点灯の魔女

 むかしむかしあるところに『点灯の魔女』がいました。


 点灯の魔女は二年で一周する島の外周。

 海岸沿いを回る日々を送っていました。


 静かな岬。

 荒れた岬。

 賑わう岬。

 危ない岬。


 潮風と海鳥をお供にぐるぐると。

 日の出と日の入を横目に。

 歩みは軽く。時には重く。

 内陸には目もくれずぐるぐると。


『触れたモノを輝かせる』


 どれだけ深い暗闇であろうと、炎のように周囲を照らす。

 宝石とは程遠い鉱物でさえも、魔女が触れれば光を放つ。


 中身が詰まっていれば詰まっているほど。

 輝きは長持ちし遥か遠くの海原を照らす。

 日暮れと共に自ら点灯する特性を与える。


 魔女はこの力を活用して島のあちこちに点在する灯台達の世話をしていました。


 霧の晴れた岬。

 見えてくるのは島で最も古い灯台。

 魔女はこの一本が特に気に入っていました。

 本来明かりとして使われている鉱物は二年、魔女の一周を目安に交換が必要なほど劣化する。

 しかしこの灯台に使われている鉱物は劣化が遅く、十年以上も海を照らし続けている。

 同じ物質、密度、大きさの鉱物を使っている灯台はいくつかあるが、こんなに長持ちしているところは他に無い。

 それだけ人々から重宝され愛されているからだろうと魔女は木製の扉を二度ノックしました。

 初老の灯台守に挨拶をして螺旋階段を昇れば眼下に広がる紺色の海。

 隣にあるのはこの景色を十年以上眺めている手入れの行き届いた石。

 今は日差しを浴びて沈黙しているが、夜になればまた自らを輝かせ海と陸に安寧を与えるだろう。


 うん、前の見立て通りだね。


 それも昨日までの話。

 微かに瞬く程度の石を労るように撫でれば、指先に触れる亀裂。

 以前訪れた時よりも大きくなっているそれは石の限界を雄弁に語っていました。


 海からの潮風。

 季節の寒暖差。

 海鳥達の糞尿。

 光による負荷。


 どれだけ大切にしていても終わりは訪れる。

 生物であれ鉱物であれそれは決められたこと。

 この石にもその時が来たのだ。

 それを察して新たな石を用意するよう魔女は灯台守に伝えていました。

 代わりを用意して待っていると思っていたが外にも中にも肝心の石は見当たらない。

 疑問を投げかけると灯台守は険しい顔で口を開きました。


 運んでいる最中に落石があったこと。

 幸い怪我人は一人も出なかったこと。

 代えの石に当たり粉々になったこと。

 新たな石をこちらに運んでいること。


 手の空いた者や近隣からの助っ人総出で急ぎ運んでいるが、どれだけ早くとも明日の朝になってしまう。


 ーーなんとか今夜だけでも照らすことはできねぇか?


 漁船は灯台を頼りに陸までの距離を掴む。

 明かりが無いなら海に出なければいいのだが、今は丁度かき入れ時。

 ここでの成果が一年の生活を左右すると言っても過言ではない時期に漁は休めない。

 漁師達の事情を代弁する灯台守に魔女は押し黙りました。

 いくら長年海を照らし続けた石であろうと劣化には勝てない。

 流石にもうひと踏ん張りする力は残ってないだろうと、再度魔女が手を触れた瞬間。

 さっきまでの弱々しさが嘘であるように、答えるように。

 亀裂の入った石はまばゆい光で周囲を照らしました。

 灯台守は安堵した表情を見せ、魔女は少し寂しげな顔を覗かせました。

 輝きが途絶えぬよう夜通しで明かりの番をすると魔女が返事をすれば灯台守は準備をするため螺旋階段を降りていきました。

 一人取り残された魔女はやれやれとため息をもらし。


 大切にしてもらった恩返しのつもりかい?


 海風に乗せるよう、石へと語りかけました。



 翌朝。

 うとうとする魔女の耳に話し声が聞こえてきました。

 身を乗り出して下を覗くと、大きな石を運ぶ男達とそれに続く女子供達の姿が見えました。


 螺旋階段を昇ってくるなり漁の成功とお礼を伝える人々。

 お陰で助かったと嬉しげな灯台守と漁を仕切る網主に魔女は、言う相手が違うよ、と。

 亀裂の入った石に優しく触れました。


 アタシの力は強度と密度を燃料に光を灯す。

 この子に一日耐える燃料は残ってなかった。


 それでも海を照らし続けた。

 自らの限界をゆうに越えて。


 命の残り火を燃やし切ったのだと魔女が言えば。

 大きな石は砂となり風と共に去っていきました。


 新しい子も大切にしてやりな。

 アンタらのために輝き続けた。

 アンタらを愛した光のために。


 魔女の言葉に誰もが頷き。

 日に照らされキラキラ輝く。

 光の粒子を見上げたのでした。

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