角砂糖の魔女

 むかしむかしあるところに『角砂糖の魔女』がいました。


 角砂糖の魔女は街の四つ角にお店を持ち、そこで瓶詰めの角砂糖を売っていました。

 牛乳瓶ほどのガラス容器に入れられた角砂糖はカラフルで、そのどれも味が異なりました。


 白は甘く。

 黒は苦く。

 赤は濃く。

 青は淡く。


 ただ甘いだけではない角砂糖は街の人に人気で、誰もどう味付けしているのか知りませんでした。


 店先の看板が仕舞われる頃。

 閉店作業で出てきた魔女に一人の青年が近づきました。

 魔女より頭二つ分高い青年は最近この街にお店を持ったカフェのマスターだと説明し、まだ慣れていない街の地図を片手に道を訪ねました。


 キュン、と。

 胸が高鳴る不思議な感覚に首を傾げながら魔女は青年に道を教えました。


 純朴な笑顔でお礼を言い去って行く青年。

 魔女は姿が見えなくなるまで手を振り続けました。


 その日から魔女は『桃色で甘酸っぱい角砂糖』しか作れなくなりました。


 白が桃色で甘酸っぱく。

 黒が桃色で甘酸っぱく。

 赤が桃色で甘酸っぱく。

 青が桃色で甘酸っぱく。


 いつもの材料いつもの手順で作っても色はなぜか桃色となり、味は甘酸っぱくなってしまうのです。


 突然の変化に街の人達は驚きました。

 お店に行っても並ぶのは桃色で甘酸っぱい角砂糖。

 それはそれで好評でしたが、魔女からすれば今まで作れていたものが作れなくなり困惑するしかありませんでした。


 自分の身になにが起きているのかわからず、原因がわかるまでお店を閉めようかと悩み始めた昼下がり。

 月に一度街まで買い出しに来るお婆さんが魔女の下へ来店しました。

 一ヶ月前のカラフルな店内は一変して、牛乳瓶ほどのガラス容器には桃色の角砂糖しかありません。

 最初お婆さんは小さく驚いたものの、すぐに目を細め味見がしたいと魔女に言いました。


 魔女は試食用の瓶から桃色の角砂糖を一つ取り出しお婆さんに渡しました。


 ーーうん、これは恋の味だね


 口の中で角砂糖を溶かすお婆さんの言葉に魔女は不思議そうな顔をして、心当たりがないか訪ねる声に考えを巡らせました。

 しかし今まで恋などしたことない魔女はどれがそうなのか皆目見当がつきません。


 しいて言うなら数日前。

 閉店作業中に知り合い、以降お店にも顔を出すようになった青年を目で追うようになったくらい。

 日常に変化があったとするならそれくらい。


 ーーあぁ、きっとそれだ


 魔女の話を聞いてお婆さんは優しい笑みを浮かべました。


 ーー貴女はその青年に『一目惚れ』をしたんだよ


 なにも知らない魔女にお婆さんは恋と一目惚れを教えてあげました。

 始めはよくわかっていなかった魔女も話を聞くうちに恋と一目惚れを知り、きっとそれだと頷きました。


『自分の感じたことを加味する』


 角砂糖の魔女が持つ力とはそういうものでした。


 いつもの材料いつもの手順。


 慈しみは白で甘く。

 苦しみは黒で苦く。

 親しみは赤で濃く。

 悲しみは青で淡く。


 今まで抱いたことのある感情を思い浮かべ、それを加えて味にするのが魔女が売る角砂糖の作り方でした。

 青年に一目惚れをした魔女はどの感情を思い浮かべても恋する気持ちの方が強く、色と味に影響が出てしまっていたのです。


 原因がわかった魔女は急いでお店を飛び出しました。



 それからしばらく。

 店頭いっぱいに並んでいた甘酸っぱい角砂糖は少しずつ数を減らしていきました。


 白く甘く。

 黒く苦く。

 赤く濃く。

 青く淡く。


 今まで通り並び始めたカラフルな角砂糖。

 その一つとして置かれるようになった桃色。

 街の人から『恋心の結晶』と呼ばれるようになったそれは。


 魔女と青年のティータイムに無くてはならないものとなりました。

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