集会場の魔女

 むかしむかしあるところに『集会場の魔女』がいました。


 集会場の魔女はいつも書類とにらめっこ。

 依頼と要望と概要を頭の中で整理整頓。


 シックな色合いが好み。

 派手なデザインを喜ぶ。

 小物があると落ち着く。

 有名な絵画を飾りたい。


 古今東西様々な人が利用する集会場。

 そこの管理を任されている魔女は自室兼事務所の椅子で毎日毎日唸り声を上げていました。

 重要な会合からちょっとしたお茶会まで。

 大人数で集まれる場所はそれだけで重宝され、魔女の仕事も増えるばかりでした。

 今日も近々ある近隣諸国要人達による会談の場をセッティングするため悪戦苦闘中。

 机の上には当日顔を合わせる面々の情報。


 彼と彼女は仲違い中。

 彼女は彼に片想い中。


 性別性格趣味趣向が書かれた資料と実際に対面した時の印象を材料にあーでもないこーでもないと椅子の背もたれに体を預けました。

 ここら一帯の今後を左右する重要な集まり。


 何処に誰が座るのか。

 窓から見える景色は。


 壁に一体何を飾るのか。

 理想的な家具の配置は。


 とても些細で繊細な作業。

 取り留めのない一つ一つが大きな決断に繋がる。

 魔女はそれをよく理解しており、だからこそこんなにも苦悩しているのでした。


 陽が沈み夜の星が輝く頃には方向性がようやく決まり、淹れたまま手付かずの紅茶を一気に飲み干しました。

 資料は一旦机の脇に。


 代わりに広げた紙に筆を走らせる。

 何を足して何を省くか。

 思い描いたイメージを視覚化する。


 大まかに描き上げ席を立つ。

 集会場として使用している部屋の扉に図面を貼り付け、ノックを二回。

 ガチャリと開けて確認。


 ……パッと見て散らかった印象受けるな。


 扉を閉めて自室に戻ればすぐ椅子に座り考え込む。

 今度は別の資料

 部屋のレイアウトについて書かれた本を参考にしながらまた図面を描く。

 それの繰り返し。

 納得と熟考と妥協の連続。


 ……よし、こんなものかな。


 魔女の作業は会議が始まる三日前にようやく終わった。


『ノックした部屋の模様替えをする』


 扉をトントン軽く二回。


 家具も。

 絵画も。

 小物も。

 配置も。


 ドアノブを回して開けば自分の思い描いた通りの内装にできる。

 この力があるからこそ魔女は様々な人が利用する集会場の管理を任されていました。

 着任した頃は自分の天職だと目を輝かせましたが、それも昔。

 今はふとした拍子に転職を考えてしまうぐらいには疲れていましたが、自分以上の後継者が現れる日は訪れず、半ば意地で続けているような有り様でした。


 かといって。

 情熱と自負とやりがいが枯れ果てているわけでもなく。


 うんうん、我ながら会心のレイアウト。


 完成図面をモチーフに仕上げたレリーフを集会場の扉に飾れば、ひと仕事終えた達成感と爽快感で心が満たされました。



 近隣諸国要人達による会談が円滑に終わった夜。

 集会場を元の殺風景な内装に戻し自室の前に立った魔女は、ノックを二回。

 トントン叩いて扉を開きました。


 広がっていたのはいつもの事務所ではなく。

 ふかふかの天蓋付きベッドが置かれた寝室。


 また明日からも仕事が始まる。

 体の色んな機能を使う重労働。


 その間なかなかゆっくりできない。

 ソファーで寝入る日も続くだろう。


 でも、今この時ばかりは。

 自分の手がけた部屋が絶賛されたこんな日は。

 頑張った自分を存分に甘やかそうと。


 おやすみなさ~い。


 幸せそうな顔で寝息を立てるのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る