第4話 ひなた、自覚する
日曜日。
部屋の掃除を終えた私はベッドに寝転がって、ため息ばかりついている。
最近、何をしていても先生のことを考えている。今日は先生、どうしているだろう。日曜日だからどこかにお出かけしているのかな。家でも学校用のプリント作ったりしてるかもしれないし、私みたいに部屋の掃除をしているかもしれない。どんな風に過ごしているのだろう、なんて考えている。
(彼氏とデートしたり⋯⋯)
先生が男の人と並んで楽しそうにしているのを想像したら、急にすごく嫌な気持ちになった。またモヤモヤが増えていく。
今の想像はなしにしよう。
先生の隣りの男の人をかき消して、可愛い犬に置き換える。
(これならそんなにモヤモヤしない)
私の頭の八割くらいは先生のことで占められて、そのうち全部さくら色になってしまいそうな勢いだった。
起き上がって私はカレンダーにピンクのペンで丸をつけた。
この日はきっと特別になるという願いを込めて。
(でもあんまり期待しすぎると、違った時にすごくショックかも)
丸から花丸にしようとしていた手が止まる。しばらく止まったままカレンダーを見つめていたら、
「ひなた、入ってもいい?」
お姉ちゃんの声がしたので、私はカレンダーの前から離れた。
紙袋を持ったお姉ちゃんが部屋の中に入る。
「何か用?」
昨日の夜に久しぶりに家に帰って来た私の八つ上のあかりお姉ちゃんは、今は東京の大学に通っている。そのため普段は離れて暮らしていた。
「昨日渡し忘れてた、東京のお土産」
紙袋を受け取る。中から出てきたのはイカを丸々一匹使ったスルメだった。かなり大きい。
「これ、東京のお土産なの?」
「うん、そうだよー。どこかのアンテナショップで買ったんだ」
多分、絶対に東京名物ではない。お姉ちゃんはいつもセンスやチョイスが変だ。でもお姉ちゃんなりに選んで買ってきたようだから、喜んでおこう。
「ありがとう」
「どういたしましてー。あ〜
お姉ちゃんは部屋の奥に掛けてある私の制服を懐かしそうに見つめる。お姉ちゃんもかつては星花の生徒だった。
「ところでカレンダーのあの丸は何?」
お姉ちゃんは無駄な目敏さを発揮して、私がさっき付けたばかりの丸に注目している。私はカレンダー自体に書き込みをそんなにしないから目立ったようだ。
「⋯⋯何でもないよ」
二年生になって初めての家庭科の授業がある日、とは何か言いにくい。だって国語や数学や他の教科の初めての日には丸なんて付けていないから。
「ひなたは何でもない日に丸をつける子なの? あ〜分かった! 好きな人の誕生日とかでしょ」
そう言われた瞬間、どうしてかさくら先生の顔が浮かぶ。桜の花の下で見た、先生の優しい笑顔。
「違うよ、全然!違う! お、女の人好きになるなんて、変だよ。私も女なのに」
「女の人なんて言ってないけど、私」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
確かにお姉ちゃんは「好きな人」と言っただけだったことに気づく。
「⋯⋯⋯⋯」
「なるほどね。ひなたは好きな女の子がいるんだね」
お姉ちゃんは勝手に納得して頷いている。
「ひなたは男の人は苦手だし、好きな人が女の子でもいいと思うよ。私が星花に通ってた頃ね、女の子同士で付き合っている人もいたから」
女性同士で恋をする人もいるとは私も聞いたことがある。でもそういうのは都市伝説とか噂なんだと思っていた。
「本当にいたの? ⋯⋯その、女同士で」
「いたいた。だから、ひなたも好きな人が同性でもあんまり悩んだりしなくても大丈夫だよ。お姉ちゃんは応援するから。で、どんな娘なの?」
お姉ちゃんは興味津々な顔で迫って来る。
「そ、それは⋯⋯⋯」
好きな人と言われてやっぱり真っ先に先生が浮かんだ。
(私は先生が好き⋯⋯?)
