第10話 姫乃ちゃんの手料理〜食後のひととき

「それにしても、姫乃ちゃんは料理ができて羨ましいなぁ。私なんて、よしやってやる!と思って道具だけは揃えたけど、何からやったら良いのか全然わからなくて結局外食に落ち着いちゃったんだよね」

「でも不思議ですね。会社での紗希先輩を見ていたら、料理のレシピを見たら簡単にできそうなのに」

「私もそう思ってた。でも、料理のレシピって全てを正確に書いてはいないじゃない?」

「まぁ確かに、目分量とか自分で調整してくださいってのはありますね」

「それが苦手でね。多分何度もやってたら上手くなるって言うのはわかるんだけど、自分しか食べないならわざわざ頑張る意味もないかなって思って」


そんな風に思っていたら、気づけば食生活は外食オンリーになっていた。

そして、一度外食の手軽さを覚えるとわざわざ自分で作るのも面倒になってしまったのだ。


「誰か食べさせてあげたい人っていないんですか?」


姫乃ちゃんが何やら緊張した声で聞いてきた。


「いや?特にいないし、今後もいないとは思うよ」

「そうなんですね」


なぜかホッとしている姫乃ちゃんを不思議そうに見る私。


「でも流石に外食はもう飽きたけどね。もはや美味しから食べるというより、食べないと動けないから食べる域まで到達しているね」


外食生活もかなり年季が入ってきた。

コンビニの食べ物は大方食べつくしたし、徒歩圏内に飲食店が少ないから食事には飽きが来ている


「っそれなら!」


急に大きな声を出す姫乃ちゃんに驚く。

自分でも大きすぎる声だと思ったのか、1つ咳払いをした後に今度は落ち着いた声で話しかけてくる。

なぜか両手はグーの形になっているけど、


「それなら、私が料理を教えてあげましょうか?」


その言葉には惹かれるものがあった。

確かに外食には飽きている。

しかも姫乃ちゃんの料理は私の好みの味だ。

姫乃ちゃんに料理を教えてもらったら、私の食生活は劇的に改善されるのは間違いなしだろう。


「でも、悪いからいいよ」


しかし、私と姫乃ちゃんはあくまで先輩と後輩だ。

話の流れで言わざるを得なかったのかもしれない。ちょっと残念だけど、姫乃ちゃんのためには断っておくほうが良いだろう。


私の予想だと、姫乃ちゃんは「そうですか、気が変わったら言ってくださいね」ぐらいの返事をするもんだと思っていた。

しかし、


「悪くなんかないです!私が教えたいから教えたいんです!」

「えっでも姫乃ちゃんにも大事なアフターファイブがあるし」

「そんなものより紗希先輩の生活を改善させて、先輩がずっと健康でいてくれる方が何万倍も大事です!」

「そうかなぁ?」

「そうなんです!」


…うん、思っていた返事と違い過ぎた。

でもここまで言ってくれるんなら遠慮しなくても良いのかな?


「本当に良いの?」

「本当に良いんです」

「私全く料理やったことないよ?ネタじゃないけど包丁の握り方からやらないといけないよ?」

「どんとこいです!」


なんだか姫乃ちゃんがとっても頼もしく見える。

この頼もしい後輩に頼っても良い気がしてきた。


「…それじゃあ、よろしくお願いします。姫乃先生?」

「はい、任されました!」


満足そうな姫乃ちゃんの顔を見て、やっぱり頼んで正解だったのかと思えた。


「それじゃあどのくらいの期間でやりますか?」

「あんまり多いと姫乃ちゃんに迷惑だから週1回ぐらい?」

「そんなんじゃ上達しません。毎日にしましょう!」


姫乃ちゃんのやる気に満ち溢れた表情に向けて私は言わなければならない!


「いや!毎日は面倒だからやだ!」


そう断言する私に対して、姫乃ちゃんは少し困ったような顔を向けてくる。

だってこれまでずっと外食だったんだもん!

毎日料理を作るって絶対大変だから!

途中でやめたら意味がないから!


心の中で反対の声をあげていると、姫乃ちゃんは理解してくれたようで、


「しょうがないですね、では週に2回ぐらいにしましょう」


すみません習う立場なのに面倒なことを言って。

そう思っていると、姫乃ちゃんがあらぬことを提案してくる。


「じゃあその分、空いた日は私の料理を食べてもらいますね」

「いやそんなの申し訳なさすぎるからいいよ」

「ダメです。紗希先輩の健康は私が守るんです!」


なんだか使命に燃える顔をしている。

…反対するのも悪い気持ちになってしまう。それに、どうせ私が押し切られそうだし。


「はいわかりました。よろしくお願いします」


もう姫乃ちゃんのやりたいようにしてもらっていいや。

私にとっては良いこと尽くめ出しね。


「そういえば紗希先輩は会社の昼食はどうしてますか?」

「まぁ普通にコンビニか外食だけど」

「わかりました、紗希先輩の分の弁当も一緒に作りましょう。1人も2人もやることは変わらないので時間は一緒です」

「えっ!そこまでしてもらわなくても」

「いえ!やらせてください!」

「あっはい」


やっぱり押し切られてしまう。会社では見せることのない力強さである。


「そうは言ってもあまりにも姫乃ちゃんにやってもらってばかりは申し訳ないよ。何かして欲しいことはある?」


ここまで私のために色々してくれるんだ、流石に私もお返ししないと落ち着かない。


「う~ん、私がしたくてしているので特にお返しはいらないんですけど」

「何かない?仕事以外のことで私にできること?」


まぁ仕事を離れると、私って特に魅力的なスキルがあるわけでもないし、逆に困らせちゃうかな?


「…もし紗季先輩が良ければなんですけど」

「うん、なんでも言って?」

「本当に、本当に予定がない時でいいんで、週末は一緒に飲みたいな~って。もちろん店でも家でも紗希先輩の好きなところで良いので!」


その申し出に思わずキョトンとした顔をしてしまう。

姫乃ちゃんがやってくれることに対して、私がしてあげることが簡単すぎるのではないだろうか?

こないだの姫乃ちゃんと一緒のサシ飲みは、普段1人で飲むのが好きな私なのに珍しく楽しいと思っていた。


「そんな事で良いの?」

「そんなことで良いんです!」


まぁ姫乃ちゃんは今年から1人暮らしを始めたばっかりだから、誰かと一緒にいたいのかもしれない。


「うん、私は全然okだよ。むしろ週末が楽しみになっちゃうよ」

「やった!やっぱり無しっていうのはもうダメですよ?」

「そんな勿体無いことなんてしないよ」


嬉しそうはしゃいでいる姫乃ちゃんを見てこっちも嬉しくなってくる。


「週末が楽しみです♪」

「私もだよ」


そうして二人して週末を思って笑い合った

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