第19話 波乱の幕開け
姫乃ちゃんとの幸せな週末はあっという間に過ぎ去り再び仕事という日常が戻ってきた。
でも、それからの日常はこれまでとは少し変わっていった。
毎日残業なしというわけにはいかないけど、漫然とやっていた仕事も普段よりもずっとやる気が出てきた。
その分だけ早く家に帰って、姫乃ちゃんとの時間を楽しむようになった。
水曜日は料理教室、それ以外の平日は姫乃ちゃんの手料理、そして週末はお泊まり飲み会
そんな日々が続き、姫乃ちゃんも私といる間はいつも嬉しそうだから良い関係を築けていると思っていた。
だけど、事件が起こった。
いつものように、姫乃ちゃんが私の家で料理を作ってくれたある日のこと。
ご飯が出来上がって、さぁ食べようと言う時に我が家のチャイムが鳴る。
こんな時間になんだろう、最近ネットで何か注文したっけ?
不思議がりながら玄関のドアを開けると、久しぶりに会う友人の姿が私の目に飛び込んできた。
「っ!久しぶり綾!お帰りなさい!」
思わず、シラフの私にしては大きく素直に喜んだ声が口から飛び出していた。
「ただいま、紗希!」
そう言って、挨拶と一緒に私のことを抱きしめてくれる。
私と同じぐらいの身長の綾の顔が私の肩にうまり、よく嗅ぎ慣れた香りが私のことを包んでくれる。
私が大学を卒業してから唯一連絡を取り合っている友人。
それが今、私を抱きしめている和泉綾だ。
綾はいつもこんな風にオーバーなスキンシップをとってくる。
でもその分だけ素直に気持ちを伝えてくれる。
そのおかげで、人の気持ちに疎くて友人が少ない私でも安心して付き合える貴重な友人だ。
そういう理由もあって、これまで中学から高校、高校から大学と移るたびに友人が0になっていた私にしては珍しく、社会人になってからもずっと連絡をとっている。
「今回は本当に出張期間が長かったね?」
そんな綾だけど、ここ半年は海外へと出張していた。
時差があるということもあり、ここ半年はお互いに気を遣って連絡を取り合う頻度もかなり少なくなっていた。
「本当だよ、年に何度か出張があるとは聞いていたけど、海外出張でしかもこの長さだとは思わなかったわね」
そう言って一瞬だけ疲れた顔を見せる。
しかしすぐに活力に満ちた表情を取り戻す。
「まぁそんな話はいいから久しぶりに呑みに行こ!さっき帰ってきたばっかりだけど紗希と話したくて、荷物を置いてすぐにきたの!どうせコンビニ弁当なんでしょ?」
そう言ってくる絢に、これまでとは違って健康的な食生活を送っていることを自慢する。
「ふふぅ~ん♪最近の私は違うのよ?ちゃんとした美味しい手料理を食べているんだから!」
そう言った瞬間、綾の眼光に光が灯った。
「えっ手料理?もちろん料理が下手な紗季が作ったものじゃないよね?」
「うっ、まぁそうですね」
「まさか男ができたのかな?」
なぜか悪いことをしているような気分に陥りながらも、いやいや何を恐れることがあるんだと自分を奮い立たせる。
大体、私みたいな女を好きになる男性がいるわけがないじゃない。
なぜか私がいつも男性に言い寄られていると妄想している絢に悲しい事実を伝える。
「私に男ができるわけないじゃない。最近仲良くなった新卒の女の子に料理を作ってもらってるの」
「ふ~ん、なぜか紗希の靴よりも小さい靴があるから不思議だったけどそういうことね」
綾の眼光が収まったことに安堵する。
それも束の間、
「でもなんで新卒の女の子に料理を作らさせているの?」
至極当然な質問をされてしまう。
でも改めてなんでって聞かれるとすぐに答えることができない。
気づいたらこんなことになっていたけど、確かになんでだろう?
姫乃ちゃんが嬉しそうだし、私も美味しい料理が食べられるから最近は何も疑問を持っていなかった。
「紗希が無理矢理に料理を作らせてるってことはありえないよね。なら、その後輩に何か思惑があるってことになるけど…」
心配性な綾が、姫乃ちゃんに変な疑いをかける前に現状をしっかりと説明しないと!
「大丈夫だから、姫乃ちゃんは悪いことなんてできない、とってもいい子だから!」
仕事では論理的に説明ができるのに、こんな時に限って小学生みたいなことしか言えない。
こんな私の説明でかえって疑いが膨らんだ様子の綾が矢継ぎ早に質問してくる。
「料理っていつも作ってもらっているの?」
「まぁほとんど毎日かなぁ」
「紗希ってちょいちょい残業あるけど、その日はないんだ?」
「ううん、合鍵を渡してるから大丈夫だよ」
私が思わずドヤ顔をしそうになった時。
頬を引き攣らせながら、鬼気迫る声が目の前から聞こえてきた。
「合鍵~!?しかも最近きたばかりの人に!?」
改まって言われると、ちょっとだけ常識はずれなことをしているという気がしてくる。
確かに私の部署に来てから一緒に働いた期間は短いけど…
「ねぇ紗希?」
思わず黙ってしまった私をさっきとは打って変わって、心配そうな顔をした綾が質問しようとした時。
リビングのドアをガチャッ!と開ける音が聞こたと思ったら、
「こんばんわ、最近きたばかりの姫乃と言います」
堂々とした、やましいことは何もないと言わんばかりの声で姫乃ちゃんが挨拶をしていた。
なぜか背筋が冷たくなるような笑顔を携えて。
**************
作者より みんなへ
いつも応援してくれてありがとう。
執筆中に挫けそうになるとき
みんなの応援と★での評価が私を頑張らせてくれています!
なのであなたの心が少しでも動いたら★で評価してくれると
とっても嬉しいです!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます