細雪の魔女
むかしむかしあるところに『細雪の魔女』がいました。
細雪の魔女は人里近い山の麓。
季節問わず冷えた場所に家を構えていました。
街の中でも。
家の中でも。
店の中でも。
山の中でも。
『常に細かな雪が降る』
何処にいようと誰といようとお構いなしで白く細かな雪が魔女の周辺目がけ四六時中降り続ける。
自分では制御のできない微妙に面倒な力ではありましたが通常の雪と違い積もらず冷たくもない。
室内にいれば屋根の上に降るばかりで普通の生活が送れるので大して困るようなことはありませんでした。
ただこの力のせいで自分の正体と居場所が周囲の人に知られるのは恥ずかしいような鬱陶しいような気持ちでした。
寒い寒いある日。
温かなスープとパンを食卓に並べ早めの朝食を済ませた魔女は何日か前に届けられた手紙を読みながら送り主が来るのを待っていました。
窓の外からの陽射しと今もなお屋根の上に降っている細かな雪。
景色の向こうからやってくる人影に魔女は出かける支度を始めました。
ーー貴女が噂の魔女様ですか
一体どんな噂なのやら。
挨拶もそこそこに魔女は家の扉に鍵をかけ、停められている荷馬車に乗り込みました。
手紙の送り主は商人でした。
どうしても山を越えた先にある街へ向かいたい。
この時期は大雪になるので同行してほしい。
ーー本当に助かります
手紙に書かれていたことを再度話しながら進む商人に気の無い返事をした魔女は荷馬車に揺られながら空を眺めていました。
自分の周囲を舞う細かな雪は一見すると雪景色に似合うもの。
しかし少し視線を離せばそれが異常なのはよくわかりました。
吹雪いている。
吹雪いている。
魔女の乗る荷馬車以外の周囲が吹雪いているのです。
通り過ぎた後に豪雪が吹き荒れていようとも。
通り抜ける先は細かな雪が静かに揺れるだけ。
もし鳥が飛んでいたのなら、魔女を中心にポッカリ穴が空いているように見えていたでしょう。
常に細かな雪が降るとはつまり『天候に左右されない』。
豪雨の日も。
暴風の日も。
晴天の日も。
曇天の日も。
どれだけ天候が悪かろうが魔女の周囲はいつも穏やか。
空から冷たくない細かな雪が降り続ける。
魔女はこの特性を利用して悪天候の地へ向かう旅人や商人に同行。
彼ら彼女らに安全な旅を提供していました。
ーーありがとう魔女様
儲け話を逃さずに済んだとご満悦の商人と別れ、離れていく背中に商談の成功を祈りました。
手にしているのは今回の報酬。
送り届けた先での滞在費用も含まれているので相当な額が入っています。
雪解けの時期までここで過ごすかと宿屋を物色中。
ーー突然すみません
話しかけてくる男が一人。
良くも悪くも目立つ魔女。
特にこの時期は引手数多。
ーー貴女もしかして、噂の魔女様ですか?
……一体どんな噂なのやら。
手にした金袋を厚手のローブの下へ仕舞い。
先程来たばかりの山を越えたいと話す男の依頼を、魔女は家へ帰るついでに引き受けるのでした。
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