時計の魔女
むかしむかしあるところに『時計の魔女』がいました。
時計の魔女は音楽の都に居を構える店主。
音符溢れる街で歯車を弄っていました。
置時計。
掛時計。
砂時計。
日時計。
時計屋でもある自宅はいつも賑やか。
秒針。
長針。
短針。
ところ狭しと並ぶ時計がそれぞれの時間を刻んでいました。
繰り返し繰り返し起こる音の合わさりとズレ。
魔女は作業台に座り時計の修理をする毎日でした。
開け放たれた窓から合唱が入り込んでくるお昼過ぎ。
拡大鏡を覗きながら小さな部品達とにらめっこする魔女は響いた音に顔を上げました。
秒針でも長針でも短針でもない、それらと歯車を組み合わせて作った魔女特製のドアベルが揺れる音色。
今日は祝日。
とは言え祭事の真っ最中。
音楽の日を祝うパレードが大通りで行われ、誰も彼もがそっちへ出かけている。
そんな日にお客さんとは珍しいと魔女は店内を見渡しました。
ーーおばさんがまじょなの?
作業台から身を乗り出すと女の子が魔女を見上げていました。
お姉さんね。
子供相手に大人げないと思いつつもこればかりは譲れない。
まだまだ若いんだぞと自信ありげにする魔女でしたが。
ーーどっちでもいいわ
どうでもよさそうな一言と窓に映る姿に愕然としました。
食事も後回しで仕事をしていたツケが顔に出ている。
これではおばさんに見られても仕方ない。
敗北感に魔女のお腹がぐぅ~っと鳴りました。
ーー時間をじゆーにできるってほんと?
買い物に来たわけでも修理を依頼しに来たわけでもない女の子は椅子に座り魔女に質問をしました。
それは比喩だよお嬢さん。
ーーひゆってなぁに?
遅めの昼食を取る魔女は買い置きのクッキーを女の子に差し出し比喩の説明を始めました。
魔女が手掛ける時計は寸分の狂いもなく時を刻む。
止まっていても受け取る時にはまた動き出している。
見事な仕上がりを見て人々はこう称賛し始めた。
あの魔女は『時を自在に操作する』。
時計そのものの時間を巻き戻し。
新品同様に仕立て上げるのだと。
それだけ丁寧に仕事をやってるってこと。
実際そこまで大したことはできない。
酷い壊れ方していればどうしようもないし、部品が無ければ直しようもない。
技術も経験も状況による。
むしろ直せない方が多い。
そこまで話して魔女はクッキーをちびちび食べる残念そうな顔に気がつき、女の子の目的が魔女の力であることを知りました。
マネするように紅茶をちびちび飲んでいると女の子は話を始めました。
今日が自分の誕生日であること。
父親も母親も音楽家であること。
今パレードに参加していること。
終わるまでほったらかしなこと。
ーーわたしだれにも愛されてないんだわ
さっさと終わってしまえ。
早く明日になってしまえ。
ここは音楽の都。どの街よりも音楽が優先される。
加えて今日は特別な日。音楽が生まれた記念の日。
子供の誕生日は二の次でパレードに参加しても咎められない。
音楽家ならなおさら。それだけ名誉なことなのだから。
寂しい時間に押し潰されそうな女の子を魔女は不憫に思いました。
しかし魔女に今日を明日にするような力はない。
そんなことないわよ。
魔女が持つ力は。
この程度のもの。
アナタはきっと愛されてる。
他の誰でもない音楽って存在に。
スプーンでカップを叩く。
響いた音を合図に。
時を刻む音が全て止まる。
だってこんな。
時計すら合唱する日に生まれてきたんだから。
右手に持ったスプーンを上げて、下げれば。
チクタクチクタク。
カチッカチッ。
指揮棒代わりに振って、弧を描けば。
チクタクチクタク。
チッチッチッ。
秒針が奏で出す。
長針が歌い出す。
短針が踊り出す。
ところ狭しと置かれた時計達。
一つ一つ意思を持っているかのように。
それぞれの楽器を演奏するかのように。
魔女の動きに合わせ。
旋律を響かせる。
置時計はフルートの代わり。
掛時計はヴァイオリンのつもり。
砂時計はトライアングルのまねっこ。
日時計は音に合わせてゆらゆら揺らめく。
振子時計はボーンッとシンバルになりきって。
大通りのパレードに負けず劣らずの合唱隊。
指揮するのは時計屋の店主。
時を自在に操作することはできないけれど。
『時計を自在に操作する』
それが魔女の本来の力。
寂しさが少しでも和らぐようにと披露した。
誰かのための誕生日プレゼント。
あまりにも壮大で優雅な祝福を込めた音楽。
それを特等席で聞いた女の子は。
ーー……ありがとう、まじょのおばさん
どういたしましてお嬢さん。
可愛らしい笑顔を、ようやく覗かせたのでした。
あと魔女のお姉さんだからね?
音楽の都の音楽の日に生まれた偉大な作曲家。
彼女が残した最高傑作。
『愛しき時の我が福音』
演奏者一人一人の傍らに置かれた時計のチクタク音に合わせて楽器を奏でる風変わりな楽譜は。
没後幾星霜経った今でも祭事の定番曲として人々に愛されている。
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