第17話 選んだお守りは

 私たちはあれから場所を移動して、自宅の縁側に来ていた。泣いていた私をお姉ちゃんが気遣って、先生もその方がいいと言ってくれたから。


「さくら先生、せっかく来てくださったのに、おかしなところを見せてしまってごめんなさい」


 ようやく涙がとまった私は先生に頭を下げた。お祭りに来てくれたのだから、やっぱり先生には笑顔になってほしい。楽しい気持ちになってほしい。それなのに私は泣いてしまって。


「いいのよ、月岡つきおかさん。あなたは何も悪くない。何度だって言うわ。本当に悪くないのよ。もう気にしないで。先生だってもし月岡さんと同い年だったら、きっと泣いてしまう。大人の人に怒鳴られたら怖いもの」


 さくら先生は私に目線を合わせて優しく微笑んでくれる。春の柔らかな光のように私を包んでくれる。先生はいつだってそうだ。私を照らしてくれる。


「私、もう大丈夫です! さっきは怖かったですけど、さくら先生が助けてくれたので!」


「元気そうになって先生もほっとしてる」


 今日はお祭り。神様だって笑顔で過ごしてる人たちに会いたいよね。


「それじゃ、二人で境内散歩してきたら?」


 横で静かにしてたお姉ちゃんが口を開いた。


「先生、うちの神社に来るのは久しぶりですよね? ひなたが案内してくれるみたいですから、楽しんでいってください!」


「ありがとう、あかりちゃん。久しぶりに来たから見て回るのが楽しみ」


「お姉ちゃんは一緒に行かないの?」


 昔とは言え、お姉ちゃんだってさくら先生のことが好きだったわけで。今は恋人とかはいないみたいだし、お姉ちゃんも先生と話したり、お祭りで遊んだりしたいはず。 


「あ〜、私はちょっと頼まれごとがあってね。二人で出かけてきて。何か困ったことがあったら呼んで。すぐ行くから」


「あら、あかりちゃんは一緒じゃないのね。寂しいわね」  


 残念がるさくら先生に、お姉ちゃんはびっくりしたような顔をして。何かちょっと戸惑ってるみたい。まだ好きな気持ち残ってるのかな。


「また後で合流します! ひなた、先生、いってらっしゃい!」


 私たちはお姉ちゃんに送り出されて、境内の方へ戻る。


「ごめん、ちょっと待って!」


 静止されて二人で立ち止まり振り返る。


「今、人でいっぱいでしょ。はぐれたら探すのも大変だから、こうして⋯⋯」


 お姉ちゃんは私と先生の手を取ったかと思うと、手を繋がせてきて⋯。私と先生、手を繋ぐの!?


「確かにはぐれたら探すのは大変ね」


 と先生は特に気にする風でもなく、私の手をそっと握り返してくれた。どうしよう、好きな人と手を繋ぐなんて初めてだよ。緊張とは別のどきどきで、心臓が身体から出ていきそう!


「これでOKだね! 今度こそいってらっしゃいっ! めいっぱい楽しんできてください!」


 お姉ちゃんに背中を押されて今度こそ境内へと出た。


 どきどきしすぎて、顔が熱くなってきた。ふわふわする。もしこれが夢でも後悔しない。


「あかりちゃんは昔から変わらないわね」


 先生は懐かしそうに目を細める。私が知らないお姉ちゃんの一面も見てきたんだろうな。何か羨ましい気持ちが少しある。


「お姉ちゃん、学校でもあんな感じだったんですか?」


「そう。てきぱきしてて、面倒見がいいのは変わらないわね。あかりちゃんのいい所ね」


 褒められて誇らしくもあり、ちょっぴり悔しくもある。私もいつか卒業した時に、さくら先生に「いい生徒だったな」って思われたい。できればそれよりもっと強い想いがあったらいいけど、それを願うのはまだ贅沢だし、早いよね。


「えっと、あの、先生、どこか行きたいところありますか?」


「ちょうどお守りがほしいと思っていたのだけど、今日は授与所は開いてるかな?」


「はい、大丈夫ですよ。こっちです」


 私はすぐ傍の授与所まで先生の手を引いて歩いた。


「お守りがたくさんあるのね。以前来た時に買いそびれてしまって⋯⋯。どんなお守りがあるのか聞いていい?」


「うちは本殿に夫婦の神様が祀られているので、恋愛成就や縁結び、夫婦円満にご利益のあるお守りがメインになってます。他にも健康祈願や家内安全、交通安全、合格祈願のお守りもありますよ」


「どれにしようかすごく迷うね。お守りの色もパステルカラーが多くて可愛い」


「それはお姉ちゃんの案で増えたんです。恋愛系のお願い事をする女性の参拝者が多いので、可愛いお守りを増やしたらいいんじゃないかって、祖父に提案して。そっちのハート型の絵馬も一昨年からお姉ちゃんの提案で増やしました!」


「ふふふ、あかりちゃんはすごいわね」


「お姉ちゃんの提案は参拝者さんにも好評なんです。雑誌でも恋愛にご利益がある神社として紹介されたり、お正月にはケーブルテレビの取材もあったんですよ。先生はどんなお守りがご希望ですか?」


「うーん、そうね。悩むなぁ。⋯⋯これにしようかしら」


 さくら先生が選んだのは淡い桃色の健康祈願のお守り。先生は健康について悩みがあるのかな。恋愛のお守りじゃなくて良かったような。でも、もしかしたら、恋人がいるから恋愛のお守りは今は必要ないと思ったとか⋯⋯。考えだしたらもやもやしてきた。今は先生の健康について考えておこう。


「お守り受けに行ってくるね」


 そこでさくら先生とは手が離れてしまい⋯。もう少し繋いでいたかったな。大事なものを失ったみたいに、心細い。


 先生は私と手を繋ぐのをどう思ってたんだろう。私、全然大人っぽくないし、むしろ背も低くて子供っぽいし。小さな子と手を繋ぐみたいな感覚だったかな。そう思うと切ないな。

 

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日向で輝く桜を愛したい 砂鳥はと子 @sunadori_hatoko

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