極彩の魔女

 むかしむかしあるところに『極彩の魔女』がいました。


 極彩の魔女は絵筆とパレットを手に日がな一日絵を描いていました。

 魔女が色を扱えばどんな人間でも表情を変えると言われていました。


 不機嫌な人は上機嫌に。

 無愛想な人は愛想よく。

 涙流す人は笑顔を見せ。

 憤慨する人は気を静め。


『色を見た者を魅了する』


 魔女の力は様々な人の噂になっていましたが、実物を見た人はいませんでした。


 白黒の格好とモノクロの絵。


 呼び名に反して魔女は身なりも画風も極彩からは縁遠いものでした。


 ーーどうして色を使わないの?


 自分のアトリエに出入りしていた少年に魔女は。


 嫌いだから。


 短く答え地味な絵を仕上げていきました。


 何日後か何年後か。

 出入りしていた少年もめっきり見なくなり、気にすることなく絵を描いていた魔女は一段落したところでアトリエの外へ出ました。


 気分転換。

 心機一転。


 室内に居続け淀んだ空気を入れ換えようと扉を開くと、立派な街並みが広がっていました。


 大きな家と大勢の人が道を行ったり来たり。

 魔女はしばしぽかんと口を開けていました。


 魔女は絵以外のことに無頓着でした。


 特に絵筆とパレットを持っている間は火事だろうが洪水だろうが一段落つくまで気づかないほど。

 周囲に無関心過ぎてたまに外へ出ると今までと違う景色が広がっているのはよくあることでした。


 以前までは辺り一帯森だったはず。

 いやいやちょっとした村だったか。

 それとも前からこんなのだったか。


 口を閉じながら考え、まぁ、どうでもいいかと魔女はチラチラ見てくる通行人にクマが浮き出てた目を向けました。

 みんなすぐ視線を外しましたが、一人だけ伸びをする魔女をずっと見ている男がいました。


 頭から爪先までお金のかかってそうな姿。

 それに負けず劣らずの自信溢れた佇まい。


 無邪気な笑顔に魔女は見覚えがありました。


 ーーお久しぶりです先生


 呼ばれた声に魔女はまじまじと見つめ、男が以前よく出入りしていた少年だと気がつきました。

 今は芸術家としてそれなりに名が知れ渡っていると得意気に話す男に魔女は興味無さげな顔を向けました。

 随分立派になったものだと感心はしましたが、感激するほど思い入れがあるわけでも無い。

 魔女は絵以外に無頓着で、地味な絵ばかりのアトリエに出入りしていた変わり者も例外ではありませんでした。


 ーー今の僕があるのは先生のおかげです


 なので男が嬉しそうに口にする感謝もどこか他人事。


 ーー実は先生に頼みがあるんです


 それよりも魔女は男の頼みとやらの方に興味がわきました。


 魔女の描く極彩の絵を見せてほしい。


 聞けば名は売れたものの、最近は思い通りの作品を生み出せずスランプ気味だと話しました。


 世に受け入れられるのか否か。

 これでいいのかと迷いがある。


 評価を気にして悩んでいた時、ふと魔女の顔が頭に浮かび、初心に戻るつもりで会いに来たのでした。


 誰も彼もを魅了すると噂の魔女の絵。

 出入りしていた頃は見ること叶わなかったソレを見ればスランプから抜け出せるのではないか。

 そんな藁にも縋る思いでこの場に立っていました。


 男の苦悩に魔女はふーんと鼻を鳴らし息抜き程度の気持ちで承諾しました。

 断られると思っていた男は喜び手を握ろうとしましたが、魔女はそそくさとアトリエに戻ってしまいました。

 絵には途方もない時間をかける魔女の性格を知っていた男は何日でも待つつもりでいました。


 魔女が出てきたのはアトリエに戻ってすぐ。

 手にしているのは一枚の紙。

 受け取るとそこには子供のお絵かきを崩したような絵が描かれていました。


 赤や青や。

 緑や黄色。


 何が描いてあるのかサッパリ。

 絵筆すら使っていない適当さ。


 なのに見れば見るほど、引き込まれる。

 様々な感情が渦巻き意欲が湧いてくる。


 これが魔女の極彩の絵。

 誰も彼もを魅了する絵。


 だから嫌いなんだよ。


 感動に震える男を冷めた目で見ていた魔女は紙を奪い取り。


 適当に描いてもカラフルなだけで持て囃される。

 つまらないったらありゃしない。


 ビリビリに破って紙吹雪にしてしまいました。


 地味だの何だの評価されようが。

 自分が納得できる物を描き続けていたいんだよ。


 唖然とする男の頭に置かれる手。


 好き勝手作れよ少年。


 撫でているのか拭いているのかわからない仕草は乱暴で。


 自分の作品を世間の思い通りにさせるな。


 白黒の、とても暖かな色をしていました。



 かつての少年と再会した日からしばらく。

 相変わらず地味な絵を描き続ける魔女は風の噂である男の話を耳にしました。


 モノクロでありながら彩り豊かな作品を生み出す芸術家。

 人々が『極彩の魔術師』と呼び絶賛していることを知り。


 白も黒もちゃんとした色だってようやく気づいたか。


 男の先生である魔女は一人。

 アトリエで絵筆を走らせました。

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