第5話 初めてのお泊まり 前編
「ほら着いたよ?」
「こんなに私の家から近かったんですね。すみません、お邪魔します」
「まぁ大したもてなしは出来ないけどゆっくりしてて良いよ」
先に家の中に入りながら姫乃さんに声をかける。
特に汚くしていないから大丈夫だとは思うけど、人を自分の部屋に入れるのなんて久しぶりだ。
正直なところ自分では、どこがおかしいのか全く分からない
「先輩の部屋ってすごい片付いているんですね」
「まぁ良い言い方をするとそうだね。悪くいうと殺風景とも言うけどね」
「まぁ、確かに物が少ないなぁとは思いますね。先輩って家に帰ったらいつも何をしているんですか?」
「まぁ大体はお酒飲みながらYouTubeを視聴しているかな」
社会人になって、いつのまにか定着してしまったこの習慣。
毎日お酒を飲むのは体に悪いのは分かってはいる。
だけど、特に趣味があるわけでもない私は、手持ち無沙汰になるとついついお酒を飲んでしまうのだ。
「もしかして…毎日お酒を飲んでいるんですか?」
「まぁそうかな」
「流石に毎日は体に悪いのではないでしょうか?」
「分かってはいるんだけど、ついついお酒に手が伸びちゃうんだよね~」
「何か家でできる趣味を見つけてたらいいんじゃないですか?」
これまで何度か新しい趣味を見つけて、この悪習慣を断ち切ってやろうとはしたことはある。
しかし、思ったことを語り合える人がいないと途中で飽きてしまい、かと言って学生時代の友達とわざわざ連絡を取り合ってまでやろうとは思えず…。
結局お酒とYouTubeに戻ってきてしまうのだ。
「まぁそのうちに見つけるさ。それは良いとして、外に長い間いて体が冷えたでしょう?先にお風呂入っていいよ」
「いえいえ、先輩が先に入ってください。それに家族に連絡は取れませんでしたが着信履歴は残っちゃったので、メールで連絡を入れておきます。なので先輩がお先にどうぞ」
「そう?それじゃあ先に入ってくるね」
「はい、行ってらっしゃい」
こちらに小さく手を振る姫乃を置いて風呂場へ向かう。
姫乃さんのもとへ走って行った時に、普段は走らないもんだから結構汗をかいてしまった。
それが冷えて寒くなってきたので、姫乃さんには少し悪いがゆっくりと浸からせてもらうとしよう。
湯船に使ってぼ~と体をほぐしていると、ハッとする。そういえば今日は姫乃さんをどこに寝かせてあげたらいいんだろう?
普段は来客なんてありえないから、1つしか布団がない。
幸い冬用毛布が余っているからそれを掛けたらいいけど、敷布団は無いからなぁ。
まぁしょうがない。私が座布団を枕にしてフローリングで寝るとしよう。
明日の朝になって寝違えてなきゃ良いけど…。
まぁ、せっかく姫乃さんを保護したのに、私の家に泊まったせいで風邪をひかせたり体を痛めさせるなんて本末転倒だしね。
なんにももてなしは出来ないが、せめて寝る環境ぐらいは整えてあげないと。
そんなことを考えながら風呂から出て、姫乃さんにお風呂入りなよと声をかけようとする。
しかし私が口を開くよりも早く、少しテンパった声で視線をあらぬ方向にむけた姫乃さんが早口でまくし立てる。
「なっ!先輩なんて格好で出てきているんですか!?」
「いつもの感覚で下着だけ持ってお風呂に行ったからかな?」
「いいから早く服を着てください!」
「いや、長風呂しちゃたから今暑くて、少し体を冷まそうかと。」
「ダメです!私がいるんですよ!?目のやり場に困っちゃうじゃ無いですか!それとも見せたいんですか?露出狂なんですか!?」
「露出狂じゃないよ~。それに女同士なんだから、そこまで気にしなくても良いのでは?」
「ダメです!いいから服を来てください!」
あまりにも姫乃さんが服を着ろというので、まだ体の熱が取れていないがしょうがなくTシャツを着る。
・・・暑い。もう扇風機もしまっているから、風も人力で作り出さないといけない。
暑さで少しうなだれながらTシャツの上の方を持ってパタパタと風を送り込む。
「姫乃さんもお風呂に入りな」
「はい…」
先ほどの早口で捲し立てた時とは打って変わり、少し熱のある声で返事を返す姫乃さん。
どうしたのかと思い視線をあげると、風を取り込むために大きく開けた胸元を凝視していた。
