんですよね。一人暮らしだと、飲んでても寂しさが勝っちゃうんで・・・」

「あれっもしかして、姫乃さんって寂しがり屋なのかな?」


思わずニヤニヤしながら聞いてしまう


「まぁすこ~しだけ寂しがり屋かもしれませんね。この春就職するまでずっと実家暮らしでしたので、まだ慣れないんですよね」

「そういえば実家ってどこらへんなの?」

「そこまで遠くは無いんですよ。電車とバスを使って1時間ちょっとなんで、車通勤ならギリ通える範囲ですね」

「あぁ結構近いんだね」

「まぁウチの親がちょっと過保護なのであんまり遠くに就職しようとすると凄い心配してたんですよ。私には伝わらないようにはしてたみたいなんですけど、まぁ何となく分かっちゃって」


確かに女の子だとあんまり遠くには出したくは無いものなのかな?

まぁ私の場合は親に就職先がここになったよって報告したら「ふ~ん 就職できてよかったね おめでとう~」

ってかなりゆるい感じだったから実感は湧かないけど


「それで家から近いウチの会社にしたんだね」

「1番の理由ではないけど、志望動機の結構を占めてはいますね。でもこのことは他の人には話さないでくださいね?」

「えっどうして?」

「だって仕事内容じゃなくて、場所で選んだって思われたら、良く思われないかもしれないじゃないですか」

「そう?私はあんまり気にしないけど」

「それは岩倉先輩だからですよ。まぁもしかしたら先輩はそう思うかなぁって感じたから、先輩にだけは教えたんですけどね」


・・・なんだろう地味に嬉しいことを言ってくれるじゃないか。

確かに志望動機がなんだろうと真面目に仕事をしてくれたらそれで良いかなっとは思っているけどね。


「そりゃあ私は、真面目に頑張って働いている姫乃さんの姿を毎日みているからねぇ、志望理由がなんであれ文句なんかないよ?むしろ私の後輩になってくれてありがとうって言いたいね」

「もう!本当に岩倉先輩ってそういう嬉しいことをさらっといいますよね?」

「だって本当なんだも~ん」


私はニヤニヤしながら、姫乃さんが私の後輩になってくれたことに対して感謝の気持ちを伝えてみた。

そうすると照れ隠しなのか、ちびちびと先ほど頼んだ焼酎を飲み出した。


「焼酎おいしい?」

「はいとっても美味しいです。意外とお酒臭くないんですね?」

「そうだね~日本酒なんかだとまさしくお酒!って味もするけど、今飲んでいる焼酎だと割と飲みやすいのも多いかなぁ~」

「そうなんですね。岩倉先輩のお陰で新しくお酒の世界が広がりました」

「そんな大袈裟な~」

「大袈裟なんかじゃないですよ?先輩が飲んで無かったら絶対に飲まなかったですし」


そういって再び焼酎を飲み出した。今度は照れていないせいか小さなお口の中に透明な液体がするすると入り込んでいく。

しかしふと不安になって聞いてしまう。


「・・・ところで姫乃さんってお酒は飲める方なの?」

「多分飲めるはずですよ?これまで泥酔して記憶をなくしたことはないですし。まぁ大丈夫ですよ安心してください」

「そっか~」


なんだかフラグみたいだなってこの時は思っていた。

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