第7話 残業回避ならず

姫乃ちゃんが帰った後はいつも通りYouTubeとお酒を嗜む休日を満喫した


私の食生活を改善させるって気合を入れていたから、

もしかして料理でも作りにくるかなっと考えて部屋を綺麗に掃除してみた。


物が少ないから掃除も一瞬だから、今後はこまめにやっておこうかなぁ~

そんなことを考えて少しそわそわしていたが、結局姫乃ちゃんがくることはなかった

べつに待っていたわけではないから良いけどね?本当だよ?



そして再び月曜日がやってきた。

会社ではダラダラした本当の自分は封印して、会社用の自分を作り上げる。

自分のデスクに座って、あまり好きではないブラックコーヒーを横に置いて仕事用に頭を切り替えていく。


私の会社はホワイト企業なのか、ただケチな会社なのか判断しかねるが、始業前にはパソコンの電源はつけてはダメだというルールがある。

なので、今日やる業務を頭の中で確認していく。

この作業をするかしないで、スタートダッシュに差が出るから毎日やることにしている。

だって残業なんかしたくないもんね。

自分の分の仕事が終わっていたらさっさと帰ってもいい。

そんな会社の雰囲気は好きだ。


頭の中で一日のスケジュールを立てていると、姫乃ちゃんが入ってきた。


姫乃ちゃんは私を見ると、微笑みながら近寄ってきていつもとは違う呼び方で朝の挨拶をしてきた


「紗希先輩おはようございます」

「はい姫乃ちゃんおはよう」


それだけの挨拶なのに、姫乃ちゃんは小さく笑ってから自分のデスクへと向かっていった。

てっきり一昨日のように、朝から紗希先輩!紗希先輩!って話しかけてくるかと思っていた。

でも、会社では呼び方は変えるけど接し方はこれまで通りにするみたいだ。

少しだけ肩透かしを食らったが、きっと私の会社でのスタイルを尊重してくれているのだろうと納得する。

そして始業の鐘が鳴るまで、苦いコーヒーを飲みながら今日のスケジュールを立てていく。



午後になり、来期から導入を予定している業務システムの打ち合わせの時間になる。

システムの開発は外注しており、滝谷さんという方と打ち合わせをする予定だ。

これまではメールと電話のみでの打ち合わせだったので実際に会うのはこれが初めてだ。


最近は徐々に増えてきてはいるが、他社の人との打ち合わせはやっぱり緊張する。

こちらが発注している側だから、話をうまく伝えられなくて時間がかかっても表面上は嫌な顔はしない。

だけどそれに胡座をかいてしまったらダメだというのは心に刻まれている。


最初の頃はうまく話ができなくて相手の貴重な時間を奪ってしまうこともあったのだ。

その時の相手は特に何かを言って来るわけではなかったが、腕時計を何度か確認しているのを見て、自分自身の仕事のできなさになんだか悔しくなった。

それからは、他社の人だからこそ事前の準備をしっかりとやるようにしている。


約束の時間の10分前になると、総務の和久田さんから滝谷さんが来られたという電話をもらう。

その時に余計な一言をもらってしまう。


「岩倉さん!滝谷さん結構イケメンでしたよ!頑張ってくださいね?」


この頑張れはもちろん仕事のことではない。

彼氏がいないことをわざわざ隠しはしてこなかった弊害だが、和久田さんはイケメンだったり対応が良かったりする他社の人だと、私のことを応援するのだ。

余計なお世話である。というか、逆にイケメンだと私なんて相手をしないだろうから応援されるだけ無駄である。


受付まで歩いていき、実際に見てみると確かにイケメンであることを確認する。

そして、簡単な挨拶を交わした後は自分のデスクまで案内する。

自分のデスクで、テスト用のシステムを動かしながら実際の業務の流れをみてもらって修正の要望を伝えていく。


滝谷さんイケメンと言うだけでなく、むしろイケメンだからなのか、話はとても分かりやすかった。

しかも、つい私が自社の専門用語を使ってしまっても、すぐに質問してくれるので認識違いの部分もなくうち合わせは順調に進んだ。

無駄な時間が一切なく思ったよりも早く打ち合わせが終わったので、私にしては珍しく滝谷さんと少しだけ雑談をした。その時の私は今日は残業なしだ~!という内心が顔に現れ良い笑顔をしていただろう。


今日のお礼を述べながら滝谷さんを見送って自分のデスクに戻ると上司がやってきて何事か話しかけて去っていった。


ウキウキした心は凪いでいた。

今日の打ち合わせの概要と今後の流れを、できれば今日中に資料にして持ってきてほしいと言われた。

あと30分で終業のこのタイミングでだ。


今日の残業が決定した私は、淡々と先ほどの打ち合わせ内容を資料に落とし込んでいく。

6割ほど出来上がったが時に、無常にも終業の鐘の音がする。


やはり無理だったか・・・

定時で帰ることは諦めて、机にうなだれて休憩していると姫乃ちゃんが私の背後に立ってそうっと話しかけてきた。


「紗希先輩?今日って帰るの遅いんですか?」

「う~ん、この仕事が終わり次第だけど。どうかした?」

「えっと、もしよければ晩御飯を作りに行きたいなぁって思いまして」

「えっいいの?月曜日だし疲れてない?」


私は月曜日と金曜日が1週間の中で最もしんどい。

なので姫乃ちゃんが月曜日からご飯を作ってくることについ驚いてしまった。


「はい大丈夫です!今日の晩御飯のために、昨日はどんなリクエストにお答えできるように準備していました!」


だから昨日は何にも連絡がなかったのか。

私のために貴重な休日を使ってくれたと思うと嬉しくなる。


「それじゃあ…お願いしてもいい?姫乃ちゃんの料理楽しみにしてたんだ」


昨日から思っていたことを口に出して伝える。


「えっ本当ですか?それなら余計に頑張らなくては!」

「普通でいいよ普通で。それじゃあ終わったら姫乃ちゃんの家に行ったら良いかな?」

「はいっ、お待ちしてますね!」


そして姫乃ちゃんは疲れ切った私に、元気一杯の笑顔を届けてくれた。

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