先ほどは目のやり場に困ると言っていたのに、しっかりと見ているではないか。
「姫乃さんのエッチ」
少しだけ意地悪をしてやろうと思い、胸元を隠す仕草をしながら非難する声を出してみた
「いやっ違います!たまたま視界に入っただけですから!」
「ふ~ん?」
「っっっ!お風呂借りますね!」
そう言って、テンパった様子の姫乃さんは何も持たずに浴室へと突入して行った。いい反応を見せてくれる姫乃さんに思わずニマニマしてしまう。
少し時間をおき、姫乃さんが落ち着いた頃を見計らって、浴室にいる姫乃さんにドア越しに話しかける。
「姫乃さん?」
「はひっ!なっなんでしょうか?」
「ふふっそんなに驚かなくてもいいのに。とりあえず着替えこの洗濯機の上に置いておくね?」
「すみません」
「いいよ気にしなくて。下着も持ってきたけど、他の人の下着をつけるのに抵抗があるなら使わなくても大丈夫だからね?」
「あっありがとうございます」
私なら他の人の下着でも、ただの布でしょ?って気にしないタイプである。
だけど姫乃さんに、私の下着を無理につけさせる変態ではないので、一応そう言っておくことにする。
まぁ下着をつけなかったらそれはそれで、変態っぽいけど…
あと私は、寝る時にはブラジャーはつけないタイプなのと、おそらく私のサイズとは違いそうなので下着はパンツだけ置いておくことにした。
いうだけ言って部屋に戻り、もうだいぶ伸びて冷たくなったラーメンをお腹に流し込みむ。
そして押し入れから冬用の毛布を出しておく。
あとは朝出た時の状態でグチャっとしているベッドを綺麗な状態にしておく
こんなもんかな?ってところで姫乃さんがお風呂から出てきた。
「あのっ先輩。服と…下着ありがとうございます」
「いいよ気にしないで」
どうやら姫乃さんは私が用意した下着をしっかりと直要しているようだ。
それはお風呂上がりのせいだけとは思えないほど赤くなった顔が表しているように思える。
「そう言えばさっき、姫乃さんの携帯が震えてたよ?」
「もしかしたら、家族から連絡が帰ってきたのかもしれませんね」
そういって私のすぐ横をを通り過ぎて携帯を確認する姫乃さん。そしてその後ろを音もなくついていく私。
「やっぱり家族からでした。ってなんで私の首元に顔を近づけているんですか!」
「いやぁ~姫乃さんから横を通った時に、なんだかいい匂いがするのでつい」
「ついって!それに、シャンプーもボディソープも先輩のものなんだから匂いも一緒じゃないですか!」
「そうかなぁ?姫乃さんからはとってもいい匂いがするけど」
そういって思わずスンスンと匂いを嗅ぎ、いい匂いを体にチャージする
「~~~!」
驚いた姫乃さんがてで顔を覆いながらもじっと嗅がせてくれる。
ある程度のところで嗅ぐのをやめた私に対して、とても恥ずかしそうにしながら姫乃さんが聞いてきた
「もしかして先輩って匂いフェチなんですか?」
「う~ん、フェチだと思ったことはないけど、姫乃さんの匂いはなんだか優しくて落ち着く匂いで好きかな?」
「もうっ!もうっ!先輩は私を殺す気ですか!?」
「そんなつもりは全くないよ?」
あたふたしている姫乃さんが面白くて、ついつい変な質問をしてしまう
「それじゃあ姫乃さんは何フェチなのかな?」
「そんなの良いじゃないですか」
「え~私は答えたのに姫乃さんは言ってくれないの?ひどいな~」
「うぅ~…」
小さく呻きながらも悩んでいる姫乃さんを見て、これは押せば大丈夫だと確信する。
「絶対に他の人には言わないから?ねっ?」
「本当にですか…?」
「本当だよ?」
まぁここまでプライベートなことを言う相手もいないのだが、それは言わなくてもいいだろう。
「それじゃあ言いますけど、引かないでくださいね?」
「大丈夫大丈夫。どんなフェチでも受け入れてあげるから」
「…ぇフェチです」
「うん?聞こえなかったからもう一度言ってもらっていいかな?」
「…だから、声フェチです!」
顔を真っ赤にした姫乃さんが、今度は大きな声で自分の趣向を話してくれた
「声フェチなんだ、意外と普通じゃん。ちなみにどんな声が好きなの?」
「えっそこを聞くんですか!?」
「うん。いいじゃん減るもんでもないし」
