日向で輝く桜を愛したい

砂鳥はと子

第1話 ひなた

 


 目覚ましを止めても、まだぬくぬくとしたベッドの中から出たくなくてごろごろしている。


 小学生の頃は学校に行きたくなくて、なかなかベッドから抜け出せなかったことをふと思い出す。苦い記憶が蘇りそうになって、私は慌てて打ち消した。


 毛布から顔を出すと壁にかかった星花せいか女子学園の制服が目に入る。紺色のブレザーとベスト。リボンにかわいいタータンチェックのスカート。


 一年前は作ったばかりでまだゴワゴワしていた制服だけど、今ではすっかり身体に馴染んでしまった。


「ひなたー! まだ寝てるの?」


 突然部屋のドアが開いてお母さんが顔を覗かせる。


「おはよう、お母さん」


「何だ、起きてたの。はい、おはよう。早く顔洗って来なさい」


「はーい」  

  

 私はもぞもぞとベッドを抜け出すと、顔を洗うために部屋を出た。歩くと廊下がキシキシと音を立てる。古いせいで家中の廊下は歩けばいつも大概音がした。


 家は私が住むそらみや市の中でもかなり古い歴史のある神社で、住居の建物も平屋の古めかしい家だった。建て替えるにしても景観がどうとかでお祖父ちゃんとお父さんの意見が別れている。


 洗面所で顔を洗い部屋に戻ると、髪を整えて制服に着替えた。姿見の前でおかしなところはないかチェックする。


「よし!」


 私はかばんを持って居間に向う。廊下から庭を見ると小さな桜の木がふわふわと柔らかそうな花を満開にしていた。


「そうだ、写真お姉ちゃんに送ろう」


 私はスマホで庭の桜を写すと、LINEで写真を送った。すぐに既読がつく。こぐまが喜んでいるスタンプが送られてきた。


 九つ年上のお姉ちゃんは今、東京の大学に通っていて離れて暮らしている。お姉ちゃんがいなければ私は今も学校が嫌いだったかもしれない。


 小学三年生から六年生まで担任だった先生はとても怖くて厳しい男の先生だった。何をするにもとろくて、物覚えが悪い私はいつも先生から怒鳴られていた。同じクラスの男の子にも馬鹿にされて、私はだんだんと男性に対して苦手意識ばかりが増えるようになった。


 小六の時、不登校になりかけていた私にお姉ちゃんが勧めてくれたのが星花女子学園だった。お姉ちゃんは高等部から星花に通った卒業生。中高一貫の女子校で、男の先生もあまりいないし、意地悪な男の子もいない。市内にあるから通学もしやすい。私はお姉ちゃんみたいに勉強は得意ではないけど、去年中等部に無事入学できた。おかげで小学生の時みたいにびくびくしながら学校へ行くこともなくなった。


 居間に入るとすでにお祖父ちゃんとお祖母ちゃん、お父さんとお母さんが座って待っていた。全員揃ったので挨拶をして朝食に手をつける。


「ひなたは今年も和楽器部に入るのか?」


 お味噌汁を片手にお祖父ちゃんが話しかける。


「うん。和楽器部ならお祖父ちゃんがくれたしょうを活かせるから」


 私のお祖父ちゃんは神主の傍ら、和楽器の教室を開いていていて、笙に篳篥ひちりき龍笛りゅうてきを一通り演奏することができる。私も幼い頃から教えてもらい、笙を吹けるようになった。


 笙は計十七本の竹管を円形に束ねた形をした和楽器だ。下部についたリードを振動させて音を出す。私はこの独特で優美な音を奏でる笙が大好きだった。しかし残念ながら和楽器部には他に笙を吹く人がいない。それが少しだけ寂しいけど、同じ部のみんなは珍しがって楽しんでくれるので私は密かに誇らしく感じている。


「和楽器部で笙ができるのはひなちゃんだけなのよね? もし星花が共学校だったらひなちゃんモテモテだったかもしれないのに、惜しいわねぇ。きっと共学だったら今頃ひなちゃんも彼氏を連れて来てくれてたのかしら」


 お祖母ちゃんがよく分からないことを言い出す。 


「別に笙が吹けたからってモテたりしないよ」


 女の子ならピアノとかフルートができる方がモテそうな気がする。それ以前に私は男の人が苦手だからモテたくなんてないけれど。


 学園内には女性同士で付き合ってる人もいると聞いたことがある。


(私も女の人に恋したりするのかなぁ)


 そんなことを考えながら私は朝食を黙々と片付けた。 

 

 

 

 ――この時の私はまだ後に思わぬ相手と恋に落ちるとはまるで想像していなかった。――  

   

  

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