第8話 姫乃ちゃんの手料理〜材料調達
姫乃ちゃんと話した後は、私のために作ってくれる晩御飯を餌に、やる気を出して資料作りに勤しんだ。
50分ほどかかって資料を完成させたが、提出先の上司は気づけば帰っていた…
何故なんだ、今日中ではなかったのか。
少しやるせない気持ちになりながらも、会社をでて記憶にある姫乃ちゃんのアパートの前まで歩いて行く。
家の前まできてから連絡をとると、すぐに家から出てきた姫乃ちゃんと一緒に私が普段使わないスーパーに2人並んで歩いていく。
「ところで紗希先輩、料理を振る舞う場所は先輩の家でも良いですか?」
「別に構わないよ?」
「よかったぁ、私の家の台所ってちょっと狭いんですよ。1人で使う分には問題はなかったんですけど、2人分作るなら紗希先輩の家の方が断然良いなぁって思って」
確かに我が家の台所は無駄に快適である。
私が使うことは滅多になかったけど、姫乃ちゃんに喜んで使ってもらえるならそれに越したことはない。
「それにしても、なんで料理するつもりがなかったのに3つ口コンロなんて買ってたんですか?」
「最初はやる気出すつもりだったの。前の家では台所が本当に狭くてIHコンロが1つしか置けなかったんだ」
前の家は会社まで電車で40分ほどの距離だった。
大学の頃から住んでいた家だったから、引っ越しが面倒くさくてそのままそこから出勤していた。
でも、朝の満員電車が嫌になって去年引っ越してきたのだ。
「それで、今の家に引っ越してきたときに心機一転!料理をやってやるぞって思って買ってみたの」
「だけど料理をしなかったと?」
「気持ちだけじゃあ料理はできないんだよ、技術がないとね。」
いざ料理本片手にやってみたけど、思いの外美味しくない料理に肩を落とした。
そしてそれからは、コンビニ飯に逆戻りだ。
「だから姫乃ちゃんには我が家の台所を思うがまま使い切って欲しいね!」
「分かりました!美味しい料理を先輩に食べさせてあげますね!」
あまりにも宝の持ち腐れ感がある台所だったので、姫乃ちゃんにはぜひ有効活用してほしい。
スーパーに着くと、姫乃ちゃんが今日は何を食べたいのか聞いてくる。
「好き嫌いは基本的にないから、姫乃ちゃんが好きな料理が食べたいかな?」
「私の好きな料理で良いんですか?」
「うん、こないだのサシ飲みでは私の好きな料理を頼んだでしょ?だから今度は姫乃ちゃんの好きな料理が知りたいなって」
まぁ特に食べたい料理がないからって言うのが大部分を占める理由なんだけどね。
それに毎日美味しそうなお弁当を作ってきている姫乃ちゃんなら、どんな料理でも美味しいでしょう。
「分かりました!それでは私の大好物を紗希先輩には食べていただきます。絶対に美味しいって言わせてみます!」
「うん、とっても期待している」
私の期待を背負った姫乃ちゃんは、料理名は明かにしないが淀みない足取りで次々と材料をカゴに入れていく。
私はやることが無いので、姫乃ちゃん後ろでカゴを持って歩く係を受け持つことにした。
徐々に重くなっていくカゴと共に、今日の料理が楽しみになっていく。
一方最初は意気揚々とカゴに材料を入れていた姫乃ちゃんだが、途中からは「重くないですか?大丈夫ですか?」とこちらの心配をしてきた。
まぁちょっとだけ重かったけど、心配させないようにそこそこの重量となったカゴを片手で持ち上げて平気アピールをしてみた。
重くなったカゴを持ちレジまで行く。そして会計をするときになって財布を取り出してお会計をしようとすると、姫乃ちゃんが私が払うと言い出した。
とりあえず、お店の人に迷惑になるからと言ってしれっと私が払うことにした。
姫乃ちゃんは自分も払うといったが今日は絶対に私が全額払わなければないだろう
私の家には料理をする道具はあるが調味料がない。
レジ袋の中には今日の材料に加え、各種調味料が加わっているので少し金額も高くなっている。
姫乃ちゃんはこないだのお礼と言うだろうが、流石に受け取りすぎだろう。
私には、美味しい手料理を振る舞ってくれるだけで十分なんだから。
レジ袋に商品を詰め終わったら、私は両手にレジ袋を持ち、姫乃ちゃんは残りの商品をすこしだけ持ってもらいスーパーを後にした。
最近では日が落ちるのも早くなり、綺麗に染まった夕焼けに向かって2人で歩いていく。
「やっぱりこの時間になると仕事帰りの人も結構いますね」
「そうねぇ、普段はスーパーで買い物なんてしないから逆に新鮮だわ」
そんな私の壊滅的な食生活を示唆する言葉に思わず苦笑いする姫乃ちゃん
でもしょうがないじゃん。料理ってしたことがないから美味しく作れないんだもん。
一体、世の女性はどうやって料理ができるのだろうか?
やっぱり彼氏のために頑張って覚えるのかな?
もしそうなら私は一生無理そうだが。
「でもこれからは先輩の食生活は私が管理してあげますからね?」
冗談めかして姫乃ちゃんが言ってくる
「そりゃ助かるわ。あれっ?でも食生活の改善はずっとじゃないって言ってなかった?」
「はい言いました。でも一度だけとも言ってないですよね?」
「…確かに」
なんだと、意外とこの子は策士かもしれない。
「そんなことされたら私の胃袋は姫乃ちゃんに掴まれちゃうね」
まだ姫乃ちゃんの料理を食べてもいないが、きっと美味しいに決まっている。
「もう!そんなこと言って。そんなこと言ってたら、私たち恋人と間違われちゃいますよ?」
こちらを窺いながら姫乃ちゃんが言ってくるので即座に否定した
「いや、姫乃ちゃんと私が恋人とかありえないでしょう」
「…はい、そうですよね。」
少し目線が下がったまま前を向く姫乃ちゃんは、顔から表情を消していた
姫乃ちゃんはどう思っているかわからない。
だけど私は、会社で私のことを慕ってくれて、素直で可愛い姫乃ちゃんのことを妹のように思っている。
だから、あえて言うなら
「恋人というよりも、家族でしょ?」
そう言うと、こちらをバッと振り返り驚きの表情をあげる姫乃ちゃん。
夕焼けに染まった横顔はとても赤かった。
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