第28話 変わってしまった距離感

姫乃ちゃんがいない長期休暇に突入した。


姫乃ちゃんと仲良くなってからはほとんど毎日話をしていて、彼女と関わりがないのは日曜日ぐらいだった。


だから長い休みの間、全く関わりがなくなるとどうしようもない喪失感に襲われた。


だけど、ご飯だけはちゃんと自炊して3食食べるようにした。


もしかしたら姫乃ちゃんが心配するかなって思って…


休みの間は気分が乗らず私から綾に連絡を取る事はしなかった。


でも綾からは何故か度々連絡がきてどうでもいいことを長々としゃべった。


話をしている間だけは姫乃ちゃんのことが頭から薄れることができた。


来る日も来る日も姫乃ちゃんのことを考えてしまった。そのせいか、休暇がとても長く感じた。


今までとは関係が変わってしまうかもしれない。

だけど早く姫乃ちゃんに会いたかった。



長期休暇がやっと終わり、やっと姫乃ちゃんと会うことができた。


だけど…これまでとは私との距離感が変わっていた。


前までなら触れるか触れないかほどの距離で話をしていた。

その距離感に私に対する好意を感じていた。


でも今は、人が一人ゆうに入れる隙間があった。


もちろん、私が告白を断ったことが原因だとはわかっている。


それに姫乃ちゃんが私に気を遣った結果こうしてくれているのだ思う。


…多分そのはずだ。


もしかしたら時間が経てばまた前みたいな距離感になれるかもしれない。


そんな都合のいいことを考えていた。


あるはずがないってわかっているのに…



それからも距離感は変わることはなかった。


姫乃ちゃんからは前のように好意をむき出しにしてぶつけるようなことは無くなった。


だけど代わりに、姫乃ちゃんから心配されることが増えた。


ふとした時にちゃんとご飯を食べているかとか、ちゃんと眠っているかとか聞いてくる。


私に興味を持ってくれたことが嬉しくて、つい得意気味に自炊していることを伝える。


でも、前なら喜んで私の話をもっと突っ込んで聞いてくれたのに、姫乃ちゃんから帰ってきた言葉は、


「そうですか、よかったです」


それだけであった。


心配はされている、だけど私に対する関心は無くなったのかもしれない。



仕事始めから2週間ほどが経ってようやく理解できた。


理解したくなかったけど、姫乃ちゃんとの距離感はこれからずっとこのままだ。


話をする時は仕事の話だけ

話をする時には人一人分のスペースを開けて話をして

私を心配してきても私に関心は示さない


全部私の選択が引き起こしていることだ


今更都合の良い事を言う権利もない


ただ昔のように戻れば良いだけだ


姫乃ちゃんと出会う前の私に


感情を殺して仕事をして、家に帰って自炊をする


そんな日々を繰り返していく


一人で食事をすることがこれほど寂しいなんて知りたくなかった


姫乃ちゃんのために買った食器を見るたびに涙が溢れてくる



そんな日々が続いて2月になって初めての金曜日


久しぶりに綾と飲むことになった。


正直そんなテンションではなかったけど、絶対に来なさいと珍しく強引な綾に従った。


最近の出来事を話しながらどこか上の空で話を続ける。


こんな私に綾は怒るわけでもなくただ辛そうな顔を見せ、突然話題を変えて話し出す。


「前に紗希に話したことだけど、私は好きな人が幸せになるために何ができるか考えているそう言ったの覚えている?」


「うん覚えているよ」


あの時の言葉があったから私は姫乃ちゃんとの関係を終わらせたんだ。


あの選択が間違っているとは思っていない、姫乃ちゃんの幸せを考えれば…


「本当はね、あれには続きがあるの」


そう言って綾にしては珍しく自分の思いについて話し出す。


「私の好きな人って他に好きな人がいるの。それで、その人は私が好きなことには気づいていないの。だけど友人としてはとっても良い関係を築けているの」


綾がそんな辛い恋をしているなんて思いもよらなかった。


この前話したがらなかったのも、単純に恥ずかしくて言わなかったのかと思っていた。


「だから私は選んだの、もしかしたら別れてしまう恋人関係よりも死ぬまでずっと気軽に話ができる友人でいようって。そう、選んだはずだったの…」


ここにはいない思い人を思い浮かべているのか綾は目を伏せていう。


「でもこの間失敗しちゃったの、つい私の好きな人の恋路を邪魔するようなことを言っちゃたの。私がいくら尽くしてもこちらを振り向いてくれなくてつい。でもね、それでその人がすごい傷ついているの…」


そう言って、こちらに向かって寂寥感を漂わせながら私を見つめてくる。


「それで私は改めて思ったんだ。私の幸せなんかよりもその人の幸せを大事にしたいって」


綾の思いは聞いていて悲しくなってしまう。


綾の気持ちは純粋で素晴らしいものだけど、私からしたらそんな相手よりも綾の幸せを優先してほしいと思う。


私の思いはよそに、綾は話を続ける。


「でも紗希は違うよね。紗希は自分の幸せを追い求めることができるよね?」


綾は私の選択が間違いであったと言ってくる。


私が悩んで悩んで…姫乃ちゃんを傷つけた選択を…


「紗希は自分のことが信じられないんだよね。自分が姫乃ちゃんのことを幸せにできるわけがないってそう思っている」


私が悩んで、そして無理だと思って諦めた原因。


それを綾は当然のようにわかっている。


綾にだけは全部を曝け出してきたから…


「だけどね紗希?」


そうして私のことを優しい瞳で見つめてくれる。


「そんなの話してみないとわかんないんだよ。姫乃ちゃんに紗希の想いを伝えてあげないとわからないんだよ」


変わらず綾は私のことを見続けてくる。


目を逸らして逃げようとしてしまいそうになる私を勇気づけるように。


「もしかしたら受け入れてもらえないかもしれない。でもね、勇気を出してみたらどうかな?姫乃ちゃんは勇気を出して紗季に伝えたんでしょ?だったら紗季がそれを怠っちゃいけないよ」


そうしていつもの茶目っけのある表情で最後に付け加える。


「それでダメだったら私がこれでもかってくらいに甘やかしてあげるから!」


そう言って綾は私の頭を優しく撫でてくる


「うん…」


今更になるかもだけど、本当の自分を今まで姫乃ちゃんには見せたくなかった自分を知ってもらいたいと思った。


もしもそれでも、まだ私のことを求めてくれるなら…


私が最初よりも良い顔になったからか、綾は満足げに頷いてくれる。


それから綾は陽気に自分の話をしてくれた。


そのおかげで久しぶりに楽しい気持ちになれたし、姫乃ちゃんと向き合う勇気も貰えた。

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