軽い気持ちで好みの声を聞いてみる。…それは間違いだとすぐに判明した。
「先輩…」
「うん、どうしたの?」
「だから先輩です!」
「?」
「先輩の声が好きなんです!」
「おっおう…」
やばい、まさか私の声が好きとは想定外だ。
「やっぱり、引きますよね…」
あぁダメだ、私が黙るもんで勇気を出して言ってくれた姫乃さんが落ち込んでしまう。
「引いてなんかないよ。ただ、私の声って女性にしてはちょっと低いし、あんまり可愛くないから驚いただけだよ?」
「そんなことないです!先輩の声は確かに少し低めかもしれません。だけどその分、先輩の声を聞いているととっても落ち着くんですよ?だからどんなに疲れていても先輩の声を聞くと、不思議と元気になるんです!それに、」
「いや、もうわかったから!恥ずかしいからそこらへんにしておいて・・・」
まさかここまで私の声を気に入ってくれているとは。
ここまで無条件で褒められるなんて、これまでの人生で記憶にないので、どう対応していいのかわからなくなる。
「ふふっ!照れた先輩可愛い~」
「照れてなんかないし!」
「本当かなぁ?」
そう言いながら姫乃さんが、少し上目遣いで全くもってあざとい角度で、こっちを見てくるので思わず目を逸らしてしまった。
「あぁ~やっぱり照れてる」
よし!強引にでもいいから話題を変えよう。
「もう夜も遅いし寝よ?ほらっ姫乃さんはそっちのベッドを使って」
「先輩はどうするんですか?」
「私はこの毛布に包まって下で寝るから気にしないで」
「いや気にしますよ!泊めてもらっているのは私なので、私が下で寝ます!」
「姫乃さんはお客様なんだから気にしなくていいの」
「ダメです!私がベッドで先輩がフローリングの床だなんてありえません」
なかなか強情な姫乃さんに困り顔を向ける。
でもなぁ、かと言って姫乃さんにフローリングの硬い床で寝てもらうのはさすがに無いしなぁ
「それなら一緒のベッドで寝る?」
「えっそれは…」
「でしょ?それは嫌でしょ?だから今日のところは私がフローリングで寝ると言うことで、」
「寝ます!」
「へっ?」
「一緒のベッドで寝ます!」
「いやあの?そんな無理しなくてもいいんだからね?気にしてないから別々に寝てもいいんだよ?」
「…先輩は私と一緒にねるのは嫌なんですね」
ぷくぅ~と頬を膨らませた姫乃さんが私を見てくる
「嫌とか嫌じゃないとか。えっ違うよね?あれ私がおかしいのかな?」
「はい、先輩がおかしいです。なので一緒のベッドで寝ましょう」
「えっそうなるの?本当に一緒にねるの?良いの?」
「…私たち同性ですよね?それとも先輩は私にいかがわしいことでもするつもりなんですか?」
「いや!そんな気持ちは全くないよ!」
「っ!それなら良いでしょ?はい決定」
なんだか上手く丸め込まれたきがしないでもないが、私も硬いフローリングの床で寝るよりはベッドのほうがいいので姫乃さんがいいなら・・・と折れてしまった。
その後は、髪を乾かしたり、歯磨きをしたりなど寝る準備を整えた。
そして2人で1人用の少し狭いベッドに潜り込み電気を消した。
「…先輩。今日はいろいろありがとうございました」
「良いよ。私も楽しかったし」
「いえサシ飲みもそうですが、こうして家に泊めてもらって本当に助かります」
「良いのいいの。これも全部下心から来てるものだから」
「えっ…下心あったんですか?」
「もちろんだよ。そうじゃなきゃ人付き合いが面倒な私がわざわざ今日みたいなことするはずないじゃん」
「そうですか…。ちなみにどんな下心だったんですか?」
少し落ち込んだ声の姫乃さんがおずおずと聞いてきた。
いたずら心でいっぱいの私は声フェチだと言う姫乃さんの耳元に口を近づけて、囁くように言う。
「姫乃さんの好感度を上げて、これまで以上にその可愛い笑顔を向けてもらうためだよ」
「~~~っ!」
悶えるように体を動かしている姫乃さんをみて、いたずらが成功したと確信する。
満足満足と思いながら、姫乃さんの耳元でもう一声だけ囁く
「姫乃さんおやすみ」
「~~~っ!・・・はいおやすみなさい」
今日はいい夢がみれそうだと思いながらまぶたを閉じた。
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