不文律の魔女
むかしむかしあるところに『不文律の魔女』がいました。
不文律の魔女は謎の多い人物。
人づての噂話に時々現れ聞いた者に恐怖を与えていました。
容姿も。
年齢も。
言動も。
存在も。
話す人によって姿を変えては何も知られず。
一体どんな見た目でどんなことをしているのか皆目見当がつきませんでした。
それでも恐怖の象徴とされていること。
魔女としての力は何故か一貫して知られていました。
『名前を口にした者の前に現れる』
それはそれはおぞましい魔女の名。
頭文字を発するだけで凍りつくほどの悪寒が走る。
全てを口にすれば瞬く間に絶命するとも、死よりも恐ろしい不幸が訪れると言われていました。
なので魔女の話をする時はいつも『あの魔女』『この魔女』と濁すのが決まりとなっていました。
遠い遠い東の果てにいたあの魔女。
この魔女が遥か西の国を滅ぼした。
穏やかな南の島を沈めたあの魔女。
この魔女が北の大地を凍えさせた。
悪辣非道は数知れず。
魔女の姿は千差万別。
毎日着替える衣服のように実体の掴めない存在。
探すことも殺すことも不可能な姿形のない魔女。
でも、そう。
ただ、そう。
名前さえ口にすれば現れてくれる。
皆の恐怖を討ち取ることができる。
溢れんばかりの喝采を与えられる。
英雄として後世まで語り継がれる。
しかし試す者はいなかった。
しかし挑む者はいなかった。
関心が無いから?
違う。
勇気が無いから?
違う。
ーー周りがそれを許してはくれない
魔女の話にハッピーエンドはない。
全てが全てバッドエンドで終わる。
言ってしまえばただでは済まない。
人も家も。
家畜も土地も。
見境無く。
ありとあらゆるモノを巻き込む。
自然災害と一緒だ。
慈悲はない。
感情はない。
あるのは冷たさ。
あるのは静けさ。
名声は罵声となり。
英雄は愚者になる。
ーーお前が名前を口にしたせいで
嫌なのだ、みんな。
とばっちりを食らうのは。
誰かの好奇心で。
誰かの自尊心で。
殺されるのが。
葬られるのが。
ならば口にしようとする者を殺した方がずっといい。
好奇心や自尊心を持つ者を葬った方が手っ取り早い。
それをわかっているから誰も名前を言いたがらない。
言ってしまえば最後。
最期を迎えてしまう。
魔女は怖いが同じぐらい。
人は人を恐れているのだ。
故に不文律。
暗黙の了解。
今日も誰かが恐怖を語る。
身の毛もよだつ噂を語る。
あの魔女。
この魔女。
禍々しい話ばかり増えていく。
忌々しい姿ばかり霞んでいく。
果たして。
魔女に名前なんてあるのだろうか?
そもそも。
魔女なんて本当にいるのだろうか?
人が抱える怯えこそ。
魔女の正体ではないだろうか?
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