無敵の魔女

 むかしむかしあるところに『無敵の魔女』がいました。


 無敵の魔女は全身を白銀の鎧で隠し剣を構える。

 卓越した技術と称号以外は一切不明の人物でした。


 素顔。

 素性。

 性格。

 性別。


 誰も何者なのか知らない。

 怪物じみた剣さばきと女性のような声色から魔女ではないか。

 何か特別な力を使い無敵と嘯いているのではないか。

 そうでもなければあの強さはありえない。

 恐れと妬みの噂が絶えませんでした。


 ある王国に一人の騎士がいました。

 騎士と言っても見習いですらない僻地の男。

 恵まれた体格、センス。

 荒削りながらも騎士として必要なモノを兼ね備えた男は、あとは腕を磨き自称から正真正銘の騎士になるだけだ、と。

 武芸者の名を聞いては向かい戦う日々を過ごしていました。

 目指すは最強。自分にはそうなる資質がある。

 男は若く、自信家でした。

 これまでの道中で重ねた決して悪くはない戦績がその自信に拍車をかけていました。

 魔女を意識し始めたのは丁度その頃。


 異国より流れて来た罪人。

 王国より命を受けた偉人。

 隣国より遣わされた役人。


 滞在した町、戦った相手から散々聞いてきた真偽不確かな噂。

 揺るがぬ無敵の称号。

 そこまで名の知れた者を倒したとあればきっと優遇されるはず。

 男は魔女を討ち負かしその首を手土産にすると決めました。

 各地を転々とし争いを諌めたり逆に起こしたりしている魔女。

 探すだけでも苦労すると思われていましたが、意外にもすんなりと見つかりました。

 王国で三番目に大きな街へ向かう途中。特徴に合致する白銀の鎧。

 森で野営している所を見つけた男は強運にますます自信をつけご大層な名乗りを上げました。


 ーー俺は王国最強の騎士


 手合わせを願う男の自信に魔女はどんな表情を浮かべたのか。

 素顔は兜に隠れたまま、鞘から剣が抜かれました。


 踏み込みはほぼ同時。

 しかし力の差は歴然。


 男がひと振りすれば魔女が二つ三つと振り返す。

 受け止めれば剣ごと体を斬り刻まれそうになる。


 攻めれば防がれ、防げば攻められる。

 無敵の名に恥じぬ腕前と殺気に男は濃密な死を感じました。

 今まで出会った誰よりも強いと実感し、それでも。


 最強と名乗ったならば勝たねばならない。

 殺されたくないのなら勝たねばならない。


 恐怖を意地で黙らせ剣を振るい続けました。

 恵まれた体格、センス。

 若さと体力、強運。

 疲れか慢心か、あるいは天の助けか。

 確かな隙を見つけた男は、ついに。


 それまでの太刀筋とは違うがむしゃらな一閃を放ち。

 無敵の名を体現した猛攻をかい潜り首を捉えました。


 飛んでいく兜。

 日の目を浴びる。

 血と褐色の肌。


 勝てる……っ!

 確かな手応えに一歩、踏み込んだ男、は。


『誘惑』


 魔女の力はシンプルなもの。

 ひとたびその身を晒してしまえば。

 誰であろうと視線を向ける。

 老若男女関係なく。

 誰もが心を奪われる。


 一瞬。

 一秒。

 一分。

 一生。


 個人差はあるものの必ず作用する能力。

 形勢を逆転させるには十分すぎる一手。

 瞬き程度の雑念が生死を左右する勝負。


 次の瞬間。

 男の首に魔女の剣が添えられ、止められた刃に尻餅をつきました。

 血の滲む繋がったままの首をさすり魔女を見上げる騎士。


 ーーそれがお前の強さの正体か?


 騎士の問いに魔女は。


 そっちはどう思う?


 質問を返しました。


 顔を暴いたのは小僧が初めてだ。

 流石ホラでも最強を名乗る騎士。

 久々に楽しい死合いが出来たぞ。


 満足そうに称賛する透き通った声。

 全てを白銀の鎧に隠しての斬り合い。

 自らの力を封印しての見事な剣さばき。


 誘惑なんてあってもなくても魔女は強い。


 飛ばされた兜を拾い微笑みかける魔女。

 先程までの苛烈な殺気はどこへやら。

 血と汗のつたう何物よりも美しい。


 頬。

 瞳。

 唇。

 魂。


 騎士は見惚れ、見抜かれ、見透かされ。

 見逃された事実に悔しさを覚えました。



 ーーあの日以来、俺の眼中にはお前しかいない


 名実共に最強となった老騎士は長い長い昔話が終わると剣を抜きました。


 目の前には昔と変わらぬ白銀の鎧。

 今もなお無敵を誇る剣を構えた姿。


 ……来い、王国最強の真なる騎士よ。


 老騎士の告白に魔女はどんな表情を浮かべたのか。


 それは出会いと同じように。

 素顔を暴くまでわからない。

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