第22話 掴まれた手首
火曜日の綾の訪問から週末までは姫乃ちゃんといつも通りに過ごした。
水曜日は料理教室をして、木曜日はちょっと遅くなったけど料理を作って待ってくれていた姫乃ちゃんと一緒に晩御飯を食べた。
意外だったのは、翌日にも綾が来ると思っていたのに、私と連絡は取り合うけど家までは来なかったということだ。
綾との連絡では最近起こったことを話した。
まぁ主に姫乃ちゃんとのことなんだけど、それを事細かに聞かれた。
綾はいつも私のことになると心配性な部分があるから、姫乃ちゃんのことを信用してもらうために苦労した。
姫乃ちゃんとの関わり方に何か思うところがあるのか、料理を作ってもらうことになった経緯を伝えると電話越しに考え込んでいる雰囲気を感じた。
綾が何を考えているのかは分からない。
だけど、私のために悩んでくれているのはわかっている。
だから、そのうち考えていることを話してくれるのをじっと待つ。
そうして滝谷さんとの飲み会の日がやってきた。
何度か誘われたから断りきれなかったけど、正直に言えば綾や姫乃ちゃんと一緒に飲みきたかったなぁ。
仕事のこと以外ではほとんど話をしてこなかったから2人っきりだととっても緊張する。
まぁ最悪お酒の力でどうにかなると信じたい。
そう言えば、姫乃ちゃんに「絶対に飲み過ぎには注意してくださいね!泥酔なんかしちゃダメですからね!」ってすごい圧をかけられた。
お酒を飲み始めたばかりの若い女の子じゃないんだから大丈夫だっていうのに。
それに、最悪そこらへんの道端で朝日を拝めばいいだけだから。
滝谷さんは店の前で、いつも通り清潔感のある格好をして待っていた。
お互いに簡単な挨拶を交わして、早速お店に入って席に案内してもらう。
お酒のメニューを見ながら滝谷さんが私の方を見て尋ねる
「そう言えばこの前、自分が潰れるまで一緒に飲んでくれるって言ってましたよね。あれってまだ有効ですか?」
うっ、あの時は仕事が順調に終わりそうだからノリで言ってしまったんだよね。
どうなんだろう、私は結構お酒に強い方だとは思うけど、姫乃ちゃんに飲みすぎないように言われてるし断っておくべきかな?
「あっ、もしも今日はほどほどに飲みたいんでしたら全然それでも構いませんよ。一緒にのんびりとお酒を楽しんでもらえたらいいので」
お酒とYouTubeしか楽しみがない私が、滝谷さんみたいなイケメンとのんびりお話?
あっ無理だこれ。
「今日は滝谷さんが潰れるまで飲んであげましょう!」
ノリと勢いで誤魔化そう。
*
ふわぁ~視界が回る~
こんだけ飲んだのはいつぶりだろう、綾が海外出張に行く前に一緒に飲んで以来かな。
私は姿勢を保つのも難しいほど酔ってしまったっていうのに、滝谷さんはピンピンしている。
イケメンはお酒にも強いのか…
「岩倉さん、そろそろお開きにしますか?」
滝谷さんを潰すという目標は果たせなかったかぁ。
でもこれ以上飲んだら意識がどっかにさよならしそうだししょうがないね。
「はぁい」
呂律が回っていない返事をする。
ふわふわとした頭で意識を保とうと頑張っていると、気づけば滝谷さんが会計を済ましてくれたようだった。
「ちょっと飲みすぎちゃいましたね。危ないので家まで送りますね」
滝谷さんはそう言いながら、私を支えるために腰に手を回して大通りに向かって歩き出す。
滝谷さんも酔っ払っているのか、とても上機嫌のようだ。
いつも会社会う時には控えめな笑い方なのに、今は堪え切れないように頬が緩んでいる。
大通りまで出ると、タクシーがたくさん止まっているのが見えた。
あそこまで行けば休めると思うとトロンとしていた意識がさらにぼんやりとしてくる。
滝谷さんが私に何か言っているようだけどうまく聞き取れず、適当に相槌を打つ。
まぁ酔っ払いだと思って許して欲しい。
ようやくタクシーの側までたどり着いた。
ドアを開けていざ転がり込もうとした時、
「紗希先輩!」
姫乃ちゃんの声が私の頭に響いた。
こんな所で姫乃ちゃんの声がするはずがない。
そう思いながらも、体を引き戻して辺りを見渡す。
でも酔いが回った私の視界には色とりどりの明かりが飛び込むばかりで、姫乃ちゃんの姿を捉えることはできない。
やっぱり気のせいか。
そう思ってタクシーに足を踏み出そうとした時。
私の右手首を掴む感触がした。
後ろを振り返ると、大きく肩で息をして辛そうな表情をしている姫乃ちゃんがいた。
「あぁ、姫乃ちゃんだぁ〜」
私がふわふわした声をあげると姫乃ちゃんが何故かムスッとした声をあげる
「もぅ、あんなに飲み過ぎには気をつけてくださいって言ったのに…」
そう言いながらも、姫乃ちゃんの右手は私の手首をしっかりと掴んだままだった。
まるで私がどこか遠いところに行くのを必死で食い止めようとするかのように。
酔っ払いの視界でもわかることがある。
姫乃ちゃんがとても不安そうな顔をしていることぐらいは。
どうしてそんなに辛そうにしているのか、どうして私をそんな瞳で見つめるのか。
正直私には正解はわからないけど、今はこの不安そうな女の子を安心させてあげたいと、ただそれだけを思った。
私の手首を掴む右手を私のもう一つの手で包み込んで、そっと掴んだ手を解く。
その時に姫乃ちゃんが泣きそうな顔をするのをギュッと堪えて、すぐに私の左手で繋ぎ直す。
そして、大丈夫だよって安心させるように笑いかけてあげる。
すると、姫乃ちゃんの呆然としている顔が力が抜けた笑みに戻ってきた。
そうそう、君にはそんな顔が似合っているよ。
「岩倉さん?」
すっかり滝谷さんの存在を忘れていた頃に声をかけられた。
「滝谷さん、今日はありがとうございました。会社の後輩がこの様子なので、今日はここで失礼させていただきますね。」
酔っ払いの残り少ない意識をなんとか振り絞って、滝谷さんにここで別れるための言葉を伝える。
「…まぁしょうがないですね。」
なぜだか、とても残念そうにしている滝谷さん。
「それでは、また機会があれば」
そう言って滝谷さんは雑踏の中に消えていった。
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