よく分からない。この気持ちは恋なのか。先生の事は入学した時から大好きだった。授業は丁寧で分かりやすいし、いつも笑顔で安心感がある。テストは難しいけど、私は週に一回しかない家庭科の授業をとても楽しみにしていた。
でもこれは先生を先生として好きなのであって、恋愛の好きとは違うと思う。
「相談にのってあげるから、ちょっとだけでいいから話してみて」
「うん」
お姉ちゃんに話して判断してもらおう。星花での女性同士の恋も知っているみたいだし、何か参考になるかもしれない。
「その、好きな人、先生かもしれなくて⋯⋯」
「ひなたは先生のことが好きになったんだね」
「で、でも恋愛かどうかは分からなくて」
「うん。うん。ひなたはお姉ちゃんのこと好き?」
「えっ、好きだけど」
「その好きと先生への好きって同じ?」
「⋯⋯違う」
お姉ちゃんのことは好きだけど、先生の時みたいにずっと考えたり、思い出して幸せな気分になったり、嫉妬したりしもしない。
「違うなら、『恋』だと思うな。お姉ちゃんは」
(やっぱり私、先生のこと『好き』なのかな)
「先生って大人だから、何だか憧れるよね。実は私もね、高等部にいた時に女の先生好きだったことがあるんだ」
「本当に!?」
それは初耳だった。本当だったとしても小学生だった私には打ち明けなかっただろうけど。
「本当に、本当。だからひなたの気持ちも分かる気がするんだよね。ちょっと待ってて、アルバム取って来る」
お姉ちゃんは部屋を出て、隣りにある自分の部屋へ向かった。今は東京に住んでいるけど、部屋は残してあってまだ色んな物が置いてある。
しばらくして卒業アルバムを持ったお姉ちゃんが戻って来た。
「私が好きだった先生、今も星花にいるか分からないけど」
お姉ちゃんはアルバムをめくり、先生が並んで写るページを開いた。
(⋯⋯あっ、先生)
私の目は三年前のさくら先生に引き寄せられた。今よりも少し髪が短いくらいで、あまり変わっていない。
「なぁに、ひなた。そんなに穴が空きそうな勢いで見て。もしかして好きな先生写ってる?」
私は黙って頷く。
「この人。
私は指をさした。
「えっ!? さくら先生!?」
お姉ちゃんはひっくり返ったような変な声を上げた。
「そうだけど⋯」
「え〜、ひなたが好きな人、さくら先生なの?」
お姉ちゃんは頭を抱える。
「姉妹揃って〜」
どうやら、お姉ちゃんが好きだったのもさくら先生らしい。
「はぁ⋯⋯。まさかひなたもさくら先生に片想いしてたなんて。
「お姉ちゃん、先生に変なあだ名つけないで」
「ごめん、ごめん。ひなたの恋する気持ちがすごくよく分かるよ。きっと他の誰よりもね」
感動しているような、困っているような顔をしながらお姉ちゃんは私の手を取った。
「私は先生に告白もできずに卒業しちゃったけど、ひなたは何とか頑張って先生と結ばれてね」
「無理だよ。だって⋯⋯、『先生』だし」
先生への気持ちが恋だと分かったところで、越えられないハードルが現れただけと言える。先生が生徒の私なんか好きになるわけがない。
「どんなことも絶対に可能性がないわけじゃないから、ひなたは諦めちゃだめだよ。私が叶わなかった分まで恋をしてね」
お姉ちゃんにハグをされて、そう言えば先生とお姉ちゃんはあまり身長が変わらないことに気づく。
先生にハグされたら、こんな感じなのかと考えてしまっている。
私の気持ちが恋だと分かって、でも叶わない恋で、それでもきっと私は先生への気持ちを諦められない気がした。
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