荷馬車の魔女
むかしむかしあるところに『荷馬車の魔女』がいました。
荷馬車の魔女は愛馬と共に各地を回り、拾った物や貰った物を荷車に乗せて旅をしていました。
ある時は町。
ある時は村。
ある時は森。
ある時は山。
旅人が行き交う風景の中。
溶け込むように魔女の姿がありました。
突然の雨が止み屋根からつたい落ちる雫をボロ屋の軒先から見ていた昼時。
雨宿りをしていた魔女は今にも崩れそうな柱になにか引っかかっているのを見つけました。
捨てた物にしては綺麗で。
置いた物にしては高価で。
思わず見惚れてしまう髪飾りがそこにはありました。
落ちていた物を誰かが親切心で見える位置に引っかけたのかと魔女は思いました。
だとしたら運がいいと、こんな売れば高そうな物がよくまだ残っていたなと手に取りました。
そのまま両手で握り目を閉じます。
『探している者の声を聞く』
荷馬車の魔女が持つ力はそういうものでした。
魔女はこうして拾った物に力を使い、探す者がいない物を物々交換の品として。
ーーどこいったの?
探す者がいる物を落とし主に届けるため荷車に乗せていました。
ーーお婆ちゃんの形見
断片的に聞こえてくる落とし主の声にこの髪飾りがどういう代物か知りました。
ーーそろそろ出港なのに
都合よく口にした港町と焦った様子に船に乗る前だと知りました。
幸い港町はそこまで遠くありません。
馬で急げば間に合うかも知れません。
魔女は愛馬から荷車を外し盗られないよう細工をしてから走り出しました。
懐に髪飾り。
誰かの形見。
跨がる馬も魔女の意をくみ取り力いっぱい大地を蹴りました。
魔女の乗る馬が港町に着いた頃。
すでに船は乗船を開始していました。
もう落とし主は乗ってしまったかもと不安をいだきながら、魔女はもう一度髪飾りから声を聞きました。
ーー早く乗船しないと
魔女は確かにそう聞き取りました。
乗っていないならまだこの港にいるはず。
魔女は髪飾りを天高くかかげ大声を出しました。
この髪飾りを落とした方いませんか。
立ち止まり注目する人々。
乗ったままの馬から立ち上がり、魔女は再度大声を出しました。
この髪飾りを落とした方いませんか。
ーーあっ! 私の髪飾りっ!
人混みの中から声がして、かき分けるように女性が魔女の下へ近づいてきました。
ーーそれっ! 私の髪飾りですっ!
駆け寄ってきた声が力を使い聞いた声と重なりました。
この人で間違いないと馬から下り、魔女は手にしていた髪飾りを渡しました。
女性は髪飾りを受け取ると何度も何度もお礼を言い、ちょっとした身の上話をしてくれました。
親戚のお婆ちゃんが死んだこと。
空になった家の整理に来たこと。
髪飾りが大事な形見であること。
気がついたら失くしていたこと。
だから見つかってよかったと。
こうして戻ってきてよかったと安堵する女性の顔はとても穏やかでした。
その表情を見て魔女も柔らかに笑い、船に乗り込んだ女性を見送り別れました。
渡すべき物を渡すべき者に渡した帰り道。
愛馬の背に揺られながら沈む夕日を眺める魔女。
思い返すのは先ほどの出来事。
ああいう出会いがあるから旅はおもしろい、と。
船から手を振り続けていた髪飾りの女性の姿を浮かべながら。
魔女は荷車を置いたボロ屋へ戻るのでした。
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